前日譚 Sene1_牧本結城編 Page1

 ――これは”機生犯罪対策第一課”誕生する前の事件記録である。

 

 西暦二〇八三年 十月 一日 金曜日 午前五時 三六分

 東京都新海区四番地 とあるアパート


「おはよう。結城」

 一人の中年男性が玄関のドアを開け、通路の先に見えた少女に挨拶をする。

「おじさんおはよ。朝帰りってことは、どこかで遊んできたのかい?」

 耳を打った声に気が付き振り返った少女――牧本結城(まきもとゆうき)はからかうような笑みを浮かべる。

 一見自然の産物とは思えない人形のような美少女だ。そこら辺の男が見ればコミュニケーション能力の高くない者でも思わず声をかけるだろう。

 が、男はその奥に潜む食えない部分を熟知していた。

「馬鹿言え、仕事だバーカ」

「二度も同じ言葉を使うのはあまり賢く見えないと思うよ?」

 返す言葉もなく呆れ返った男は、部屋の中に入ると身に着けていたものを脱ぎ、どさりと音を立てて結城の座るソファーに腰を下ろした。結城はそれを一瞥することもなく、手元の本に視線を戻す。本のタイトルは“Grimms Märchen“。

「……お前、今日夜勤だっただろ。なんでここにいるんだ」

「事務仕事やるために警察入ったわけでもないからね」

 これも一瞥すらしない。結城の澄んだ青い瞳は機械的にを文章を追い続ける。

「あーはいはい、そうですか。ったくどこの誰に似たんだか。巡査部長って言う自覚を持ってもらいたいもんだ」

 男は悪態をひとしきりついた後、深々とため息を吐く。

「でも、どうせいつものように仕事を持ってきてくれてたんだろう?おじさん」

 これまで一切本から視線を外さなかった結城がいつの間にか本を閉じてニコニコしながら問う。

「あったりまえだろ。なんでお前のその怠慢が許されてると思ってんだ」

「ボクが一人で事件を解決するから?」

「はぁ……。そういうことだよ。少なくとも俺と俺の直属の上司は、お前を買ってんだ。だからその期待に応えて少しは仕事しろ」

 男はそう言いながらポケットにしまっていたスマホを取り出し、その中からあらかじめ用意していたファイルを探す。

「りょーかいしましたぁ。里宮宗次警部補殿」

 結城はわざとらしくかしこまったフリをする。里宮はどこまでも腹立たしかったが、今回も彼女は仕事を受けた。であればさっさと本題に入るのが賢明と考え、里宮は怠惰そうな中年男性の姿からスイッチが切り替わったように真剣な顔になる。

「じゃ、二人だけの“特殊生命体犯罪対策係”のブリーフィングといこう」

 立ち上がり、ソファー前にあるテーブルに里宮はスマホを置く。

 するとホログラムが出現、様々なデータが投影される。

 対して結城はポケットからガムを取り出し、口へと放り込んだ。

「今回の事件は “子供攫い”だ」

 数人の子供の顔が横並びに映し出される。

 結城はそれ眺めながら問う。これまで笑顔だった彼女の顔が、少しだけこわばる。

「この子たちが?」

「現在行方不明の被害者たちだ。今のところ確認されているだけでも五人。もう三週連続でやられてる」

 ただの誘拐、というのであれば昔からよくある普通の事件だ。

 しかし、この二人に回ってくる事件はそうはいかない。

「俺はこの事件、五年前に一度起こった“偽装人間事件”と同じじゃないかと睨んでいる」

「“偽装人間事件”?」

 初めて聞く単語に結城は聞き返す。

「あぁ、そうか。一年前警察になったばっかじゃ知らんわな。つっても俺も当時はこの事件担当してないから後でアーカイブ覗いてて見つけたんだけど」

 そう言いながら里宮がホログラムに手を突っ込み空を切るように指を少し操作すると、被害者の子供たちから別の子供たちと複数の“場所”の映像が映しだされた。

「攫った子供の脳をマシナリーの脳と入れ替えることで、人間に偽装して国に保護を受けようとした犯罪だ。日本は機械生命体難民には厳しいが、人間の難民は簡単に保護するからな。子供なんかは特に」

「検査とかでわからないものなのかい?」

「脳の病気で脳機械化してる人間がどれほどいると思ってんだ。判別付くかそんなの」

「ふーん」

「後で全身機械化でもすればほぼ元の体変わらねぇからな。検査通るために人間の皮を使い捨てにする胸糞悪い犯罪だよ。結局この時は行方不明になった子供の毛髪のDNAと、サイボーグ化手術で義務付けられている保管された患者のDNAを国内で片っ端から照合してやっと見つけて三機の逮捕に至ったらしいんだが――」

