第37話 陸夜と未来
◆◆◆◆◆◆
かなり強引なことをしてしまったと思う。
本能の赴くまま、陸夜を求めてしまった。これまでにも、私の想いが溢れて大胆な行動を起こしたことがある。今回は、これまでの比じゃない。
そのせいで、光一に隠し事がバレた。私立ではなく、公立の奏流に通っていること。そして、婚約者がいながら好きな人がいること。
この事実は、雨宮家を通じ笹倉家にもすぐに伝わることだろう。たった数ヶ月しか、隠し通せなかった。
私は、笹倉家の門の前にいる。陸夜に勢いのままキスをして、そこから椀さんに乗せてもらったのだ。かれこれ十数分は入るのを躊躇している状況だ。もう日も暮れている。夏とはいえ、冷え込みが激しい。さきほど別の車が戻ってきてヒヤッとしたけど、バレなかったからセーフ。
「いくしかないか……」
ようやく覚悟が決まった。門を開け、長い廊下を抜ける。
「ただいま」
「おかえりなさい、美麗おねえさまぁ〜。私も先ほど帰ってきたところですのよ」
茜がこたえた。
「文化祭は楽しめましたの? たしか今日でしたわよね」
「ええ、楽しめましたよ」
「実は私、光一さんと奏流の夏祭りいきましたの。光一さんは美麗の婚約者だというのに、申し訳ないことをしましたわ」
やけに上機嫌だった。光一と会えたことがそれだけ嬉しかったのだろうか。
「光一さん、元気にしてた?」
「元気そうでしたわ。でも……途中で急用ができたか何かでいなくなってしまって。大変だったんですわよ。ようやく見つけたときには、怪我をしている状態でして。頬が赤く腫れていましたの。それから」
「そうだったんですね」
茜には私に関する秘密は伝わっていないらしかった。
「そういえば、お父様が『美麗にちょっと話がある』とおっしゃっていましたよ。場所は書斎らしいですわ」
「ありがとう。すぐいくわ」
格好を整えると、書斎まで足を運んだ。
「失礼します」
「いらっしゃい。私の隣にかけたまえ」
壁一面に本棚が立てかけられている。作業机の上は最低限のものしかなく、整っていた。いわれた通り、私は源蔵さんの隣に座った。
「さて。光一君から話はきいたよ。美麗、光一くんを殴ったというのは本当かね」
「間違いありません」
「どうしてかな。怒らないから、正直にいってごらんなさい」
「光一さんの態度が、度を超えていて。身の危険を感じてしまい、つい」
「君にとって、婚約は受け入れがたいことかね」
「……」
「沈黙が答え、ということかな」
源蔵さんは、机の上に置いてあるコーヒーに口をつけた。
「それだけじゃないらしいね。私立ではなく公立に通っていて、光一君以外に、好きでたま
らない男性がいるとか」
「バレていましたか」
「私は怒っていないよ。私立が辛かったというなら仕方あるまい」
意外だった。怒鳴りつけられるとばかり思っていたから。
「そして、だ。年頃の女性に、恋愛感情のない結婚を強いるなんてね。私も、両親のいいつけを跳ね除けて結婚を決めたというのに」
「存じ上げておりませんでした。そうだったのですね」
「そうだよ。私と妻が結ばれるのは、許されないことだった。昔は、今よりも家柄を重視していたからね。時代は変わりつつある。本当に苦しいなら、無理して婚約をする必要はないよ。君には義妹がいることだ。どうにでもなる」
「本当に、いいんですか」
私の政略結婚は、笹倉グループでは大きな問題のはずだ。それを白紙に戻すなど、簡単なことではないはず。
「心の底から光一くんを拒むなら、再度検討する価値はある。両者に覚悟があれば、の話だがね」
「どういうことでしょうか」
「八月の最終週、その相手を笹倉家に連れてきなさい。そこで君たちが私を説得できれば、一緒になってもいいだろう。無論、その相手と一生寄り添っていく覚悟がなければ、この話はナシだ。そうなれば、君が光一君と結ばれることに変わりはなくなる」
陸夜と一生寄り添っていく。結婚を前提に付き合えなければ、光一との、愛のない政略結婚を受け入れる必要がある。厳しい選択だ。
たとえ陸夜と私が両思いだとしても、この段階で結婚を約束できるのかどうかわかるはずもない。時間はたっぷりある。それまでに、陸夜と真剣に話さないと。
「わかりました、やってみます」
「君とその男の愛が本物かどうか、確かめてくれたまえ」
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