第38話 陸夜、結婚しない?

「じゃあ、サビで、オタ芸いくよ! ワン、トゥ、スリー、フォー!」


 曲に合わせ、僕らは踊る。全体を通してみると、上に突き上げる動作が最もきつい。腰と足にかなりの負担がかかる。


「終了!」


 どうにかサビまでは踊りきれた。


「キツいなぁ、下手したらサッカーのトレーニング並みだよ」


「明日翔でもきついって相当だな。女性陣は大丈夫か」


「小丸は、ちょっとまずいかも」


「私は大丈夫」


 オタ芸は想像以上に難易度が高いらしかった。


「じゃあ、もう一回いくか」


「おい、待ってくれよ。それはキツすぎるって……」


 もう、八月は終わりを迎えようとしていた。なのに、陸夜には話を切り出せていない。タイミングなんて、いくらでもあったはずなのに。


 タイムリミットは、明日だろう。もし、今日いわないで、明日事情があっていえなかったとしたら。今日しかない。


 踊りの合わせを終え、片付けをしているときに、私は切り出した。


「陸夜。あとで屋上、きてよ」


「なんで屋上なんかに」


「いいから、これが終わったらすぐね」


 陸夜は怪訝そうな表情を浮かべていたが、それをスル。今しかタイミングはないのだから。



 屋上につく。


「あのさ」


 人生の伴侶として、ついてきてくれますか。生半可な気持ちじゃ、いえない。


「結婚、しよ」


「どういうことだよ」


「ずっと黙ってたんだけど。私、雨宮グループの許嫁なの。陸夜との関係は、本当は許されざることだったの」


「美麗、どうして黙ってたんだ。バレたらどうなるかくらい、考えなかったのかよ」


「そうやっていうに決まってるだろうな、って思ってたから。付き合いはじめてから少しして許嫁になることが決まったから、切り出すタイミングがなかったし、何せ陸夜を失いたくなかったから」


 陸夜は口を閉ざした。


 バレたら、笹倉財閥で立場がなくなることくらいわかってた。でも、私は諦めたくなかた。捨てきれなかった。


「それと結婚が、どう繋がるんだ」


「その婚約者がどうしても嫌で、お父様に相談したらね。婚約を破棄していいって。でも、条件付き。一生付き合っていけるような恋人を、お父様のところ────私の家に連れていき、説得させる。さもなければ、私は好きでもない男と結ばれる運命にあるって言うわけ」


 困惑している。陸夜の覚悟次第で、私の運命は決まってしまう。その重みを、ひしひしと感じているのだろう。


「リミットは八月最終週。すぐに答えが出る話じゃないと思うけど、時間はあまりないわ」


 ◆◆◆◆◆◆


 美麗と結婚するか否か。あまりにも難しい選択だ。


 美麗は、僕にとって大事な幼馴染。好きで好きでたまらない。とはいえ、いきなり「結婚して」といわれて即答できるかというのは別の話だ。


 もし、結婚したらどうなるだろう。大財閥がバックにいるんだ。経済的には困ることはないと考えていい。


 問題はそこじゃない。美麗と添い遂げる覚悟があるかどうか。彼女がよく泣きそうになっていたことを思い出す。どうして泣いているかなんて、考えようともしてこなかった。  


 そんな人間が果たして美麗を幸せにできるのだろうか。自信が揺らぐ。


 自分だけ良ければいいと思っていた。己の行動はなんと愚かだったのだろう。自己嫌悪に陥っていく。


 美麗。本当に、僕でいいのか? 僕じゃなきゃ、ダメだろうか。美麗に苦しい思いをさせたくない。でも、自分から行動を起こせる気がしない。


「僕ごときが、美麗を幸せにできるのかな。僕なんかが、美麗を一生守れるかが不安なんだ。何も知らずに、のうのうと過ごしていた僕に」


「それは、私が黙ってたから────」


「僕みたいな男に、美麗を一生幸せにする権利なんてないよ」


「陸夜、私はさ、陸夜のことが」


 負の感情が渦巻いていく。自分が美麗の運命を握っていると思うと、途端に怖くなってきてしまった。逃げ出したい、逃げ出したい……でも、でも……


「あのさ、美麗。鬱陶しいんだよ」


 口が勝手に動いていた。


 結婚という言葉の重圧に耐えられなかったから?


 自分に嫌気がさしているのに好意を向けてくる美麗に腹が立ったから?


 もう逃げ出したくなったから?


「ねぇ、どうしてそんなこというの……」


 美麗が膝から崩れ落ちる。


「違うんだ。違う、そんなつもりじゃ」


「……もう、もういいよ。私がいけなかった。いいからさっさといなくなって」


 取り返しのつかないことを、してしまった。

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