第25話 ジンクスを気にしたい(美麗・陸夜・棚葉・陸夜・小丸視点)
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文化祭がはじまってもいないのに、この学校は盛り上がる。 近所迷惑不可避というレベルだと、私は思う。
吹奏楽部が窓開けながら楽器吹いるときくらい煩いけど、このみなぎっている感じがたまらない。好きなアーティストのライブにいったときとか、こういう高揚感に襲われるのだろうか。自分の周りから溢れるエネルギーが、意思と関係なしにどんどん取り込まれていってしまう。
毎年、奏流高校では文化祭でやることが決まっていない。生徒の自主性に任せるという伝統だった。しかし、奇抜なアイデア出すのはなかなか厳しく、毎年やるものはあまり変わっていない。
さて、奏流高校の文化祭では、代々伝わるビッグイベントがある。それは。カップルによる、カップルのためのジンクス。
それは、文化祭の最終日、後夜祭のライブ。カップル同士で、最後の曲に必ず来る恋愛ソングを口ずさむことだ。昔、校内で有名だったカップルが作詞作曲したとされる、伝説の一曲だという。すでにメジャーデビューしている、有名なふたり組デュエットの曲だ。
……なんかそのジンクスめっちゃよくない!? 今すぐにでも実践したい(単純)。このくらいだったら誰でも実践できるし、陸夜にバレないよね。
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HRが終わった部活前。美麗に残ってもらい、例のジンクスについての話をしてみた。
「────というわけなんだが、美麗。このジンクス、やってもらえないか?」
「後夜祭で、一緒に恋愛ソングを歌うのね。そのくらいなら私もやるわ。もっと特別感のある、たとえばダンスを踊るだとか。各クラスの出し物で同じ役割を担うだとか」
「しょぼいことは認めるけどさ。なあいいだろ、美麗」
「……そのくらいなら、やってもいいかな」
盛大に僕は、ガッツボーズを決めた。
「なんだか陸夜は変わらないな。私にとってしょうもないことに熱中してさ。それなのに人をガンガンに巻き込んじゃうんだもんね。無邪気で子供っぽいところ、すっごく好きだよ」
くすくすと笑いを浮かべながら、美麗はいった。
「ちょっと、照れるな」
「じゃあ、後夜祭のとき、隣の席に絶対なろう。約束するよ」
「ああ、約束だ」
「今からあと三ヶ月後だな」
まだ夏だ。秋と冬の境目に、文化祭はやってくる。
「楽しみにしてるから、陸夜」
彼女が首を傾け、笑顔をくれた。
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文化祭の準備を告げた今日。噂にはきいていて、伝統とは知ってけど、あの熱量に
はどっと疲れた。
私、赤佐棚葉はバレー部所属だもん。正直キツすぎて今も眠いし、ブチ上がるテンションじゃなかった。でも、周りのノリって怖い。
つい流されて、大声出して気持ちが高揚して。もう疲れなんて吹き飛んでしまったような気すらしている。狂ったように盛り上がって、少し落ち着いて。
文化祭の内容が、まだ何も決まっていないから、話し合いをしようとしたとき。
誰かが、突然こんなことをいってきた。
「文化祭のジンクスって知ってる?」
ざわついていた教室で、その言葉だけが私の耳元へ明確に届いた。
「何ー? それって私にもカンケーある話かな?」
「お前は恋なんかしなさそうなタイプだよな、織野って」
「それ気にしてるからやめて」
「まあいいわ。ようは、毎年恒例の後夜祭で、最後に歌われるオリジナル曲を、好きな人と
一緒に最後まで歌うと恋が叶うってやつ」
「なんか地味でしょぼくない? ほんと効果あるの?」
「これはかなりあるらしい。この曲を作った先輩たちが一緒に歌ったことで有名なんだけ
ど、ふたりはそのまま歌手としてデビューして、もう結婚してる。しかもだいぶ大物」
「え、有名歌手の卒業生って、その人だったの? めっちゃいがーい。私もやってみようか
な、なんてね」
好きな人と、一緒に歌うんだ。私の好きな人って......明日翔? いや、まさかね。
あんな屑野郎が好きだなんて、私どうかしてるよ。あいつのどこがいいっていうの?
でも。なんでわざわざジンクスって言葉を聞き取ったんだろう。
何かを意識してるのかな。この感情、一旦保留。明日翔のことなんて、好きじゃない、よね?
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文化祭のジンクス、か。
自分は、ことごとく女を振ってきた。あの、電車のホームで偶然出会った女の子と結ばれたいから。
でも、見つかるはずなんてありやしない。まさか、この高校にいるはずもない。
たとえ会えたとしても、あの子のことだと認識できる気がしない。
歳をとればとるほど、どんどん思い出の輪郭がぼやけていく。でも、せっかくの文化祭。ジンクスを試したい気持ちはある。誰か、いないかな。そんなことしたら、相手の人に失礼かもしれないけど。
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聞き耳を立てていた訳じゃないけど、ちょっと聞こえちゃった。文化祭、いや後夜祭のジンクス。
小丸だって、男の子とお付き合いしたい。私は内気だけど、元気はつらつな男の子と。駅のホームで出会った男の子、元気かな。
ああ、重い女だよね。こんなところで過去に囚われ続けるっていうの?
でも、忘れられなのは忘れられないの。できないとは知っていても、あの男の子に、もう一度だけ会って、気持ちを伝えたい。
そして、一緒に歌いたいな。
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