2-2
俺と志保さんは、ある意味予定通り、メッセージで話題に挙げていた映画を観た。2時間強くらいの少し長い映画で、ある探検家の日記が数100年の時を経て発見され、現代にもいろいろな影響を及ぼす、というような内容だった。病み上がりの俺は、映画館の空調の快適さにかまけて所々うとうとしてしまった。途中20分ほど寝てしまい、はっと目が覚めて隣を見ると、志保さんが真剣な顔でスクリーンを見つめていた。上映中に志保さんの顔を見たのは、その1回だった。
映画が終わると、俺たちは映画館の1つ下の階の喫茶店に入った。
「陸くん、ほとんど寝てたね」
カウンターにあるコーヒーマシンをしげしげと見ていたら、志保さんにそう言われた。
「えっ 結構真剣に観てましたよ」
「そうかな 私が見たときはほとんど目閉じてたよ」
いやいや、と言い返そうとしたが、志保さんも映画の途中俺のことを見ていたと知り、何となく恥ずかしくなってうまく言葉が出なかった。
「俺は映画は目を閉じて味わうタイプなんで」
「観れないじゃん」
お待たせしました、と店員が現れ、コーヒーを2つテーブルに置き、去っていった。
「それで、聞かせてよ 全部」
俺はそのあと、本当に何もかも、何もかも洗いざらい話した。河野から志保さんのことを聞かれて思ったこと、雨の中傘を差さずに帰って風邪をひいたこと、夢であったこと。話さなくてもいいようなことも全部話した。ほんの2,3日間のことだが、自分の人生のすべてを教えてしまったような気がした。俺は特に考えもなく、口をついた言葉をそのまま話し続けた。志保さんは、途中で何か反論することなく、ただただ俺の話をうなずいて聞いていた。二人とも、コーヒーに手も付けないまま。
「…という、感じでした」
一通り話し終わると、肩の力が抜けた。俺は頭を掻いて、コーヒーを一口すすった。
志保さんは、どこか遠くを見ているようなまなざしで、俺の前にいた。
ショッピングモールの外に出ると、すっかり日没は過ぎ、辺りは真っ暗になっていた。駅の券売所の蛍光灯が、ちかちかと光っている。
「じゃあ私、陸くんと反対のホームだから」
志保さんはそう言い、改札を抜けていこうとした。
「あの」
思わず、その背中に呼びかける。
「さっき話したように…」
「何?」
「志保さんが好き、です」
今日、一度も言っていなかった言葉を、ようやく伝えた。俺のメッセージへの折り返し電話に、寝ぼけて出たときには言ったけど。
「だから、これからも会ってください」
何度も言ったことのあるような台詞なのに、初めて口にするような、そんなぎこちない感覚があった。
「全部話してくれてありがとう
でも、それが私と陸くんが付き合う理由にはならないよね?」
反対側のホームに電車が来ることを告げるアナウンスが鳴り、「じゃあ」と志保さんが改札を通って、階段を降りていくところを、そのまま見つめていた。
家に帰った俺は、引きっぱなしの布団の上で、動画サイトを閲覧していた。1人のものまね芸人のものまねを何本もつなげた動画で、ファンというわけでもないが、なぜか定期的にそれを見ていた。ものまねって何が面白いのだろう。似ているから、なんなんだろう。繰り返し見て、たまに笑ったりもするが、ものまねの魅力を掴み切れていない。
そんなことをぼーっと考えていると、突然画面が切り替わった。志保さんからの着信だった。
「はい」
『もしもし』
平静を装いつつも、心の中ではさっきの別れ際のことばかりを考えていたので、俺の心臓は跳ね上がっていた。
『ちょっとひどい言い方だったかなと思って さっき』
「いや 俺も急に言い出したから」
帰りの電車の中で、実は志保さんは性格が悪いんじゃないかと疑った自分に腹が立った。
『ねえ』
「はい」
『とりあえず 敬語を終わりにするのはどうかな』
「ああ それは そうかもしれないですね」
何がそうかもしれないのかわからないが、そう答える。
『ちょっとやってみようよ』
「はい あ うん」
受話器越しに笑い声が聞こえる。
「じゃあ 陸って呼んでよ」
『えっ もう?』
「そういうこと だよね」
『うん わかった』
志保さんが、息を吸う音がする。
『陸 おやすみ』
そこで電話が終わる。
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