原子力の日


 運命。


 そんな言葉をよく耳にする。


 冷血漢じゃねえから。

 否定はしねえが。


 それなり現実主義者だから。

 意識し過ぎなんじゃねえかと思いはする。



 例えば、運命と感じて。

 どうしても付き合いたい異性がいて。


 必死に口説いて。

 ようやく付き合い始めたとしても。


 理想と違ってた、なんて。

 よく耳にする話だ。



 全世界の異性と会って。

 品定めできるはずもねえ。


 だから出会いは結局。

 運やタイミング。


 もしも、そこに能動性を持たせるには。

 積極性やバイタリティーが必要で。


 でも、大抵の人間には。

 少なくとも、高校に入学したての人間には。


 そんな力が備わってるはずもねえ。



 だから、大抵のやつは。

 与えられた環境で。


 自分の理想に一番近い状況を。

 なんとなく築き上げるんだ。



 そしてそれを。

 上手くできたやつらが。

 口をそろえて言うのさ。



 これは。


 運命だってな。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第7笑

 =友達と、部活動をしよう!=




 ~ 十月二十六日(月) 原子力の日 ~

 ※抽薪止沸ちゅうしんしふつ

  根本的解決




「俺たちは、お前らの夢のために我慢してきたんだ!」

「待て待て! お前ら、この部のコンセプト分かったうえで入部したんだろ!?」



 部活探検同好会。

 俺と秋乃の、最初の活動。


 いきなり。

 波乱の幕開けだ。



 放課後の化学室で。

 派手な化学マジックショーによる歓迎を受けて。


 和気あいあいと過ごしていたはずなのに。


「お前、余計なこと言うなよ……」

「だ、だって、こんな事になるなんて……」


 俺の隣で。

 かれこれ十数分、わたわたを続けるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 アルコールランプにフラスコで沸かしたお茶を。

 ビーカーでいただきながら。


 リラックスした秋乃が。

 やらかしたことと言えば。


 やたら専門的なネタを振っただけ。


 それを咎めることは、本当は不条理。

 でも、結果を見れば原因はその行動。


 先輩方の内、半数は激しく食いついて。

 そういう実験を本当はやりたいんだと。


 残る半数に、今更なんだと言われつつも。

 自分たちの思いを吐露し始めたんだ。


「俺たちは、もっとマニアックな実験したいんだよ!」

「原子力の研究とか!」

「バカか!? 無理に決まってんだろ!」

「いいからマジックショーとは関係ない実験させろ!」

「それが何になるんだよお前ら!」

「将来役に立つわけねえだろ!?」

「マジックの方が役に立たんわ!!!」


 うん。

 俺もそこには同意。



 ……実は。

 六本木さんから託された部活・同好会・愛好会のリストには記号が付いていて。


 星マークは活動が明瞭ではないと、先生からマークされているらしく。

 米印は別の問題を抱えているらしい。


 特に、米二つのところは。

 分裂の危険性があるという話。


 どうやら、コンセプト違いで。

 ひとつの部活が分裂することが多いらしく。


 ただ、そんな理由で似たような部活が増えると。

 管理する方が大変だから何とか食い止めたいとのこと。


 活動場所の確保も面倒で。

 クラブ棟が他校の基準とは全く異なる規模で建築されているらしいんだが。


 それを作る金もタダじゃねえわけだから。

 学校側の気持ちはよく分かる。


 そしてこの化学部も。

 米印二つ。


 ここまでやりてえことが違うと。

 さすがに、別々に行動した方がお互いのためじゃねえの?


 抽薪止沸ちゅうしんしふつできようもねえぞこれ。


「でもさ。だったらそもそも、なんでこの部に入ろうと思ったんですか?」

「う。それは、こいつの熱意に負けてっていうか……」

「ああ。あそこまで熱くマジックショーは素晴らしいとか語られたら……」

「俺のせいだってのかよ!?」


 さっき、ショーを演じてくれた先輩が。

 いきなり悪者扱いされて憤慨し始める。


 いやはや。

 もうこんなの収拾つかねえぞ。


「わりいな、拓海くん。こんなことになっちまって」

「いや……。まさか先輩たちがそんな思い抱えてたなんて知らなかったぜ」


 同じクラスの拓海くん。

 パラガス程じゃないけど。

 それなりお調子者のこいつは、化学部に在籍中。


 ついこの間、急に。

 胸派のパラガスとケンカし始めた。

 尻派の男である。


「わりい、ちょっと誤解してた。まさか化学部員だったとは」

「誤解ってどういう意味だよ立哉」

「いやお前、いい加減だから」

「冗談じゃねえ。俺は、化学部のレギュラー目指して毎日猛特訓してるんだ」


 突っ込みてえけど。

 その真顔をバカにはできん。


 でも、そんな日本語聞いたことねえっての。

 なんだよ化学部のレギュラーって。


「もっとちゃらけた部の方が似合ってる気がするけど。テニス部とか」

「バカ言うな。あれはイケメンがやるからモテるんだ」

「…………ん?」


 あれ?

