てぶくろの日


 ~ 十月二十九日(木) てぶくろの日 ~

 ※万里一空ばんりいっくう

  目的に向かって頑張ること




 ほんとに何にも分からんまま。

 継いでしまった部活探検同好会。


 いきなり尋ねるなんて高等技能。

 俺たちにはハードル高いから。


 伝手のあるところばかり訪ねて。

 ここで三か所目。


「キーパー!」

「まだ平気だっての」


 先輩から託されたチェック表。

 そこに書かれた記号を見て。


 推察できた活動内容。


 問題がある部活の確認と。

 その解決。


 六本木さんと雛罌粟さん。

 二人がやっていたのは。

 そういう活動だったのかもしれねえな。


「ヤバい! 抜かれた!」

「おっと」


 慣れねえでかい手袋。

 その先端ではじいたボールが。


 コーナーポストの上を越えていく。


 俺の目の黒いうちは。

 ここを通す訳にはいかねえぜ。


「保坂君、反射神経いいなあ!」

「もう、三点分稼いでるぞ新人!」

「新人じゃねえ。勝手に入部させるな」


 コーナーキックでこぼれたボールがセンターラインまで蹴り返されて。


 赤いビブスを羽織ったチームは。

 再び攻め直し。


 ……でも。


 ボール支配率。

 九割近くになるんじゃねえの?


「うお! また抜かれた!」

「ちきしょう、六本木さんは上手いなやっぱ!」

「それよりあの一年、何者だ!?」


 受験間近だろうに。

 俺のお願いに二つ返事で。


 サッカー部を紹介してくれた六本木さんが。



 上手い。

 びっくりするほど上手い。


 一対一なら。

 俺でも勝てねえって事が容易に分かる。



 でも、不思議なのはもう一人の方。


 たいして上手くもないのに。

 六本木さんを完璧にアシスト。


 この二人のコンビネーションが。

 またもや一気に中央突破。


「とりゃ!」

「こなくそっ!」


 てぶくろでギリギリ触れたボールが。

 勢いを殺しきれずにゴール方向へ飛ぶ。


 だが、なんとか弾道を変えることが出来たようで。

 ゴールポストに当たって。

 転々とフィールドの外へと転がり出た。


「ああ、おしい!」

「あ、あぶね……」

「くそう、上手いわね保坂君!」

「それを六本木さんに言われてもな」


 スカートの中。

 下だけジャージ。

 でもマイスパイクといういで立ちの六本木さんが三回だけの拍手で俺のプレーを讃えると。


 疲れ知らずの元気でこぼれ球を取りに走り出す。


「ちょっと先輩。抜かれ過ぎ」


 そんな合間、センターバックの先輩に文句を言うと。

 えらい剣幕で反撃された。


「しょうがねえだろ!? 六本木さんの妹さん、無茶苦茶うめえんだ!」

「そりゃ分かるけどさ」

「しかも、一瞬で視界から消えるんだぞ?」

「なんだそりゃ。死角に入るのが上手いって事か?」

「いや? もう一人の女の子が揺らしてるサッカーボール見てる間に……」

「ばかやろう。こいつがゴールに駆け込むたびに二点ずつ入っちまうだろが」


 ボール二つをぜってえ落とさねえとか。

 とんだトラップの達人だ。


 ……しかし、それが完璧なアシストの理由だったとは。

 呆れて物も言えん。


「審判! 残り何分?」

「もうゼロですから! このセットプレーで終了です!」

「じゃあ、直接狙っちゃおうかしら?」


 おいおい。

 予告ダイレクトシュートって。


 いくら上手いって言っても。

 コーナーから直接枠に入る可能性。

 ゼロに近いだろ。


 でもその場合。

 どの辺に立ってたらいいんだろ。

 中央より前あたり?


