タイツの日
~ 十一月二日(月) タイツの日 ~
※
他の誰かのために良かれと行動して
ひどい目にあうこと
秋。
と言えば。
焚火。
そんな連想ゲームを。
誰かが閃いたおかげで。
俺たちは、あたたかさと、笑顔と。
そしてちょっぴりのスリルを堪能している。
「タイツ、穴開きそうな気がするけど。平気か?」
「ひ、火の粉が来るたびガードしてる……、ひあっ!?」
どこまで効果があるのか。
手で、舞い踊る火の粉を追い払う。
そこまでしないでも大丈夫じゃないか?
そう思いながら、携帯で調べてみれば。
化学繊維は。
すぐ穴が開くらしい。
「しょうがねえな」
こいつなら若干火にも強かろう。
秋乃の膝に上着をかけてやると。
わたわたしながら返そうとしてくる。
「いいって。火のそばで暑いのに、置いとく場所無くて困ってたんだ」
ポケットからハンカチ出して。
ほんとは乾いてる首筋を擦ると。
薪が爆ぜるのに合わせて。
一斉に生まれた火の子供たちが。
宙にくるりと輪を描いて。
秋乃の元へ舞い降りる。
……すると旅人は。
慌ててコートを脱ぎすてた。
「いや、なんていうか……」
「あ、穴開けちゃったら大変……」
「そしてお前は穴だらけ」
「み、見ないで欲しい……、かな?」
まあ、金額の差は歴然。
お前が俺の上着を逃がしたのは当然なのかもしれねえが。
でも。
男子にとっての制服の上着と。
女子にとってのタイツ。
その価値は後者の方が上。
「ヤケドしてねえか?」
「あ、熱くはなかった……、かな?」
「ああ、ゴメンね? 穴開いちゃった?」
「なるよね~! 帰りに部室に寄ってきな? 替えあるから!」
膝に掛けたブランケット。
キャンピングチェアーに腰かけた二年生。
小さなキャンプファイアーでお出迎えしてくれた。
ここはワンダーフォーゲル部。
「なんかすいません。盛大な歓迎してもらっちゃって」
「いいんだって! こういうのやらないと怒る連中いるから!」
いかにも登山部といったガタイの二年生男子が。
薪番に料理に、せわしなく動く中。
「登山とか、正直面倒だからね~!」
「あたしはグランピングする時しか来てないし!」
のんびり紅茶を楽しむ。
女子の面々。
「…………それでいいのか?」
「いいんじゃねえか?」
「今や部の半分はお気楽キャンパーだからな」
――グランピング。
気軽にキャンプ気分を楽しむレジャー。
東京じゃ、結構金額の張る遊びだが。
ここなら装備さえあればいくらでも楽しめる。
しかし、ワンゲルなのに。
半分はお気楽組って。
だったら分裂すればと思うんだが。
これ、言った方がいいのか言わない方がいいのか。
お隣りを見なくても分かる。
こいつも、同じことを考えていたようだ。
「……言えない、よね?」
「そうだな。相談するか?」
「簡単だって。そんな時は……」
「ダメ」
俺たちと一緒に、切り株風の椅子に腰かける。
六本木さんと雛罌粟さん。
先週のこともあって。
俺たちをこの部に招待してくれたんだが。
だからと言って。
答えを教えてくれるでもねえ。
……どういうつもりだろう。
「なんだかイライラするっての。部活探検同好会に答えがあるなら教えろよ」
「自分たちで考えるといいわ」
「いやいや、ヒントくらい教えろ。相談してもぶん投げだし」
「相談ぶん投げる~♪」
「ワンダーフォーゲル部~♪」
「…………すげえイライラしてきた」
どうしてだろう。
この変な歌。
ものすごくイラっとする。
しかし。
ほんとにどうしたものか。
しっかりトレーニングして。
随分高い山にも登っていそうな面々と。
そんな皆さんの歓待を。
当たり前のように享受する皆さん。
主に女子。
グランピングと。
登山。
これは明らかに。
目的が違う。
でも、分裂を提案した場合。