 どうしてちゃらけた話になった?


「それなりなルックスでもモテるんだよ、マジックが出来ると!」


 んなバカな。

 俺は、突っ込もうと思ったんだが……。


「うん。ミステリアスでかっこいい」

「だろっ! へへへ聞いたか! 舞浜ちゃんがかっこいいってよ!」


 モテねえよって言いたいとこだが。

 秋乃も肯定してるのに。

 わざわざ否定することもねえだろ。


 しかし……。

 ケンカ、収まりそうにねえな。


「……なあ、秋乃」

「ん?」

「俺たちの同好会ってさ、コンセプト分からなかっただろ?」

「うん。……あ、そうか」


 さすが、頭いいなあお前さんは。

 俺が言いてえこと、あっという間に理解してくれて。


「こういう問題を助けるのが俺たちの仕事なんじゃねえのか?」

「…………人助け同好会?」

「まあ、いきなり真逆な事しちまった感じだが」

「でも……、ね? 部活動なんだから、真面目に取り組むべき」

「いや? やりてえことをやるのが部活だろ。マジックやるのがコンセプトならそっちを追求すべきだろ」

「ううん? 私はそうは思わなくて……」


 気づけばこっちも二派閥に割れて。

 らしくもねえ口喧嘩をし始める。


 そして、慌てて止めに入った拓海くんが。

 自分のやりたいマジック派の肩を持ち始めると。


「じゃ、じゃあ……。実験の魅力を教える……、ね?」


 秋乃は準備室に入って行ったかと思うと。

 レンジの音がして。

 冷蔵庫を開く音がして


 そして、やたら慎重になにかを持って来ると。

 部の連中が、口喧嘩もやめて。


 秋乃がテーブルに置いた。

 水の入ったビーカーに注目した。


 そして。


「えい」


 秋乃が、水が滴る氷をビーカーに落とすと。

 途端に水が沸騰し始める。


「え!? 氷で沸騰し始めた!?」

「それ、何の氷だよ!」


 おいおい。

 お前ら、それでも化学部か?


 ただの過熱だ。

 過冷却の逆。


 沸点を越えているのに安定している状況を作るのにレンジは最適で。


 別に、氷じゃなくても。

 ちょっとショックを与えれば一気に湧きあがる。


 でも、さ。

 お前。


「うははははははははは!!! お前、マジックのネタ供給してどうする!」

「あ」


 どっちの肩持ったんだ?

 それじゃマジックにしか見えねえっての!


 でも肩を落とした秋乃とは裏腹に。

 化学部のメンバーは、何となくクールダウン。


 氷を落とされて。

 頭が冷えたのかもしれねえな。


「……なるほど。やっぱり他人を驚かせるのはおもしれえな」

「いや、そう言えば実験自体の面白さを忘れてた気がする……」



 お互いの希望を尊重しよう。

 気づけば、そんなあたりで決着がついて。


 秋乃自身は、どうしてそんな結果になったのか訳も分からないまま。

 それでもほっと胸を撫でおろしていたんだが。


「でも、根本的な解決になってねえよな」

「なんで……?」


 いや。

 だって、どっちも譲歩した形だろうがよ、これじゃ。


 俺の不服そうな顔を見て。

 首をひねる秋乃に。


 拓海君が。

 興奮気味に声をかけて来た。


「化学部に入ってくれねえかな、舞浜ちゃん!」

「え、えと……」


 俺の顔をチラチラ確認した後。

 誤魔化すようにトイレに逃げやがった秋乃の背中を見送る拓海君が。


 俺の耳に顔を寄せながら。

 ひそひそ声で話すには。


「ちきしょう、舞浜ちゃんが化学部に入るって噂聞いたから入ったのに」


 え?


 それって……。


「入学してからずっと気になっててさ。俺……、実は……」


 急転直下。

 青天の霹靂。


 準備もできてない俺に。

 まさかのカミングアウト。



 でも、そんな話を聞かされて。

 どうリアクションしたらいいんだ?


 胸が締め付けられるような感覚。

 頭が真っ白になった俺の耳が。


 最後に捉えたその言葉。



「舞浜の尻。超かわいい」



 …………その言葉は、俺に。

 身の回りに変態が増えたことを伝えただけに終わった。


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