ニシキギのせい
~ 十月二十九日(木) 15センチ ~
ニシキギの花言葉 あなたの運命
入ってみて。
はじめて分かるもの。
冬の露天風呂の幸せと。
専門学校の忙しさ。
六本木君のはなしを聞いて。
よくわかったのですけれど。
課題の量と休みの短さ。
専門学校って。
大学四年間の勉強時間が二年間にぎゅぎゅっと押し込まれた感じなのです。
「…………だというのに」
「あたた……。こら! そっちに引っ張るんじゃないさね!」
「そうは申されましても」
学校から帰るなり目に入った。
花屋の前に横たわる。
陸に打ち上げられたセイウチ。
助けろというので起こしてあげたというのに。
なぜ文句を言われます。
「じゃあ道久君! 病院連れてくから店番よろしくね!」
「いいってのに。病院行っても変わりゃしないさね。あたたたた……」
「そういうこと言わないの。腰はちゃんと治さないと後引くわよ?」
「しょうがないねえ。じゃあ道久、このまま病院まで肩貸しとくれ」
「すいません。店番する道久くんと肩を貸す道久くんと明日までのレポートを書かないといけない道久くん。分裂完了するまで数年お待ちください」
なんでもかんでも頼りなさんな。
クローン技術が合法化されるまでちょっと待ってほしいのです。
……肩を貸せ。
店番しとけ。
レポートだって、体調を崩した友達の分。
持って生まれた星のせいなのでしょうか。
誰もが困ったら俺の名を呼びますけど。
誰かのための人生というものは。
すがすがしく胸を反らして歩くことができる分。
苦悩が絶えません。
「大変なの道久君! 手伝うの!」
「…………なんでしょう、苦悩さん」
「そんな苗字じゃないの。それより手伝うの」
「なにをです?」
「作者がやらかしたせいで、来月の出演予定が今日になったらしいの」
「…………なにを言っているのか分かりません」
自分より五割ほど重いセイウチにのしかかられた俺の腕を。
ぐいぐい引っ張る幼馴染。
こいつの名前はあい……、引っ張りなさんな、苦悩さん。
年に数回。
君が口にするサクシャなる存在。
基本、俺たちに迷惑ばかりかけてくるのですけど。
ちゃんと反省しているのでしょうか?
「だから、なんか道久君が面白いことしなくちゃいけないの」
「道久くんは現在欠品中で、次回の入荷が未定となっています。ですのでとっとと店に戻りなさい」
「そんなこと言わないの。お店に、肝と皮まで全部使ったフグ……、じゃなくてお魚料理を作ったから、面白リアクションで一日繋ぐの」
「君がおっちょこちょいなおかげで一命をとりとめました」
その料理を作った調理器具を急いで全部捨ててこないと。
結局やることが増えたのです。
かあちゃんを、おばさんのバンの荷台に押し込んで。
お店を急いで閉めて。
青空キッチンに駆け込んで、『フグ』と書かれたチューリップの名札を付けたサンマの塩焼きを見てシェフにチョップして。
「俺は忙しいのです! なんでこうほいほい面倒な事思い付きますか!」
「皮と肝まで使ったフグ料理なの」
「ダイエットしてスラーっとしましたね、フグ」
「怒らないの。ちゃんとあるの」
「乗っけなさんな。目玉焼きが無かったことを怒っているわけではありません」
…………やれやれ。
「今日も一日、皆さんに振り回されて終わるのです。俺の人生、バラ色です」
「そんなに幸せ?」
「棘だらけです」
「文句を言わないの。ご飯ご馳走するから」
「フグをですか」
「フグをなの」
まあ、怒ってもしょうがない。
初物ですし、美味しくいただきましょう。
まだ晩御飯には早いですけど。
はす向かいの家から仲良し兄妹がお使いに出るような頃合いですけれど。
両手を合わせて。
いただきます。
……いただきます。
いただきますだってば。
「ねえ」
箸。
君にとられたら食べれない。
「初物なの。もぐもぐ」
「はあ」
「だからしょうがないの。もぐもぐ」
だからって、君が先ですか。
さすがに腹が立ちますね。
「脂がのってるの。ぷりぷりなの」
「偶然ですが。俺もぷりぷりです」
「怒らないの。これは運命なの」
「運命ですか」
「そうなの。うんめい」
……イントネーション。
「うんめいからって、全部食っちまったらダメじゃないですが、フグちゃん」
「あ」
あ、ではなく。
「俺のフグちゃん」
「はい。フグなの」
「目玉焼きですよね。名札を付けた」
「もう、文句ばっかしなの」
そして名札は。
俺の胸に。
「……脂、のってますね」
「ぷりぷりなの」
「ギトギトです」
シャツ。
半透明になってます。
「文句ばっかなの」
「そりゃそうなるでしょうに」
「口がとんがって、ふくれっつらなの」
「…………フグですし」
「名前通りなの」
ああ言えばこう言う。
ほんと君ってやつは。
仕方がないので。
十五センチの箸を。
ひっくり返しに持って。
秋の味覚。
サンマの脂がちょっぴりついた。
目玉焼きを堪能したのでした。
「…………秋ですね」
「秋なの」
そして、俺がこんな目にばかりあう理由が。
サクシャなる存在のせいなのだと。
うすうす感じた俺なのでした。
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