1-10
激しい雨と風の中、俺は公衆電話を探して走っている。ツーリングの途中、志保さんとはぐれてしまった。電話したいのに、スマホの充電が切れてしまった。夜でもないのに空は暗い。
長い長い道のりを走ってようやく見つけ、電話ボックスのドアを勢いよく開け、コイン投入口に10円玉を押し込み、ダイヤルを回す。コールが鳴る。
「志保さん!」
呼び出し音が鳴り止むと同時に叫んだ。
「志保さん!どこですか!?」
電話の向こうからの応答はない。
「…たまたま同じ場に居合わせて、何となく連絡交換して、一緒に出かけて、それで、ってことはこれまで他の人とも何度もあったんです。だから、志保さんともそういうふうにこれからなっていくんだと思ってたのに…」
通話時間が終わり、コインが落下する音がした。俺はもう一度、10円玉を入れる。
「楽しかったのは、俺だけだったんですか?メッセージだけだけど、だんだん志保さんと近くなっていく気がしてたのは。俺はまだ、あなたのこと全然知りません。だったら駄目ですか。ただの暇な学生の言うことかもしれないけど、俺は、」
再びコインが落下する。
(だめだ、もっと短い言葉で…)
替えの10円玉を探したが、もう手元には残っていなかった。
共有した時間の少なさを埋めるように、情けない言葉ばかりが口からあふれる。
だって、まだ1度しか会ったことがないんだから、仕方ないじゃないか。
返してくれよ。
これからの、あなたとの思い出を、返してくれよ。
俺は諦めて、電話ボックスを出て志保さんを探しに行こうとした。
「!」
足元を見ると、雨水が中に入ってきたのか、膝のあたりまで水がせり上がってきていた。外に出ようにも、水の力で扉を開けることができない。水の勢いは止まらず、身動きが取れない。
その時、電池が切れていたはずのスマホに、着信が来た。志保さんからだった。何とか力を振り絞って、通話ボタンを押した。そして叫んだ。
「好きです!」
『…陸くん?』
「えっ?」
志保さんの声だった。
夢じゃないの?
驚いて辺りを見回すと、見慣れた1Kのアパートの部屋が広がっていた。
「志保さん?」
もう一度呼びかけると、返事がない。スマホから耳を離すと、画面は真っ暗になっていて、しばらくすると空っぽの電池のマークが浮かび上がった。
知らぬ間に立ち上がっていた俺は、よろよろとカーテンを開ける。街灯の明かりが、ベランダを抜けて部屋に差し込んできて、目が痛い。
俺は、志保さんが好きだ。
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