人間関係を壊すようなことになりかねない。
どうすりゃいいってんだ。
人間関係って、難しいし面倒だし。
だから避けて来たのにな、俺たち。
お隣りさんも、同じこと考えていたようで。
困り顔を向けてくる。
そして運ばれて来たタンドリーチキンとクリームスープ。
今日は俺たちも。
歓待される側。
思わず返した苦笑いに。
「ん? こういうのは嫌いだったか?」
「悪いな、今日は甘いものとか準備してないんだ」
スキレットを振る先輩が。
優しい言葉をかけて来た。
「いや、俺もこういうの好きで、良く作る」
「そうか! じゃあ、ワンゲル入らないか?」
「そいつは遠慮しとく」
秋乃とか。
家族とか。
嫌って程、作る相手いるし。
なにが悲しくて。
部活で同じことやらなきゃならんのだ。
ため息交じりにお隣りを見れば。
上品に、スープを口にする秋乃の姿。
「たつ、保坂君のスープに負けず劣らず……」
「そりゃよござんした」
当たり前のように出されたもん口にしてるが。
お前も歓待を当然のように受け取るのか。
普段、提供する側の俺としては。
素直にこいつを楽しめねえ。
……何か手伝おうか。
スキレットの手入れぐらいできるし。
そう思って腰を上げると。
足元に転がって来たのは……。
「サッカーボール?」
「ああ、わりいわりい」
登山派のメンバーから三人が。
料理を終えたところで。
サッカーやりだした。
「……どうしてサッカー?」
「一年の頃はサッカー部だったんだよ、俺たち」
え?
「うちのサッカー部、上手い先輩いたんだよ。でもみんな卒業しちまって、残った連中揃って緩い部にしちまったから辞めた。こいつらもだ」
おいおい。それって。
俺は秋乃と目を合わせて。
むむむと唸った後。
雛罌粟さんたちを見てみれば。
「……なんというわざとらしい見て見ぬふり」
「自分で考えろ、ということ……、ですか?」
「そゆこと」
「紅茶、おいしい……」
さっき、こんな時どうしたらいいか。
簡単だとか言ってたけど。
俺には難問だぜ。
もし、良かれと思って。
分裂を提案して。
恨まれることになったりしたら。
目も当てられん。
「……まあ、今回は持ち帰って宿題ってことにするか」
「でも……」
秋乃のヤツ。
すっかり思い悩んじまったようだが。
今は楽しむべきだろう。
グランピングするって聞いてたから持って来たネタ。
こいつで。
無様に笑うがいい。
「……先輩。焚火で焼きたいものあるんだけど」
「おお、いいぜ! 火傷には気を付けろよ?」
「そうですね。これしとかないと」
俺は鞄から出した鍋掴みを両手にセット。
そして、秋乃が見やすいように膝で風呂敷包みを開いて。
火にかけたのは。
型抜きしたクッキーを並べたオーブン皿。
「あつっ」
「わはははははは!」
「きゃはははは! できないよ直火じゃ!」
皆さんは爆笑してくれたんだが。
相変わらずこいつは笑いやしねえ。
そして久しぶりに。
わたわたお返しになるものを鞄から探して。
「えい」
事もあろうに。
カッターを火で炙って。
トンカチで叩き出した。
「うはははははははははははは!!!」
面白いことやらせたら。
俺を遥かに上回るこいつだが。
部活の問題については。
俺と同列。
一緒に首をひねってる。
「……なんにでも、適材があるってことか?」
それぞれが、自然と落ち着く先。
自分に適した場所。
俺たちがたどり着いた場所は。
まったく不向きな場所だったのかもしれねえな。
「今の面白勝負は舞浜ちゃんの勝ち」
「敗者の保坂君は立ってなさい」
…………まさかこの姿勢が。
俺に向いてるとか言わねえよな?
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