第108話 副団長は新しく魔法を得る
ゼノスの全身を切り刻むような深い斬撃だったが、ゼノスは生きていた。
本気で腕や足を落とすつもりでやったけど、やはり四天王を自称するだけあって硬い。
人魚の都への被害は最小限にできたし、後はこいつをどうするか。
とどめを刺すのが手っ取り早いけど、残ってる人魚達に譲るべきだろうか。
平和に暮らしていた所を蹂躙されて、虐殺されたのだから、俺よりも向こうにトドメは譲った方が良さそうに思える。
「エクス……といったな。完敗だ」
地面に倒れて血まみれであっても、そう笑うゼノス。
強者との戦いが楽しめて悔いがないような、そんな顔だ。
「全力を引き出せなかったのが心残りだが、これだけ一方的に負けたのは久しくなかったから満足だ」
「そうか」
「負けは負け。弱者は食われるのみ。さっさととどめを刺すといい」
そうしてもいいけど、その前に俺はゼノスの全身を調べてみる。
「なるほど……これが原因か」
そして、ゼノスが持っていたペンダントを見て納得する。
心を読む魔法が効きにくかったのと、ゼロの魔法の無効化のかかりが悪かった原因がこのペンダントなのだろうと分かった。
見た目は普通の金色のペンダントだが、その素材の中に僅かに黒い結晶が混じっている。
プロメテウスの力の一部だろうか?
何にしても、プロメテウスにはゼロの魔法無効化や魔法自体が効きにくいか、下手すると無効化される恐れもあると心得ておかないと。
「これはプロメテウスお手製か?」
「ん?ああ。我ら四天王はその証として力と共にそれを頂戴した」
「四天王か……そいつらはお前よりも強いって認識でいいんだな」
「力だけなら俺が一番よ。その他の小賢しい力を含めれば到底俺では適わないが……そんな俺たちでさえプロメテウス様の足元にも及ばん」
分かっていたとはいえ、本当に面倒な相手だ。
まあ、それでもこうして情報を少なからず得られたのは僥倖と言えよう。
そう思い、こいつを縛って人魚達に引き渡そうと準備を初めてから、ふとゼノスに違和感を覚える。
「どうやら、負け犬に四天王の資格なしと判断されたようだな」
見ると、ゼノスの体が少しづつ崩壊を始めていた。
黒いひび割れが全身へと広がり、足先、指の先から崩れて消えていく。
崩壊の速度はそこそこ早い。
しかしこれはまさか……
「プロメテウスの魔法か」
「だろうな。まあ、あの方の顔に泥を塗った末路としちゃ悪くない。最後に強者と戦えたしな」
満足そうな表情でそう笑みを浮かべるゼノス。
どこまでも自分本位だが、プロメテウスに関してはかなり忠誠を誓っていたようだし、こうして処分されても文句一つもないのはある意味凄い。
とはいえ、それでは道理が通らないのも事実。
本当は人魚達に処分して貰うつもりだったが、今のペースだと呼びに行ってる間に跡形もなく消えるのは間違いない。
なら……最低でも生まれ変わって同じことが出来ないようにはしておこう。
俺はそっと、ゼノスの頭に触れると、そこからゼノスの魔法を全て抜き取って俺の中に移す。
同時に、水中で自在に動き息をしていた魔法もゼノスから俺へと移るので、その際にゼノス本体に水の膜を作るのも忘れない。
優しさではなく、罰のため。
ささやかな嫌がらせだ。
「……なるほど、魔法を奪うなんて真似まで出来るとは恐れ入る」
「反省とは縁遠そうだったからな、人魚達に処理させる時間もないし最低でも無力な自分を堪能する時間くらい与えてるのも悪くないだろ」
「ああ、実際この心細さはかなりエグイな」
力を愛し、力に焦がれていたからこそ、力を失った無力な自分というのは何よりも本人へのダメージになる。
この程度では、人魚達の気が晴れないのは分かっているが、こいつの崩壊を止めて人魚達に渡すのも正直面倒くさい。
今ゼノスに起こっているのは、プロメテウスの魔法による崩壊現象なのだが、それを止められないわけではない。
プレデターの残した魔法の中に止められるのに使える魔法は確かにある。
だが、そこまでする義理はなく、何よりもその魔法には厄介な点がある。
その魔法を使っている間俺はこいつの傍に居ないといけないのだ。
人魚達にこいつを引き渡した場合、処遇を決めるのにそれなりに時間もかかるだろう。
憎しみや憎悪から、死を欲するほどの罰を与えたいという輩も居るだろし、さっさと殺すべきとで別れるのは目に見えている。
気持ちは分からなくないが、俺はそれを待たないといけないわけだ。
それは絶対に嫌だ。
そんな面倒なことは避けたし早く帰りたいのだ。
元々部外者な上に、大切なアリスとの新婚旅行の最中なのでこれ以上は労力も時間も割きたくない。
危機は去ったのだし、それで今日のところは納得してもらおう。
「じゃあな、エクス。最後に戦った強者がお前で良かった」
「生憎と俺はそうでもない。むしろ俺の時間を割いたことに腹立ってもいる」
「つれないな……だが、悪くない」
くつくつと笑いながら、ゼノスはやがて静かに全身が崩れ落ち、この世から消滅するのであった。
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