世界新記録の日


 ~ 十月二十七日(火) 世界新記録の日 ~

 ※張王李趙ちょうおうりちょう

  どこにでもいる普通の高校生。

  つまり主人公体質。




 急に冷え込んだ大気を切り裂く羽音が。

 校庭中から鳴り響く。


 まるで巣立ちを前にした小鳥たちのように。

 ひゅんひゅんと翼をはためかせ。

 飛び跳ねては、地面に落ちるを繰り返す。



 十回連続の前跳び、後ろ跳び。

 前二重、後ろ二重。

 あや二重跳びの前、後ろ。


 最後の課題。

 後ろはやぶさが、勝者と敗者を隔てる壁。


 子供の頃はできなかったのに。


「…………余裕」

「ほい! 保坂は合格なのよん! じゃあ、オマケ課題もやる? 点数稼いじゃう?」

「やらねえよ。こっから先は評価にならねえって言ってたろ」

「え? そうなの?」

「聞けよ説明」


 ポケットに折りたたまれた。

 課題表の追加項目。


 十字二重の前、後ろ。

 三重跳び、三重のあや跳び。

 最後にゃ四重跳びとか書いてある。


 こっそり試してみたら、前の三重あや跳びくらい簡単にできたが。


 万が一失敗した日にゃ。


「ひだいいいいい!」


 こうなるのが明白なくらい。

 今日の冷え込みはヤバい。


「ああ、痛そうだな。今日、さみいから」


 顔に縄が当たったらしい。

 白い陶磁器のような肌に、真っすぐの赤い線を走らせて。

 肌よりも白い息を吐くこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 基本、素直で大人しいこいつだが。

 理解に苦しむことがたまにある。


 ……たまに?

