第113話 副団長は妻と街に出る

アリスにまた一段深く惚れてから、二人で朝食を楽しむと俺とアリスは街へと繰り出した。


昨日、一昨日とのんびりと海で楽しんだけど、趣向を変えて街も良いかもとデートに来てみた次第だ。


俺が朝整えたポニーテールと、町娘風のファッションがベストマッチなアリスと腕を組む。


「賑やかですね」

「こっちは王都に近いからだろうね」


宿のある場所の正反対の海辺の街中心部はフリューゲル王国の王都に近い。


立地的にも、俺達が泊まっている宿の周囲よりも人は必然的に多くなるが、賑わってるのは何よりだ。


俺としては人が多いとアリスとのんびりしずらいので、今の宿の場所を買い取ったのは良い判断だったと思う。


別荘も来年には完成してるだろうし、楽しみだ。


子供が出来たら避暑地として来るのもいいだろう。


「見たことないお魚さんが多いですね」

「昨日並んだのはごく一部だしね。今夜はもっと美味しいのを用意していおいたから楽しみにしててよ」

「はい」


嬉しそうに微笑むアリス。


この笑顔のためなら毎日素潜りして魚を狩り尽くしても悔いはない気がするが、やり過ぎも良くないか。


「ん?」


ふと、とある屋台が目に入る。


賑やかな市場の中で、閑散しているそこでは店主と思われる黒髪の男性が実に暇そうにしており、この場所において明らかに異質の雰囲気を発していた。


「エクス、あそこは売り切れたのでしょうか?」

「そういう感じではなさそうだね」


気になるので近づく。


「失礼。ここは何か売ってるのかな?」


そう聞くと、その男性は少し考えてから「生の魚を売ってますよ」と答えた。


……生の魚?


「お魚って生で食べて大丈夫なんですか?」

「処理をきちんとすれば食べられるよ。東の大陸では割とメジャーな食べ方らしいけど……ひょっとして、刺身や寿司なんかを提供出来るのか?」


そう聞くと、店主は驚いたような顔をしてから頷く。


「ええ、とはいえご覧の通りまるで売れてませんが」


まあ、そうだろうな。


この大陸で魚を生で食べる文化はないし、ましてや屋台でそんな店を出しても胡散臭い感じがしてまともな思慮を持ってれば近づくこともないだろう。


「東の大陸から来たの?」

「その通りです。向こうで少しやらかしてこっちに来たんですが、自分にはこれしか能がないので」


ふむ、料理人としての自信はあるようだ。


「とりあえず、寿司を一つ貰えるかな?」

「勿論です。何を握りましょう?」

「何があるの?」

「今朝取ったのは……マグロとブリ、サーモン辺りなら出せますよ」

「なら、マグロを頼む」


そう言うと、店主は近くに置いてあった箱からマグロを取り出して捌く。


きちんと絞めてあるようだし、処理も問題なさそうだ。


高いだろうにクーラーボックス(某我が国の天才科学者による発明品)や更に氷を作れる魔道具(魔法の力ではなく、とある生き物の核を動力とした副産物のような発明品)まで持っていた。


というか、氷を作れる魔道具はあまり出回ってないはずだし、お値段も高いというレベルではないはずだが……そこそこお金を持ってるのだろうか?


「実の所、向こうでの資金が道具で底をつきまして。餓死はしなくてもここの維持費も賄えなくなりそうなので初めて買って下さってありがたいです」


確かな手際でシャリを握りつつ苦笑する店主。


米も残りのストックが少ないし、こちらでは米があまり出回ってないのでそこも困っているらしい。


まあ、何の人脈もなければそうなるわな。


「へい、お持ちどう」


見事なマグロの寿司だった。


醤油は……別料金?まあ、いいか。


ワサビもつけて貰うと、まずは軽く魔法で寿司をチェックしてから問題ないと分かると食べてみる。


「エクス、どうですか?」

「美味しいよ。アリスも食べる?」

「じゃあ、エクスと同じものを」

「ワサビは少しキツイかもだから、ワサビはナシでいいよ」


そう言うと、店主は心得てると言わんばかりに頷く。


「キツイんですか?」

「少し辛いかな」

「辛い……でも、エクスは食べられるんですよね?」

「まあね」


苦手ではないし、醤油とワサビがあってこそ寿司という気もする。


ワサビ無しでも食べることには食べるけどネタと気分にもよるかな。


「じゃあ、わたもエクスと一緒がいいです」

「そっか、分かったよ」


可愛い婚約者のそんな言葉を否定することなどできず、ワサビを入れたマグロが出てくる。


アリスはそれを少し緊張しながら口にすると、ツンと来たのか少し涙目になる。


可愛いなぁ。


口には出さずに、近くの屋台で買ってきた甘い飲み物を渡すと落ち着いたように一息つくアリス。


「美味しかったです」

「なら良かったよ」


それにしても、中々に良い腕を持ってるな。


一応勧誘してみるか。


その後、俺は店主を上手いこと勧誘に成功して、こっちで寿司屋をしてもらう事にした。


資金は俺が出し、米や醤油、ワサビなんかの流通経路も俺が整えることに。


とはいえ、それはあくまでも表向きのもので、俺達がこちら居る間、店主には専属の料理人になってもらう契約もした。


優先順位は俺達の料理人だが、寿司屋も兼任してもらう感じだ。


素性もその後調べあげて問題ないことも確認したし、何よりもこれで寿司や刺身を食べやすくなるのは助かる。


アリスも気に入ったようだし、早速今夜から頑張って貰おう。

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