地震防災の日


 ~ 十月二十八日(水) 地震防災の日 ~

 ※牝鶏之晨ひんけいのしん

  女が権力を振るうと、国は滅亡する




 今日は、岐阜県が定めた地震防災の日。

 だからこそ言いたい。


「……若干不謹慎」

「大人のホビーだから。倫理観とは別物ですよ」

「そうそう。ってことで、水位をもひとつあげるぜ?」

「ってことでじゃねえ! ああ、俺の農園があああ!!!」

「もう終盤なんだからいらねえだろ、騒ぐな」


 あらゆる天変地異と戦って。

 決められたポイントをいかに稼ぐか。


 そんなボードゲームを。

 意外といえば意外に過ぎる人と。

 一緒にプレイ中。


「……ボードゲーム愛好会に入ってたなんてな。好きなの?」

「あ、あの、えっと……。変?」


 コスプレに関して以外は。

 小動物のように、なんにでもビクビクおどおどしている印象の。


 知念さん。


 プレイスタイルも。

 石橋を叩いて渡る人という印象。


「変じゃないけど。珍しいって感じ」

「あのね? 女子だと、その、こういうの遊ぶ機会なくて……」


 なるほど。

 部活にはそういう側面もあったか。


 仲間がいないとできない。

 団体スポーツ同様。


 一人で遊べないから。

 こういう場が必要なわけか。



 ……じゃあ、大人は。

 この手のゲーム、どうやって遊ぶんだろう。



「しかし、ここで上げますか、水位」

「みいちゃん大ピンチ!」

「あ、でも……、トップだったから当然……」

「いいや! 俺はみいちゃんの屋敷を守る! 食らえ、日照り!」

「まじかお前!」

「あ、それじゃ、あたしのターンで屋敷をお引越し……」

「ああ! 計算狂った!」



 こういう部は。

 分裂とか無縁そうなのに。


 なぜかリストに書かれた。

 米印二つ。


 なんでだろう?



 ちらりとお隣りを見ると。

 俺のことを見ていた栗色の瞳。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 その、何かを言いたげな視線が。

 俺に重大な事を教えてくれた。


「……ん?」


 今、知念さんを救った人。

 自分の得になりそうもないカードを使ったように見える。


 そして、洪水のカードを使った人も……。


「あーん! あたしの時代が来たーって思ったとこなのに!」


 もう一人。

 一年生の女の子が得をするような一手を打ったとしか思えない。


 ……これって。


 好みの子に勝たせるための。

 接待ゲーム?


 そして見る間についた決着。

 女子二人のワンツーフィニッシュ。


 どうやら、男子四人が二人ずつ。

 知念さんと、もう一人の女子の味方をして。


 贔屓の子を勝たせようとしていたようだ。


「こんな感じのゲームですが、分かりましたか?」


 すっかり熟読したルールの説明書を手に。

 こくりと頷く秋乃の気持ち。


 大丈夫だよ。

 分かってるから。


「……分裂って、そういう意味かよ」

「え?」

「分裂?」

「ようし。それじゃ、先輩方。よろしくお願いします」


 そして、先輩男子二人の代わりに。

 俺たちが入ってゲーム開始。


 案の定、女子二人は考え無しに。

 残った先輩は、お互いの贔屓の子が有利になるように。

 惜しみなくカードを使う。


 秋乃は、終始地味プレイ。

 目立たず騒がずカードを使っていたが。


「舞浜さんの番だよ?」


 ここにきて。

 サイコロの目がいい数字をたたき出す。


「十一? ……じゃあ、農園、二つ建てます」

「え? 舞浜さん、それは……」

「だ、だって農園が無いと何もできないって、今気が付いた……」

「それは序盤の話でして、最終ターンがいつ訪れてもおかしくない今となっては悪手なのですが……」

「で、でも、これでいいです」


 なんというポーカーフェイス。

 俺は騙されねえけどな。


 ここで農園ってことは。

 大収穫か御用地化のカード持ってやがるな?


 前者ならお前の勝ち。

 後者なら俺の勝ち。


「お二人とも、はじめてにしてはなかなか筋がいいですね。特に保坂君は堅実ですし、このままいけば三位と言った感じでしょうか」

「はあ、どうも」


 三位?

 バカ言うな。


 ボードゲームにそんなものはねえ。


 一位か。

 それ以外か、だろ?


 こいつらの目を覚ましてやらねえと。

 

「では、保坂君。サイコロを」


 俺は気合を入れて。

 サイコロを振った。


「…………八」


 さて、どうするかな。


 試しにけん制してみるか?


「おい秋乃。……二択に勝てば、俺の勝ち」

「そう?」


 くっ。

 読めねえな、こいつの仮面。


 ポーカーやった時にも思ったが。

 その仮面、心理戦じゃ最強だよな。


 ……しゃあねえ。

 行くか!


