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 急な出勤のお礼として、派遣の現場責任者からファストフード店などで使えるギフトカードをもらった。俺はそのカードでたまにしか食べないハンバーガーショップでチーズバーガーセットをテイクアウトし、昼のワイドショーを見ながら食べた。外食は友達と一緒の時以外はあまりせず、毎日の食事は基本的に冷凍食品や簡単な自炊で済ませていた。中でも、ハンバーガーは割高なのでめったに食べられない。だから、カードをもらった瞬間絶対に駅前の店で使うぞと決めた。

 食べ終わると急激に睡魔が襲いかかってきた。ハンバーガーで上がった血糖値と、早朝からイベント会場の設営に励んだ疲れが原因だ。よく考えなくても予想できたことだが、時すでに遅かった。今日の必修の授業のこともそうだが、一人暮らしをしていると、当たり前のことを忘れ去って過ごしてしまうことが多い。

 圧倒的な集中力で課題をやるために家に戻ったものの、あっという間に眠気にやられた。アラームをかけようとも思ったが、テレビ台に置いた時計が0時50分を指していたので、1時には起きるプランで目を閉じる。


 「じゃあこの問題桐田くん」

 俺は教授の声に顔を上げた。といってもそこは自分の家で、授業は夢の中で行われていたようだ。ベランダから見える空がもうほとんど暗くなっていて、やってしまった、と時計を見ると5時32分だったので、完全に夜ではないことに少しだけほっとする。まあ、完全に寝過ごしてるけど。

 一応塾のシフトが入っていないか確認するべく、講師のグループトークを開く。シフト表に俺の名前はなかった。20人が参加しているトークを開くたびに、講師ってこんなにいるのかと改めて思う。一番最後に発言しているのは、よく知らない女子大の人の「了解しました。」。ペットらしき猫がアイコンに映っていた。バイトの事務連絡で一度だけこの人に個別でメッセージを送ったことがあったが、思いのほか長い返信が返ってきて、それから少しこの人が苦手だ。

 大きく伸びをして、まずはハンバーガーのごみをまとめる。


 夕飯にめぼしい食べ物がなかったため、買い出しに出る。スーパーにすべきか、コンビニにすべきか、歩きながら考えようかと思ったが、何しろ4時間程寝ていたので、歩いても歩いてもまだ頭がぼんやりしていた。課題が終わっていないこともじわじわ憂鬱になってくる。

 ろくに考えがまとまらないまま、何となく高いところに上りたい気持ちになり渡る必要のない歩道橋の階段を上がり、通路の真ん中あたりから下の景色を見下ろした。ずいぶん陽が落ちるのが早くなった。街灯の明かりがつき、ファミレスの看板も発光しはじめる時間だ。

 歩道橋を降りて買い物に向かおうと足を踏み出したとき、遠くのほうの高架を特急電車が走り去るのが視野に入った。

「?」

 特急はとうに去っているのに、俺はなぜか高架のほうを確認した。

 電車の窓に、志保さんが映っていた気がした。

 この場所からは見えるはずもないのに。

 俺はしばらく、高架の向こうに見える日没を見つめていた。

 まだ夢の中なんだろうか。

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