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明け方、スマホの音で目が覚めた。解除し忘れたアラームが鳴っているのかと思ったら、数回行ったことがある派遣バイトの会社からの着信だった。寝ぼけていた目が一気に冴える。
「はい…」
『あっ 急にごめんね 桐田くんだよね?今日の現場、あの、君の友達の子なんだけど』
「…河野ですか?」
この会社のバイトに俺を誘ったのは河野だったので、河野しかいない。
『そうそう!その子が今日出勤だったんだけど、全然連絡つかなくてさ、桐田くん急だけど今日入るのって無理かな?こっちもこっちで急ぎだからこんな時間に電話してるんだけど』
名前も名乗らずに電話してきて、挙句なかなか圧のある言い方だ。
「あー…まあ、いけますけど…」
『ほんとに!?』
そうと決まると、電話口の人物は現場の最寄り駅と集合時間を伝え、早々に電話を切った。
いけると言ってしまったが、本当にそうだったっけか。電話を終えると、またじわじわと眠気が襲いかかってきたため、俺はクロスバイクを漕ぎ、駅へ急いだ。バイクを駅前の駐輪場に停め、現場の最寄りまでの切符を買う。車内で少し仮眠し、完璧なタイミングで目を覚まし、電車を降りた。スマホの待ち受けの時計を見ると、ちょうど集合時間5分ほど前で、派遣会社は俺の到着時間を見越したうえで頼んできたのではないかと思い、社会人の恐ろしさを肌で感じた。
現場であるイベント等の会場によく使われるホールに着く。催しが行われる予定の部屋の重い扉を開くと、天井のライトの白い光が目に入ってきてた。
「ごめーーん!!ありがとうね!!」
現場の担当者らしき人が俺に声をかける。明け方のほの暗い中を走ってきた目にはまぶしすぎる光で、一瞬何も見えなくなり、夢の中での出来事のように感じた。
「しんでるね」
やっとの思いで大学の教室の席に腰を下ろした俺に、斜め前に座っていた、同じ学部の白石さんが言った。
派遣の現場は8時に終わったが、帰りの電車に乗ると同時に、今日は1限から必修の授業があることを思い出した。電車を降りていったん家まで授業で使うものを取りに行き、そこからまた必死でバイクを漕いで大学へたどり着いた。
「バイト?」
「派遣で、イベントの設営。なんか君の友達が飛んだから入ってくれみたいな感じで、4時ぐらいに電話あって」
「朝の?それ超びびるね ほぼオール」
「そうそう 昨日の夜は夜で予定あったし…」
白石さんの手に、細い金色の指輪が光っている。昨日、志保さんが付けていたピアスを思い出した。
「ふーん 桐田くん オンナだね」
「えっ」
俺は思わず声を上げる。授業前でやや静かな教室なだけに、3列前くらいまで響いてしまった気がする。白石さんはさも面白そうな顔をしている。
「桐田くんはほんと自分の時間を生きてるね」
「いやー そんな大層な」
授業開始のチャイムが響く。スピーカーに近い端の席だったので、ちょっと耳が痛い。
いろいろと誤解を与えたまま、90分の授業が過ぎていった。授業が終わると、白石さんは友達に声をかけられて遠くの席に行ってしまった。
まあ俺のことなんて誰も大して興味ないだろうからいいか。
課題を進めるために、図書館のラーニングコモンズに行くか、圧倒的な集中力を保つことを誓って家で取り組むか迷っていると、後ろから肩を叩かれる。伊藤だ。
「さっき白石さんとしゃべってなかった?」
「よく分かったな」
「白石さんって目立つよねえ」
遠くから見ても分かるようないやらしい目つきをする伊藤。
「桐田は、女見て何考えるの?」
「…」
「…なに考えてる?」
「今?」
「うん」
「なんだろうな」
「これから図書館行かない?」
「ごめん 今日はパスだわ」
ふとクロスバイクの鍵が差しっぱなしだったのではと思い立ち、ポケットの中に手を入れると冷たい感触があったのでほっとする。
「また明日」
「明日全休」
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