 里宮は少し言いよどむ。

「だが?」

「犯人は三機とも子供が攫われた当時、難民用の区画にいて一般人の住む区画にいる子供を攫うことなんてできなかったんだと」

「ってことは、別に共犯者がいた、ってことかい?」

「あぁ。本人たちも、“簡単に国から保護が受けられると聞き、YESと答えただけ”と証言しているらしい」

「で、その共犯者は?」

 当然“そこ“に行きつく、そうしてそれを聞かれるのを待っていたかのように、里宮は呆れながら告げる。

「――俺が覗いていたアーカイブが“未解決事件のファイル”って言えば、もうわかるだろ?」

 ホログラムには大きく、そして赤く、“Unsolved”の文字が浮かび上がる。

「なるほど。まだ捕まってないのか」

「五年前って言ったら今より戦後のゴタゴタで国内が結構荒れてた時期だ。おそらくそこまで力入れて調べられなかったんだろうな」

 前かがみに座っていた結城は背もたれに体を預け、腕を組む。

「つまり、おじさんはこの共犯者が五年ぶりにカムバックした、と言いたい訳だね?」

「そうだ。犯行の手口も似ている、とはいっても状況だけではあるんだが。五年前のも、今回のも、どちらも決まって週末の土曜日、親子で賑わう昼間の公園で忽然と子供が姿を消してる。かつ誘拐には付き物のそれらしい犯行声明も同じくない」

「推理モノのお話なら、同一犯を疑うには根拠充分だね。――ん? 今日は金曜b…ってちょっと待ってくれ。それが本当なら明日も誰か誘拐されることにならないかい?」

「お、よく気が付いたな。そうだ。お前が急がないと被害者がまた増えることになる」

 悠長にしている場合ではない状況にも拘らず里宮はむしろ笑っていた。この男、被害者が増えることよりも目の前の喰えない少女に面食らわせることの方が重要らしい。いい根性していると結城は少しムカつきつつもも被害を回避しようと模索する。

 が、

「いや、“よく気が付いたな”じゃなくて……あ、そうだ! 三週間連続なら公園自体を封鎖とか――」

「できりゃしてるんだな、これが。まぁその辺の理由とかは専用クラウドに詳細上げてあるからそっちで確認してくれ。俺は寝る」

 ――あっさり拒否されてしまった。

里宮はホログラムを消しスマホを胸ポケットにしまう。

「――はぁ……。りょーかい。じゃあボクはちょっと情報整理がてら現場見てくるよ。時間がないからね」

 座っているすぐ横に置きっぱなしにしていた本をポケットに入れると結城は早々に立ち上がり、床に捨てるように置いてあったモッズコートを羽織って玄関へと向かう。

「いまどき鑑識ドローンで見に行けば十分だろうに、好きだな現場行くの」

「好きだよ? だって面白いじゃないか。というかそれよりも今は少しでも情報が早く欲しいのさ」

「そうか」

 結城に反応したドアが自動で開く。

「そゆこと、じゃ!」

 通り抜けた彼女は短い挨拶と共に飛び出していく。

「おう」

 里宮は玄関の方を見てポケットに手を突っ込み見送る。ドアが半分まで自動で閉じかけた時「あっ」という声と共にガシっと伸びてきた手につかまれ止められる。

 結城がその半分の隙間からひょこっと顔を出した。

「この間ボクが提案した“対機械生命体テロ部隊”の案、どんな感じ?」

「今ちょうど上に掛け合ってるところだ」

「そっか。じゃ、改めて行ってくるよ」

「おう」

 結城の顔が消え手が離れると、ドアはそのまま閉まった。

 九階をほとんどだれも使わない階段を使って降りると、結城は止めてあった碧色の電動バイクの充電コードを抜き、サドルにまたがり、エンジンをかける。

「やー、十月の早朝ともなるとちょっと肌寒いね。相棒」

 少しエンジンを吹かす。モーターの心地よい振動が彼女を揺らし、その手応えに満足げに笑う。

「でも仕事の時間だ。今回もボクが解決したい事件なんだ。手伝ってもらうよ」

 結城はそう言うと、海上に浮かぶ都市群へ相棒を走らせた。


用語解説


・特殊生命体犯罪対策係

 戦後、初めて対機械生命体犯罪用に設立された部署。

 機械生命体も人間も、と一括で捜査していたが専門部署を設けようという試み。

 今は試運転で作られた為、能力を疑われ(捜査一課のプライドとかもあって)仕事があまり回ってこない。

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