第13話 明日翔の初恋

 俺が偶然出会った、名前すら知らないあの子。冬、サッカー部の大会の遠征の日。乗る電車に遅れ、ひとりで帰ることになっていた。


 たまたま遅延していたか何かで、何分待っても電車が来なかったんだ。ホームですることもなく、ベンチに座りながらスマホでもいじろうとしたんだけど。隣の席に、あの子は座っていた。


 物静かそうで、眼鏡をかけている、少し背の低い子だった。たぶん年齢は近かった気がしている。そんな彼女は、駅のホームにいる時間はずっと、本を読んでいた。


 興味本位でカバーだけ見てみると、小難しそうな哲学の本のようで、さぞかし賢いのだと勝手に思っていたんだ。ただ、その認識は彼女が本を落としたことで一変した。薄い手袋をつけながら読んでいたので、手を滑らせてしまったらしい。


 俺の足元まで飛んできたので拾ってやると、つい本の中身に目がいった。小難しい表紙とは裏腹に、その中身は目を塞ぎたくなる強烈な内容だった。


 文字が敷き詰められておらず、二次元のキャラのあられもない姿が見開きで描かれているものだったのだ。


 つい中身をみて硬直してしまった俺をみて、彼女は顔を赤らめながら半ば強引に本を奪い返したのだった。たった、それだけの関係。


 でも、あの日のあの場所で起きたワンシーンを、忘れらない。繊細に脳裏に焼き付いている。ずっと俯いていて顔すらよくみえていなかったのに。普通に暮らしていたら気にも止めないような女子だった気がしている。はっきりいって縁がなさそうな女子だ。


 彼女だけは、なぜか違ったんだ。そんな本を読んでいたと知ればドン引きするところだろうに。


 電車に乗り込んでからも、近くに座っていた彼女のことをつい見てしまう俺がいた。彼女が自分より前の駅で降り立ってしまうと、つい視線を走らせてしまったのだった。


 彼女以来、女子に強烈に惹かれるという経験がない。中学のときも、高校に入ってからも女子からの告白が絶えないが、強く惹かれるものがなくて、デートなんかにいってもどこか楽しくない。


 遊園地なんかにいっても、なんだか憂鬱で。名前も知らないあの彼女と、比べてしまったのだった。もう二度と出会えることはないと思っている。遠くの駅周辺に住んでいるんだ。


 たとえ出会えたとしても、互いに気づけるかどうかもわからない。自分の一方的な感情という線もある。でも、絶対に会いたい。もっともっと、彼女のことを知りたい。


 人はこれを初恋、とかいうんだろう。性格や顔じゃない、身勝手に運命なんか感じてしまうようなもの。


 まあ、今更このことを考えても仕方ない。過去のことばかり見ずに生きないと。荷物を背負い、教室を後にする。


 ゆっくりと階段を下っていると、本を何冊か抱えて走る女子生徒がいた。相当焦っていて、段を飛ばしながら走っていた。すれ違う瞬間、一冊の本の角が肩に当たり、階段を華麗に滑っていった。


「すっ、すみません!!」


 突然大きな声を出されて困惑しつつも、同じ場所で足を動かし続けている彼女をみると、早く拾ってやらないと、という気持ちになる。ちらっと本の表紙を確認してみたが、短いタイトルで何の本かすらイマイチ理解できなかった。階段を上り、積まれている本の上に置いてやる。


「ありがとう」


 背がだいぶ低く、段差があってもこちらの方が高そうだった。どこか見覚えがある気がした。

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