第78話 騎士団長の息子は依頼する

素材は揃えたし、会場の予約と準備もした。一流の職人にウェディングドレスと結婚指輪を任せたいので概ね準備万端だろう。


「あとは招待状を誰に渡すかだな」


まあ、家族と友人だけなのでそこまで多くはない。俺とアリスの家族、そしてリンスとその婚約者のシンシア様。あとは呼ぶ必要はないな。俺とアリスにも一応学園にも友人と言える存在があるにはあるけど、別にそこまで仲良くはないし、何より俺としてはそこまで多くの人間にアリスの花嫁姿を見せたくないので却下だろう。


「ふむ。まあ、招待状はそのうちだな。残るのは料理かなぁ」


そう思ってこっそりと自宅の厨房を覗いてみると、料理人の一人と目が合った。


「これは、エクス様。このような場所に如何なさいましたか?」

「ああ、うん。ちょっと料理長に話があるんだけど……」

「料理長でしたらそこにいますよ。呼んできますか?」

「ああ、頼むよ」


そうして若い料理人が料理長を呼んできてくれた。ヤクザですら裸足で逃げ出すほどに人相の悪い料理長はかつては王族に仕えていたこともあるほどの逸材だ。父上に助けられてからこの家の料理長になったのだが、幼い頃から知っていてもやっぱり人相悪いなぁと思いつつ俺は言った。


「カスダス、今大丈夫か?」

「なんでしょうかエクス様」

「実は俺とアリスの結婚式の料理なんだけど、お前に頼みたいんだ」

「……俺にですか?」


ギロっと視線を鋭くするカスダス料理長だけど、決して怒っているわけではない。ただ目付きが悪いだけなのだ。本来はかなり大人しい性格なのだが、この顔つきで逃げ出す人間が多いのでコミュ力は高いとは言えないのだ。


「それは光栄ですが……向こうの、相手方の料理人の方がいいのではないですか?」

「向こうはダメだよ。毒味用の料理に特化しているからね」

「まあ、うちは確かに奥様以外は毒味要りませんもんね」


父上と俺は魔法により毒を無効化できるので毒味の必要はなく、それなりに温かい食事をとれるのだ。それに俺は見るだけで毒の有無がわかるので、毒殺というのは意味を成さない。


「しかし、エクス様がそんなことまで決めるのですか?」

「ああ。この結婚式は俺とアリスを中心に準備してるからね」

「それは……凄いですね」

「それで引き受けてくれる?」


そう聞くとしばらく黙ってからこちらをギロリと見て言った。


「あの小さかったエクス様の結婚式……不詳、このカスダス全力でことに当たらせていただきます」

「ありがとう。正直カスダス以外に頼むのはリスクが高いからね。それにアリスもカスダスの料理を褒めてたしね」


最近は我が家でご飯というのも珍しくはないのだ。時期的にはもう少しで卒業の季節となる。だからこそアリスが俺に嫁ぐための準備も着々と進んでいる。俺の方で結婚式の準備を進めているようにアリスはアリスで俺の嫁になるための準備をしてくれているのだ。


「なんと、それは有難いことです」

「それに俺も慣れた味がいいしね。あ、ウェディングケーキとかは俺が作るから。デザート類もね」

「それは確かにエクス様にしかお任せできませんが……よろしいのですか?」

「当たり前だよ」


皆さんお忘れかもしれないが、エクスさんはこれでも前世の知識で料理を作れるのだ。お菓子は特に得意。ケーキなんて専門すぎるのだ。だからこそウェディングケーキは俺の仕事なのだ。まあ、材料的にかなり限られるので手間はかかるが、なんとか最高のケーキを作ってみせる。


「それにしても、エクス様はどこからそんな技術を学んだのですか?」

「少しだけ勉強しただけだよ」


まあ、反則的な勉強だけどね。これでも結構アリスを餌付けしていたりするんだよ。もちろんアリスが太らないようにカロリー計算はしているけど、どうやらアリスはいくら食べても太らないというまさに美少女体質なのだそうだ。流石俺のアリスだ。母上もそうらしいので、きっとロスト子爵家の嫁は美少女体質が集まりやすいのだろう。なんとも凄いけど。


「じゃあ、打ち合わせはまた改めてしようか。時間を取らせてすまなかった」

「いえ、エクス様のためですから。それにエクス様を子供の頃から知っているので俺としてはかなり嬉しくて思わず涙がでそうになります。うぅ……」


怖い顔から涙を流すので近くの料理人はかなり怯えていたが、まあ、カスダスなりに俺のことを大切に思ってくれていたのは嬉しいかもしれない。多分カスダスもそのうち年齢的に厳しくなって後任を見つけなきゃならないだろうけど、これほどの料理人がそうそう見つかるかかなり悩み所である。やっぱり技術を持つ人間は多いに越したことはないな。でも、アリスのデザートは永遠に俺のポジションだから誰にも譲るつもりはない。アリスの胃袋も掴んでおくに越したことはない。俺はアリスの全てを手に入れるのだ。まあ、アリスは実質俺のものだからその宣言は不要かもしれないが、こうして決めておくだけで随分と違ってくるものだろう。そんな感じで結婚式の準備は着々と進むのだった。




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