初恋の日


 ~ 十月三十日(金) 初恋の日 ~

 ※法令遵守ほうれいじゅんしゅ

  コンプライアンスってやつだ




 昨日の、六本木さんのリアクション。

 楽しむためのスポーツも。

 それはそれでいいんじゃないかってやつ。


 だったら部活を調査する意味って。

 なんだろう。


 さっぱり分からなくなった俺は。

 受験を控えて忙しい時期と分かっていながらも。


 先代二人に。

 説明を求めてみたんだが……。



「説明? 面倒!」

「丸投げかよ!」


 しまった、こっちに聞くんじゃなかった。


 俺は、面倒くさがらねえ方。

 雛罌粟さんの方に向きを変えたんだが。


「えっと……、二人が思うようにやればいいんじゃないかな?」

「やっぱ丸投げ!?」

「そ、そうじゃなくて……」

「好きなようにやればいいんだって! そもそもこの同好会が出来たきっかけ、あたしたちが入りたい部活探しだったんだし」

「なんだそりゃ?」



 昼休みの体育館。

 どういうわけか。

 パイプ椅子を並べてた二人。


 俺もそれに手を貸しながら。

 部活探検同好会の目的を聞いてみれば。


 意外過ぎる返事を耳にすることになった。



 自分のやりたいように?

 そんないい加減な話があるか。


 真面目な雛罌粟さん。

 さっぱりした六本木さん。


 イライラとは無縁の二人に。

 こんなにイライラすることになるなんて。



「ちゃんと答えてくださいって。三年間、入りたい部活を探し続けてたって訳じゃないでしょ? それならあんなリストが出来るわけ無いし」

「あれも、成り行きで作ることになったって言うか……」

「ほんとにいいんだって! 好きなことすれば!」

「その基準が分からんと言っているんだが」


 別に指示されたわけじゃねえけど。

 二人の動きを見ればわかる。


 等間隔、やや扇形。

 パイプ椅子を一緒に並べていく。


「これで全部か?」

「ありがとね! 助かった!」


 これでようやく落ち着いて話せる。

 そう思った俺に。


 この二人は、手伝ってくれてありがとうとか言いながら。


 帰ろうとするから待たんかお前ら。


「待て待て。じゃあ、部活にお邪魔して、ただ遊んで帰るのもありなのか?」

「うん。良いと思うけど……」

「ほんとにいいんだな? どうなっても知らねえぜ?」

「いいわよ?」

「先代二人の顔に泥塗るようなことになるかも」

「塗る気で思いっきりやりなさいな」


 そこまで言われちゃしょうがねえ。

 でも。


 ちょっとは手を貸せ。


 俺は、今抱えてる疑問。

 やりたい事をするのが部活動なのでは? ということについて意見を求めると。


 二人は俺と一緒になって。

 むむむと悩んでくれたんだが。


「……こら当事者。お前は何やってる」

「ひょっとして、大発明……」


 さっきから。

 一列分のパイプ椅子、その背もたれの空間に。

 ザイルロープ渡してるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 お前が言い出したんだろうに。

 同好会、何やったらいいのか分からないから。


 この二人に聞きにこようって。


「そ、そっちの端持ち上げて?」

「手で?」


 椅子の背もたれを通って床に落ちたロープの端。

 これ持ち上げたら。


 椅子が全部ぶら下がって。

 畳まっちまうだろ。


「お、お願い……」


 秋乃が、髪をつむじのあたりで握りながら言うから。

 自然と俺の体はロープを持ち上げる。


 すると案の定。

 イスが持ち上がって。


 全部がパタンと閉じちまった。


「さて、おたちあい……」


 そして、秋乃がロープを下げると。

 ロープにぶら下がっていた椅子が順番に滑り落ちて行って……。


「……おお」

「凄いわね!」

「大発明!」


 綺麗に椅子が畳まれて。

 積みあがっていった。


「こ、これ、特許……」

「いや、特許はともかく。……で?」

「ん?」

「それ、どうやったら元通りになるんだ?」

「こう……、かな?」


 そしてちまちまと。

 一脚ずつ元の位置に並べ始めやがった秋乃にチョップ。


 大笑いしてる二人に悪いから。

 俺とお前で全部元に戻すぞ。


「すいません、こいつがバカで」

「そ、そんなこと言っちゃダメ……」

「うるさい。とっとと戻すぞ」

「で、でも……。なんで椅子、を?」


 確かにそうだ。

 何に使うんだ?


「放課後、演劇部の定期公演があるのよ」

「ああ、そういや王子くんに誘われてたな」

「え、演劇部にも入ってたんです、か?」

「ううん?」

「これは……、部活探検同好会の活動、かな?」


 雛罌粟さんが笑顔と共に椅子を一つ取ると。

 それを持って、楽しそうに六本木さんが走る。


 ……なるほど。


「それが二人にとっての部活探検同好会なのか」

「どうだろ? なんにせよ、好きにやってくれたらいいのよ!」

「……デートする口実にもなるでしょ?」

「なに言ってんだ!?」


 秋乃は聞いていなかったようで。

 背もたれにロープを結んで、自動で並べる方法を考えていたようだ。


 最悪の事態はまぬかれたが。

 変なこと言い出すんじゃねえよ。


 ここの所、意識してたせいだ。

 耳まで赤くなってるのが分かる。


「そ、そういうんじゃねえ。上手く言えねえけど……」

「上手く言えないって。じゃあ、初恋なんじゃないの?」

「ちげえ」


 もうやめろって。


 さすがににらみつけると。

 慌てて口に手を当てたお二人さん。


「……そうね。自然に、のんびり」

「部活も一緒! 意識しないで、のんびり好きなように!」

「うん。無理しないで、心が追いつける分だけやればいいわ」


 秋乃と俺の関係も。

 部活探検同好会も。


 きまった形を求めることなく。

 自然に。

 自分達がそうありたいと思うように。


 ゆっくり変化すればいい。



 なるほど。

 ストンと腑に落ちた。


 さすが、俺が見込んだ先輩たち。


 今日、ずっと二人に感じてたイライラが。

 綺麗さっぱりなくなった。


 なんか、すっきりした。

 話せてよかった。



 改めて礼を言おうと振り向けば。

 六本木さんと雛罌粟さん。


 無邪気な笑顔で歌い出す。


「法令守るの、期間どんくらい?」

「それは一概には言えないわよ」

「どんくらいざんす~♪」

「コンプライアンス~♪」


 あれ?

 どうしてだろう。



 妙な歌を聞いた瞬間。

 やっぱりイラっとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る