第24話 身勝手な茜は学校に乗り込みたい/政略結婚で企みたい

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 わたくし、茜。今日は風邪で学校を休みましたの。寝不足でしょうかね。最近「人間関係」の悩みが多くて眠りが浅いのかもしれません。


 今朝の熱は三八度でして。体調不良など、美麗がなって仕舞えばいいのに。お義姉様のことを考えてしまうと、同時に光一さんのことまで思い出してしまいます。


 こんなとき、光一さんが来てくれれば。


「光一さん、いるはずないですよね」


 もう昼間の時間帯です。だいぶ横になってきたことですし、体の方は楽になってきたところです。なんせ昨日は夜の八時頃から寝ておりますから。


 万全とまではいかなくとも、これ以上寝ていても持て余すだけだと思いまして。


 さて、この空白の時間、どうやって潰しましょう。なぜかお父様もお母様も、はたまた使用人まで。


 今日だけは総じておりませんの。日が暮れるまで遠くの地域に用があるということでしたの。


 よりによって風邪をひいているときに、です。寂しくて仕方のないものです。


 ただ、誰にも気を使わなくてよい、フリーな状態であることは間違いないです。


 そうですわ! 光一さんの学校を覗きにいきましょう。美麗の学校に近い駅だった気がしています。ただ、路線の関係上、美麗の学校は遠回りをしないといけません。これだから公共交通機関は。


 美麗の学校も、ついでにみておきましょうか、笹倉財閥とは縁の深い私立校ですので、自分の権限でいくことは不可能では無いはずですの。光一さんのために、とびきりお洒落をして。


 さて、お出かけです。


 ほとんど乗ったことのない電車。普段は使用人やら椀台に身の回りのことはやらせていますので、いまいちパッとしません。


 切符をはじめて買いました。つい駅員を怒鳴りつけてしまいましたわ。。私は悪くありません。あの人の態度が許せなかっただけですの。切符を買うのにカードが使えないなんて、これだから公共交通(以下略)。なぜか平民の目は私に釘付けでした。正しくないことに意見するのは当然でしょう。

 ……もしやそれほどまでに私を美しいと思いまして?


 ああ、私が求めているのは光一さんから向けられる愛の視線です。それだけが欲しいんのです。芸能人や著名人の息子や娘が通うこともある一流高校。学食だけは解放されているはずですから、侵入は容易いことでしょう。乗り込むのが楽しみです♫



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 笹倉家の主要人員は、重要な取引先である雨宮グループの本社へと出向くこととなっていた。


 通学中の美麗と、風邪をひいて寝込んでいる茜は置いていくこととなっていた。


「そろそろたどり着くことでしょう」


 いつものように、運転手の椀台はハンドルを握っている。つくのに数時間はかかる、雨宮の本家。的確なハンドル捌きで、安全に、そして早く操縦できているものの。


「操、あなたの運転はどうなっているのかしらね。せっかく雇ってやっているというのに、私を退屈させるつもりなのかしら」


「申し訳ありません、結城奥様」


 同乗しているのは、笹倉ささくら結城ゆうき。笹倉源蔵の現在の妻である。前妻が亡くなってからすぐに婚約を結んだ相手である。財閥と何も関係を持っていると思われない彼女は、持ち前の高圧的な態度が功を奏し、周りのものの精神を崩壊させることで力を握っていった。


 代々、笹倉財閥の女性は、こういった人間ばかりだった。 源蔵の元妻、笹倉ささくら有栖ありすも、こういった人間であった。


 人の欠点を、重箱の隅をつつくように指摘しては、相手の人格ごと否定し続ける態度をとっていく。


 暴力的な一面があり、二千万円の腕時計を床に叩きつけて割ってしまったことがある。たびたびヒステリーを起こす、財閥内での要注意人物。


 ひどい態度を重ね続けた結果。有栖は使用人に撲殺されてしまった。このように恨みを買って傷害沙汰となるケースは、笹倉財閥では珍しくなかった。

 

 雨宮本家につき、椀台が誘導して、広々としたテーブルにつく。誕生日席にには雨宮グループのトップ、その隣には雨宮光一の姿が見える。


「今日は来てくださり、実に嬉しいものですな。光一のこととなりますが、よろしくお願いします」


 光一の父がいう。


「ボクは、笹倉財閥の方とまたこうやって顔を合わせられるのが、嬉しくてたまりません。ああ、なんと美しい奥様。ボクの心を奪った美麗の母とあるお方」


 わざとらしく結城は咳払いをし、聞こえる声で、「なんなのかしら、あの若造は」とぼやいた。


「では、美麗さんと光一のことについて、話を詰めていきましょうか」




「────さて、今日はこのくらいにしておきましょう」


 双方の探り合いに終止符が打たれた。


 源蔵と結城には、もちろんこの婚約に対して、大きな思惑がある。ただ、笹倉家だけが得をするような婚約に、果たして雨宮家は乗り気になるのか、というのが笹倉夫妻の中では心の中で渦巻いていた。


 車内は今日の話で持ちきりだった。


「私たちがこの婚約で得たいのは、あくまで短期的な目的のためにすぎない。せ

 いぜい数十年、四十年もいかないほどだろう」


「雨宮家は、その先は見つめているのだと、源蔵さんは考えられているのですか」


 椀台が問う。


「そうでなければ、婚約を申し入れるわけがない。こちらと雨宮家は本来であれば敵対する関係にあるべき企業だ。この程度のことで悩むなんて不甲斐ないが、雨宮に対しての情報がまだ少なく、判断のしようがない」


「私はあなたと再婚して、財閥の人間になった故、財閥のことについて勉強不足です。これといった助言ができかねます」


 こういうときに、有栖という存在がいればよいのに、と源蔵は思う。ヒステリックを起こしがちで、忌み嫌われていたものの、笹倉グループをまとめあげられる器であったことは確かだった。まさに、笹倉家の「羅針盤」とも言える存在だった。


 源蔵の経営センスはズバ抜けているが、有栖もそれに張り合うほどの頭脳を持ち合わせていた。企業も大きくなり続けたのは、決して源蔵だけの力ではない。


 この政略結婚というのも、有栖が最後に残した、笹倉グループを大きくする切り札ともいえる手段。亡き妻のためにも、どうしてもこの婚約は成功させたい。それが、源蔵の思いだった。


 有栖は、もうない。「羅針盤」は残っていても、方向を狂わせてしまう磁力が、あちらこちらからはたらいて邪魔をしてくる。そんな中でも、方向を見失わないようにしていかねばならない。

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