 悩む俺に。

 急に話しかけてきたこいつは。


 胸トラップ名人。

 舞浜まいはま秋乃あきの


「し、質問……」

「え?」

「よく、あそこから蹴ったボールをヘディングシュートする人いるけど……」

「いるなあ」

「つるつるの人の方が有利?」

「しらんがな」


 そこまで変わらんだろう。

 アフロだとちょっとは変わるかもしれねえけど。


「じゃ、じゃあ、試しにつるつるにして、私がヘディングしてワン・ゴール……」

「させるかっての。あと、そんなことのために剃るな」

「なら、ワン・アシスト……」

「そんなテクニックねえだろが」

「つるつるにして」

「だからすんなって……」



「ゴーーーーーーール!!!」



「は? …………ええっ!?」


 ちょっと待て!

 秋乃としゃべってる間にけりやがったな!?


「なしなし! 今の無し!」

「ワン・アシスト」

「うはははははははははははは!!! きたねえ!」


 そして試合終了とか。

 ああ、もう。

 好きにしてくれ。


「……しかしすげえな、六本木さん」


 みんなとハイタッチして勝利を喜ぶ六本木さん。

 女子のくせにボール曲げて枠に入れて来た。


 こんな人が、サッカー部に入ってないなんて。

 なんという宝の持ち腐れ。


 ……なんて思ってたら。


「保坂君! それだけ運動神経良くて何もやってないなんてもったいない!」

「サッカー部に入ってくれよ! いや、入るべきだ!」


 いやはや。

 一瞬で彼女の気持ちが分かるなんて。


「すまん。なんていうか、そういうのが嫌で部活やりたくねえんだ」


 期待されるのも。

 強要されるのも御免だ。


 そんな俺の顔色を見て。

 意外にも、あっさり引き下がる先輩たち。


「じゃあしょうがないか」

「そだな。別にチームが強くなる意味、あんまりねえし」


 え?

 そりゃおかしい。


「このサッカー部。県、ベスト4の強豪なんだろ?」

「それは去年までの話」

「先輩が抜けて、一気に弱くなった」

「そうなの?」

「もう、国立目指そうぜって空気じゃなくなって……」

「練習もほとんどやってねえよ」


 今は国立じゃなくて。

 埼玉スタジアムだとは思うが。


 まあ、そんな些細な話はさておき。

 このやる気の無さはどうなんだろう。


「六本木さん。サッカー部なんだから、死ぬ気で練習しろーっとか言うべき?」

「ううん? 楽しむためのスポーツ部でもいいんじゃない? お兄ちゃんが見たら激怒しそうだけどね!」


 見事なトラップを披露しながら。

 この人は言うけど。

 ほんとにいいのかな?


 万里一空ばんりいっくう

 目指すなら頂点なんじゃねえの?


「秋乃、お前はどう思う?」

「なに……、を?」


 ハンドタオルをポケットから出して。

 おでこを叩く秋乃にも聞いてみると。


「スポーツはガチでやらないとって思うか? 目指せ国立って」

「ううん?」


 こちらも意外と。

 柔和なお返事。


 かと思ったら。


「だって、目指すなら甲子園……」

「うはははははははははははは!!!」


 なんだそりゃ!

 手を使わないで県予選勝ち抜いたら世界中から取材が来るわ!


「サッカーは目指さねえの! 甲子園!」

「え? じゃあ、どこ?」

「……花園」

「お花畑!?」

「うはははははははははははは!!! こら、そんな目で皆さんを見るな!」


 こいつのもの知らずのせいで。

 サッカー部の皆さんが。

 乙女趣味なお兄様にされちまった。


 でも、やっぱりこれだけいれば。

 中には真剣な人もいるんじゃないだろうか。


「……ほんとは、ガチな人もいるんじゃない?」

「どうだろ。おい、真剣に強くなりたいってやついるか?」

「……いねえみたいだな」


 おいおい。

 満場一致かよ。


「あ、俺は強くなりてえ」

「そうだったのか!?」

「ゲームが」

「そっちかよ!」


 そして爆笑。

 ゲームってなんだよ。


「いや、俺たちさ。今までのスパルタ先輩たちがいなくなった反動で……」

「練習時間半分になって」

「部室でボードゲームやってるんだ」

「俺は既にそっちがメインだ」

「……今日は負けねえ。散々研究してきたからな」


 呆れたサッカー部の面々に。

 ため息しかでやしねえ。



 ……でも。


 ボードゲーム?



 …………これって。



 むむむ?


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