第26話 みんなで帰りたい

 ◆◆◆◆◆◆


 現在、我が高校では文化祭の話で持ちきりだが。実は、夏休みが目前に迫っている。秋に文化祭があるので、とはいえ、それに向けて学校に文化祭準備で通うため夏休みという感覚がない。


 ただ、文化祭準備は部活後のたった数時間だ。普段の学校から帰る時間より少し早いという。


 熱狂して疲れすぎたHRの後、担任は夏休みの話をし始めた。何度もきいたような、「危ないことはするな」だとか、「安全にすごそうな」といった当たり前のことをいわれて退屈だった。


 奏流高校にそんな危なっかしい真似を常日頃からしている奴はいない。狂ったように盛り上がることはあっても、完全に狂っているわけではないのだから。


 でも、実際にそういう事故は起こりかねる。気をつけていれば、自分とは無関係な話だが。


「夏休みか......」


 美麗がいた頃の夏休みを思い出す。浮かび上がってくるのは、「天坂美麗」との出来事。

 普通の女の子だった頃の美麗。


 あの頃は、小学生とほとんど変わらないような振る舞いだった。ただ、日々の流れに任せて生きていく。あまり考えなくとも、楽しく過ごせた頃だ。成長するにつれ、どんどん知識・経験が増えていった。


 そうした先には、希望に満ち溢れていた目が覚めきってしまう未来へのレールがつながっている。もちろん、あの頃にはあの頃の良さが、今には今の良さがある。そして、過去はたびたび美化される。


 綺麗で大事にしたい思い出も、あのときは当たり前のことだった。


 戻れない過去が、大事になっていた。教師の声を音としか認識できなかった。どうやらHRもう終わるらしい。過去に囚われたままじゃ、ダメだ。


「りーくや!!」


「お。どうした、棚葉」


「どうしたって何よ。今日は部活なしでしょ。最近は部活ばっかりで会ってなかったけど、

 たまには四人で帰ろうよ」


「ああ、美麗は用事があって無理だろうな。明日翔は?」


「あっち」


 廊下の方を指さす。ボールケースを蹴り付けながら、友人と談話していた。


「じゃあ、ちょっと時間潰すか」


 近況を語りあったら、いつの間にか明日翔は戻ってきた。


「昨日注目するような試合なんかあったの? どこもやってなさそうだったけど」

 

 実は、棚葉にはサッカーの観戦という趣味がある。かなりのヲタクで、選手名や技の名前の知識量は膨大だ。よくわからない知識を膨大に持ち合わせている奴は、この学校にやたらと多い。


「あれだぞ? 試合っていってもサッカーゲームのほう。いやぁ、重課金勢の友人を無課金の俺が倒したときの心地よさよ。重大なテストがある頃にやってくる無料ガチャ回しといてよかったわ」


「ふーん。そのせいで補習いきになったのはどこの誰かしら?」


「すみません、もっと勉強します」


「まああなたがやるかやらないかだけどね。文化祭も変わらないからね。真面目にやってよ」


「当たり前だわ。今度こそ付き合ってもいい女、ジンクスか何かで見つけてみせるからな。見てろよ、棚葉」


「あ、そうなのね。せいぜい頑張って」


 一瞬表情が硬直したものの、また普段の棚葉に戻っていった。虚構の笑顔の先に、淡い心から溢れる血が見えた気がした。


「ジンクスだよ、ジンクス」


 美麗とのジンクス。楽しみで仕方がない。これから先、何が起こるかわからないが、それ

 でも自分はやれると信じている。


「じゃあ、帰るか」


 ふと、窓からの風景を覗いてみる。夏の訪れを感じさせる太陽が、強く照りつけているものの、どこか光がすり抜けてしまうような、掴み難い感覚があった。

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