第25話 ジンクスを気にしたい(美麗・陸夜・棚葉・陸夜・小丸視点)

◆◆◆◆◆◆


 文化祭がはじまってもいないのに、この学校は盛り上がる。 近所迷惑不可避というレベルだと、私は思う。


 吹奏楽部が窓開けながら楽器吹いるときくらい煩いけど、このみなぎっている感じがたまらない。好きなアーティストのライブにいったときとか、こういう高揚感に襲われるのだろうか。自分の周りから溢れるエネルギーが、意思と関係なしにどんどん取り込まれていってしまう。


 毎年、奏流高校では文化祭でやることが決まっていない。生徒の自主性に任せるという伝統だった。しかし、奇抜なアイデア出すのはなかなか厳しく、毎年やるものはあまり変わっていない。


 さて、奏流高校の文化祭では、代々伝わるビッグイベントがある。それは。カップルによる、カップルのためのジンクス。


 それは、文化祭の最終日、後夜祭のライブ。カップル同士で、最後の曲に必ず来る恋愛ソングを口ずさむことだ。昔、校内で有名だったカップルが作詞作曲したとされる、伝説の一曲だという。すでにメジャーデビューしている、有名なふたり組デュエットの曲だ。


 ……なんかそのジンクスめっちゃよくない!? 今すぐにでも実践したい(単純)。このくらいだったら誰でも実践できるし、陸夜にバレないよね。


 ◆◆◆◆◆◆


 HRが終わった部活前。美麗に残ってもらい、例のジンクスについての話をしてみた。

「────というわけなんだが、美麗。このジンクス、やってもらえないか?」


「後夜祭で、一緒に恋愛ソングを歌うのね。そのくらいなら私もやるわ。もっと特別感のある、たとえばダンスを踊るだとか。各クラスの出し物で同じ役割を担うだとか」


「しょぼいことは認めるけどさ。なあいいだろ、美麗」


「……そのくらいなら、やってもいいかな」


 盛大に僕は、ガッツボーズを決めた。


「なんだか陸夜は変わらないな。私にとってしょうもないことに熱中してさ。それなのに人をガンガンに巻き込んじゃうんだもんね。無邪気で子供っぽいところ、すっごく好きだよ」


 くすくすと笑いを浮かべながら、美麗はいった。


「ちょっと、照れるな」


「じゃあ、後夜祭のとき、隣の席に絶対なろう。約束するよ」


「ああ、約束だ」


「今からあと三ヶ月後だな」


 まだ夏だ。秋と冬の境目に、文化祭はやってくる。


「楽しみにしてるから、陸夜」


 彼女が首を傾け、笑顔をくれた。


 ◆◆◆◆◆◆


 文化祭の準備を告げた今日。噂にはきいていて、伝統とは知ってけど、あの熱量に

 はどっと疲れた。


 私、赤佐棚葉はバレー部所属だもん。正直キツすぎて今も眠いし、ブチ上がるテンションじゃなかった。でも、周りのノリって怖い。


 つい流されて、大声出して気持ちが高揚して。もう疲れなんて吹き飛んでしまったような気すらしている。狂ったように盛り上がって、少し落ち着いて。


 文化祭の内容が、まだ何も決まっていないから、話し合いをしようとしたとき。


 誰かが、突然こんなことをいってきた。


「文化祭のジンクスって知ってる?」


 ざわついていた教室で、その言葉だけが私の耳元へ明確に届いた。


「何ー? それって私にもカンケーある話かな?」


「お前は恋なんかしなさそうなタイプだよな、織野って」


「それ気にしてるからやめて」


「まあいいわ。ようは、毎年恒例の後夜祭で、最後に歌われるオリジナル曲を、好きな人と

一緒に最後まで歌うと恋が叶うってやつ」


「なんか地味でしょぼくない? ほんと効果あるの?」


「これはかなりあるらしい。この曲を作った先輩たちが一緒に歌ったことで有名なんだけ

ど、ふたりはそのまま歌手としてデビューして、もう結婚してる。しかもだいぶ大物」


「え、有名歌手の卒業生って、その人だったの? めっちゃいがーい。私もやってみようか

な、なんてね」


 好きな人と、一緒に歌うんだ。私の好きな人って......明日翔? いや、まさかね。


 あんな屑野郎が好きだなんて、私どうかしてるよ。あいつのどこがいいっていうの?


 でも。なんでわざわざジンクスって言葉を聞き取ったんだろう。


 何かを意識してるのかな。この感情、一旦保留。明日翔のことなんて、好きじゃない、よね?


 ◆◆◆◆◆◆


 文化祭のジンクス、か。


 自分は、ことごとく女を振ってきた。あの、電車のホームで偶然出会った女の子と結ばれたいから。


 でも、見つかるはずなんてありやしない。まさか、この高校にいるはずもない。


 たとえ会えたとしても、あの子のことだと認識できる気がしない。


 歳をとればとるほど、どんどん思い出の輪郭がぼやけていく。でも、せっかくの文化祭。ジンクスを試したい気持ちはある。誰か、いないかな。そんなことしたら、相手の人に失礼かもしれないけど。


 ◆◆◆◆◆◆


 聞き耳を立てていた訳じゃないけど、ちょっと聞こえちゃった。文化祭、いや後夜祭のジンクス。


 小丸だって、男の子とお付き合いしたい。私は内気だけど、元気はつらつな男の子と。駅のホームで出会った男の子、元気かな。


 ああ、重い女だよね。こんなところで過去に囚われ続けるっていうの?


 でも、忘れられなのは忘れられないの。できないとは知っていても、あの男の子に、もう一度だけ会って、気持ちを伝えたい。


 そして、一緒に歌いたいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る