 一日に三回くらいってのは。

 しょっちゅうの部類に入るんじゃねえかな。


「なあ、意味分からねえから。聞いても良いか?」

「な、何……、を?」

「なぜ笑顔」


 鼻から頬。

 綺麗に真一文字に赤くさせて。


 仮面じゃねえヘラヘラ顔していやがるが。


「た、楽しい……」

「縄跳びが?」

「ううん? これ、寒い時の縄跳び、最大の魅力……」

「どエムなの!?」


 唖然とする俺を尻目に。

 縄跳びはこうでなきゃとか言いながら。


 足の裏で縄を踏んで、楽しそうに両手を前に出したかと思うと。


 おもむろに後ろはやぶさを開始する。



 ひゅんひゅん

 ひゅんひゅん

 ひゅぱつん



「…………緩んだ顔、こっち向けんな」

「いたい……」

「ちょうど同じとこ当たってんのな」

「……顔の赤道」

「今日は笑えねえ」

「鼻のてっぺんがマチュピチュ」

「うはははははははははははは!!!」


 痛いのと怖いのはなんでも嫌がるくせに。

 これはいいとか意味分からん。


 あと。

 そこの体育座り二人組。

 お前らも大概にしろ。


「……王子くんは百歩譲ってセーフだが」

「す、すごいね。男子がついつい見ちゃう気持ち、初めて理解した」

「でもてめえは逮捕だ変質者」

「俺~。将来は縄跳びインストラクターになる~」

「やかましい」


 実はもう一人。

 秋乃の背後に拓海くんが体育座り。


 そうね。

 お前が好きっていうとこ見放題だよな。


 むきになって見せねえように邪魔することもできるが。

 それを曲解されても困るから、放置しているけど。



 ……曲解。


 なのかなあ。



 後ろはやぶさの三度目のトライ。

 失敗したので秋乃の記録はここでおしまい。


 サービス映像も。

 ここで終了。


 アンコールを要求するバカ三人を捨て置いて。

 俺の隣に並んだ秋乃が。


「……そしてこれが日付変更線」

「うはははははははははははは!!!」


 いつものように俺を笑わせてくれたから。

 なんだか、もやもやが一瞬で晴れた。



 ……昨日の一件のせいで。

 こいつがモテるってことを再認識してからというもの。


 なんだか胸がもやもやする。


 他人の名前をどうこう言うもんじゃねえと思うから嫌いな熟語なんだが。

 ありきたりって意味の張王李趙ちょうおうりちょう


 そんな言葉とは無縁の秋乃が。

 俺の隣にいることが不思議で。


 不思議に感じちまったが最後。

 急に不安になったとか。



 …………これは。


 俺もまた。

 月には戻りたくねえ。


 そんな一言で。

 片付けられる感情なんだろうか。



 いつもと同じ自然体。

 ハンドタオルでおでこを叩く秋乃が。


「たつ、保坂君……。き、昨日は散々だった……、ね?」


 今までと変わらぬ口調で。

 今までよりちょっと変化した呼び方で。


 話しかけてくるもんだから。

 一瞬、返事に窮した。


「…………散々、だったな」

「部活探検同好会として、問題を解決したかったのに……」

「問題解決も何も。分裂を助長したようなもんだ」

「そ、その問題じゃなく」


 ん?

 分裂以外に問題なんかあったか?


 こいつの思考、結構読めるようになってきたつもりだが。


 そのおかげで、猫の件は先回りできたわけだが。


 たまにこうして。

 意味の分からんことをつぶやく。



 そして大抵。

 俺がこうして思い悩むと。


 秋乃は縄で自分の顔を縛って。

 結び目をちょうちょにして。


「地球の半分をくれてやるからわしの仲間にならんか?」

「うはははははははははははは!!!」


 不意打ちをぶち込んでくるわけだ。


「ふふっ。楽しそうね」

「ん? 鈴村さんか」


 秋乃の隣に。

 くすくす笑いながら鈴村さんが腰かけると。


 わたわたと、恥ずかしそうに縄を外して。

 仮面を被る秋乃。


 まだ、距離がある人は苦手みてえだな。

 なんだか安心するぜ。


「そう言えば、二人して部活始めたんだって? なにする部なの?」

「それが、未だによく分かってねえ。部活を見学する部、みてえなもんなんだろうけど」

「なにそれ?」

「鈴村さんは、部活やってるんだっけ?」


 秋乃を挟んで誰かと会話。

 このパターンもよくあるけど。


 人気の秋乃と話したくて寄って来たヤツに。

 会話が苦手なこいつの通訳してる気分。


「あたし? 王子くん見たさに演劇部入ったその日にやめたの」

「なんで」

「王子くん見てたら叱られた」


 なるほど。

 そりゃそうだよな。


 極めて一般的な部活選定理由。

 そして極めて当然な退部理由。


「……だったら、王子くん愛好会でも作ればいい」

「うん! 既にファンクラブ会員よ!」


 そう言いながら。

 二重跳びしてる王子くんをうっとり見つめてるけど。


 部活に入る理由が。

 部活そのものにねえこともあるんだな。


 そして、環境次第で。

 すぐに辞めることがあるってわけだ。


 ゆるゆるを望むもの。

 ガチガチを望むもの。


「こらキッカ! お前はサボってないで四重飛びにチャレンジしろ!」

「はい!」


 ……そうだった。

 体育の先生。

 チアの顧問だったっけ。


 スポーティーな女性の先生が。

 厳しい視線をきけ子に向けると。


 こいつは真剣そのもの。

 でもどこか嬉しそうに。


「そいやさっ!」


 驚くほどのバネを生かして。

 クラスの全員を大いに沸かせる結果を見せた。


「ふう! どんなもんよ先生! あたしの身体能力、褒めて褒めて!」

「ほう? 言いやがったな?」

「うげ」

「だったら世界新記録目指して跳んでみろ!」

「世界記録って何重跳び?」

「七!」

「できるか!」


 こいつには、合っている環境。

 それぞれが、自然に。

 自分に合った場所に落ち着く。


 でも、やっぱりそれには。

 運の良し悪しというものもあり。


「う、羨ましい……」


 こいつのように。

 ガチガチの部活を望むのに。


「ひだあああああ! 顔面いたあああい!」


 そんな願いひとつ。

 叶えてやれない俺と。

 友達なせいで。


「羨ましい……」


 高校の部活という他にない貴重な時間を。

 犠牲にすることに…………?


 いや?


「お前、もしかして……」

「あんなに赤くはれて。わ、私も……」


 やっぱ。

 そっちだったか。



 ……俺の身の回りには。

 変態しかいねえのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る