「…………雷のカード。これで災害レベルが最大だから最終ターンだな」

「おおっ!? やりますね保坂君! 木材全売りで一躍トップですか!」

「しまった! あと五点……、五点……? どうやっても絞り出せねえ!」


 慌てふためく先輩二人と。

 得点計算もしないで遊んでた女子二人のターンは。


 俺の点を越えることが出来ずに消化される。


 そして、問題の。

 秋乃のターン。

 

「ええと、舞浜さん。あなたのターンで終わりですから、得点になる手だけ打ってみてください」


 先輩の説明に。

 頷きもせず。


 秋乃が最後に。

 手札から出したカードは……。


「ざ、残念。一点足りない……」

「御用地化だったか。あぶねえあぶねえ」

「ええっ!?」

「い、一気に二十点!?」


 驚くことかよ。

 ルールを熟読すれば。


 こいつをエンドカードに使う手なんて簡単に思い付くだろうに。


「あ、そういう勝ち方があるのね! 舞浜さん、すごい!」

「で、でも、二位じゃ意味がない……」

「え? す、凄いと思うけど……、違うの?」


 真剣に悔しがる秋乃の肩を叩いて。

 俺は、先輩方に向き直る。


 好きなことをするのが部活とは言え。

 これは違う。


「……あのなあ、先輩方。これじゃそのうち、愛好会が潰されちまうぜ?」

「え?」

「なにがだよ」


 牝鶏之晨ひんけいのしん

 その典型みてえなことになる。


「接待プレイばっかりしてなんになるんだっての。一位を取るために、箱庭の中を調べに調べて作戦練って、敵の思惑を読みながら遊ぶのがボードゲームだろ」


 俺の指摘に。

 先輩四人は、声を詰まらせた。


「ゲームは真剣勝負。アピールするなら、無敵のかっこよさをアピールすべきだって思うが、どうだ?」


 そんな言葉に、確かにそうだと、目が覚めたと頷く先輩たちとは対照的に。


 きょとんとしてる女子二人。


 でも、お前達も。

 ゲームが好きなら分かるはずだ。


「お前ら二人だって、秋乃の姿見て、かっこいいって思ったろ?」

「うん! 凄いこと思い付いて頭いいなーって!」

「さ、さすが秋乃ちゃん……」

「だろ? どれだけ戦っても勝てない、強い先輩の方がかっこいいって思うだろ?」


 さすがに理解してくれただろう。

 そう思ったんだけど……。


「ううん? あたしに有利にしてくれる人が好き」

「あ、あたしも……」


 はあああああああ!?


 うわ。

 こりゃダメだ。


「お前からも何か言ってやれよ、秋…………、ハリセンボンさん?」


 なに膨れてるんだお前。

 そんなに女子二人の返事が嫌だった?


「わ、私の手札、それとなく確認した……」

「したけど」

「読んでたなら、もう1ターン待ってくれたら勝てたのに……」

「うははははははははは!!! なにそれお前も接待されてえってのかよ!?」

「うん」

「なんだそりゃああああああ!?」


 俺ばかりか。

 目が覚めたと言っていた先輩たちも。


「じょ、女子は勝ちたいからゲームするの……」

「そうよね!」

「わ、分かる……」


 三人娘の発言に。

 まんまるおめめ。



 そうでした。

 過程を楽しむのが男。

 結果を楽しむのが女。


 お袋から。

 凜々花から。


 散々学んできたことでした。



「…………わりい、先輩。俺のしたこと、余計なもんだったかもしれん」

「いや、気にすんな、保坂」

「保坂君の気持ち、わかりますよ」

「これからは、戦術立てる面白さも何とか教えていくよ……」


 そう言いながら。

 慰めてくれる先輩方。


 それを尻目に。

 これからも勝たせて下さいねと。

 無邪気に笑う女子三人。


 なんだか。

 違う形で派閥が出来ちまった。


「それにしても、女子はやっぱり貢いでくれる男が好きなのか?」

「いや、ルックス以外に興味なんかねえだろ」

「やはりそうなのですか……。僕、モテようと頑張って、マジックの腕まで磨いているのに……」

「また手品かよ!」


 だから、それモテねえって。

 そう言いたいところだけど。


 四人中、三人が。

 マジックショーでお馴染みの化学部に入ろうと思っていたとか語りだすせいで。


 口をつぐむことにした。



 ……やれやれ。

 今日は何だったんだ?


 呆れ果てて。

 頭を抱えた俺は。


「こ、これからも、私に勝たせて……、ね?」


 連日笑わされっ放しで。

 連敗続きの相手から。


 笑顔で無体な命令をされたのだった。

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