Chapter 2

2-1

 『あっ もしもし あの』

 『今週土曜1時に片野田駅。それまで私とのメッセージは見ちゃだめ。』

 『えっ?』

 通話は一方的に、そこで終わった。  


 待ち合わせ場所の駅に到着すると、時刻表の前に立っていた白いマフラーをした女の人がぱっとこちらを向く。声をかけようと近づいていくと、つかつかとショートブーツのヒールを鳴らして詰め寄ってきて、俺の顔の前にスマホを突き出した。されるがままにスマホの画面を見る。そして、すべてを理解した。

 「っあー……」

 あろうことか、河野に送ったはずだった「もうむり」の一言を、志保さんのメッセージに送っていたのだ。

 「なんかまずそうな顔だね」

 志保さんはなおもスマホを突き出したまま言った。太陽の光に照らされて、肩ぐらいまでの髪が明るい茶色に輝いた。

 「もう無理……好きすぎて……あ、いや、」

 苦し紛れなのか、俺はそんなことを言ってしまい、急いで撤回するも志保さんは俺に背を向けてすたすたと改札のほうへ歩いていく。『もうむり』と送っておいて、いざ会うと「好きすぎて無理」なんて言ったら、軽い男確定じゃないか。最近、自分が嫌になることが多い。

 「しほー!」

 前方から甲高い声でそう言う女性が駆け足でやってきて、志保さんの肩をばしばし叩いている。

 「あっ きみー!」

 続いて、俺にも声がかかった。よく見ると、相席居酒屋に志保さんと来ていた美咲さんだった。

 「ぐうぜんだねー!二人はこれからデート?」

 「いや…」

 「美咲、声大きいよ」

 「だって会えると思ってなかったからー!」

 俺と志保さんはおろおろとその場に立ちつくす。

 「ていうか、きみも連絡先交換しよ!また3人で飲もうよ!」

 「え…」

 「メッセージ!」

 「はあ…」

 「スマホ持ってる?」

 「はい、それは…」

 「じゃあ交換しよ!」

 言葉に乗せられるままに、あれよあれよと美咲さんのアドレスが俺のスマホに登録された。

 「ありがとねー!じゃ、またー!陸くんって言うんだね!よろしくね!あ、君と一緒に来てた子からずっと連絡来るんだけどさ、いい子だけど学校の先生になりたいんだねー!私社長クラス狙ってる人じゃないとあんまりなんだー!ごめんねー!言っといてー!」

 そう矢継ぎ早に言って、美咲さんは駅前のロータリーに停まっていたタクシーに乗り込んで去っていった。甲の周りに白いパールのついた細いヒールの靴が、美咲さんの残像として頭の中に残った。そしてさらっと死んでいく河野なのであった。友達の幸せは、ぜひ祈りたい。

 「あの子、いつもあんな感じなの」

 志保さんはコートの襟を正しながら言った。美咲さんの甲高い声を聞いてからだと、志保さんの声が少しハスキーに響く。元々低めの声だったのかな。

 「元気な人ですね」

 「そう 同期で1人だけ女の子の営業で 美人でしょ」

 「確かに」

 言ってから、しまった、と口をつぐむ。美咲さんの華やかな顔立ちや、ぴったりとしたタイトスカートの後ろ姿を覚えていた愚かな自分から、とっさに出た一言だった。

 「でも、俺は志保さんみたいな落ち着いた人のほうが」

 ダメだ。もはや何を言ってもチャラくさい。一番悲しいのは、志保さんがもうほとんど聞かないふりをしていることだ。

 「…仲はいいんですか?」

 「うん フロアも一緒だし でも結構何でもかんでも聞いてくることが多くて」

 「あー いますねそういう人」

 「ちょうど陸くんから電話が来たところを美咲に見られちゃって…あんまり根掘り葉掘り聞かれても困るからずっと言ってなかったんだけど、それで連絡取ってること、知られちゃって」

 そういうことだったのか。

 そうと決まると、俺の大馬鹿が確定してしまうじゃないか。

 「志保さん」

 電車の出発を告げるベルが鳴る。

 「全部話してもいいですか」

 ベルが鳴り終わり、電車が発車した。

 「その前に、映画ね」

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