第2話 それでも陸夜は愛したい
「私、もう吐き出していいんだよね。もう我慢しなくていいんだよね」
既に声が震え始めているのが伝わる。痛々しい。胸が締め付けられてやまない。幼馴染だから、同性の友達の感覚になっていた時期が長かった。
認めたくはないが、苦しそうな美麗の表情にある種の快感まで得ている自分がいる。弱っていて、一番助けていけない瞬間なのに。
「美麗、私立での生活がもう限界で、どうしようもなくなったとき。この奏流高校に通わないかって、いってくれた人がいるんだ。母さんと財閥の人には、ここに通ってることは黙ってるんだ。いつまでここにいられるかもわからないんだよ? せっかく、中学のときの友達がいる、本来いくと思ってたここに来れたのに」
「辛かったんだな、美麗」
「うん、辛かった」
そっと前面に彼女が寄ってくる。本来の美麗ではない、清楚を演じて、殻に閉じこもっていて、苦しんでいる美麗。それでもやはり、恋心が溢れ出てきてしまいそうだった。ふと、あの頃を思い出す。
たまに遊びに行ったときのこと。一緒の試験勉強を一日中したこと。二人ともカップルみたいだね、と友人にいわれて少し美麗も照れてくれたこと。一緒に傘をさして帰り道を歩いたこと。他の友達と一緒に、喉が枯れるまで歌ったカラオケボックス。
あの頃は当たり前だったことが、いとおしく思えてくる。僕は彼女に片思いしていたのではなく、両思いだったのかもしれない。
今の美麗を、僕は救いたい。美麗のために尽くしたい。
心の中で渦巻いているものが、一時的なものだといわれたらそれまでだ。決してよい動機ではないのだろう。それをふまえた上で、彼女のために尽くすなら、どんな言葉が似合うだろうか。
「美麗」
「陸夜、どうしたの」
僕、沢田陸夜には彼女に言うべきことがある。
上手く笑えなくなってしまった美麗をしっかりと目で捉え、ずっと本心が隠していたことを、思うままに吐き出す。
「僕は、美麗のことが好きなんだ。どんなときも、どんなときも僕は美麗のそばにいたい。美麗を救いたい。もとの美麗の姿がみたい」
「でも、今の私は昔の私じゃないんだよ? 何も考えずに笑っていられたときの私じゃない。陸夜のことを不幸にさせてしまいそうな気がしてならないの。だから────」
震え声はどんどんひどくなっている。僕の胸の中にいる彼女の顔なんて、見れるものじゃない。少しでも見てしまえば、こちらだって視界が霞んでしまいそうなんだ。
「僕はそんなことは気にしない。たとえどんなことがあったとしても、美麗といれるだけで楽しいし、幸せだし、生きててよかったっていつも思ってる。二年間、足りなかったのは君の存在なんだ」
「そんな主張ばかりされても」
僕の思いが先行していただけで、美麗の思いを汲み取っていない。強引なやり方過ぎる。いや、もうやり方にとらわれなくていい。そう誓って僕は彼女に告白しているのだから。
「じゃあ一つだけ答えてほしい。美麗は、僕と付き合いたいかだけ。今の状況は僕が受け止めて、君の事情も受け入れる。そのうえで、美麗には本心を教えてほしいだけなんだ」
この熱意は一年ぶりだろうか。流されるままに過ごしてきた日々。そこに突然投げ込まれた美麗という要素が、心の中の渦の勢いをを加速させる。
「付き合いたいか、付き合いたくないかで言ったら……」
自信のない弱い声で応答している。少ししか目が合わない。うじうじとしていて、答えがすぐには出てこない。
「私も、陸夜のこと、好きだったよ」
顔を赤らめながら、彼女はいった。
「私ってさ、もともと陸夜のこと、そんなでもなかった。でも、みんなと離れて、私立に通っていると、なんだか、昔からの仲間が恋しくなってきてた。少し距離を置くだけで、みんなとの日々の大切さがわかってきたんだ。それでもう二年経ってるんだよ」
二年という日々の重さ。それだけごっそりと抜け落ちてしまった、美麗との思い出。
古き良き日々の記憶は、大事にして置きたかったはずなのに、毎日のくだらない記憶にかき消されてしまって、輪郭がぼやけてしまっている。ただ、美しくて、心から離れない、もう二度とない平穏な日々だったことだけがわかる。
あの頃には、もう戻れない。
美麗はもう笹倉グループの美麗だ。過去を塗り替えてしまいそうな色をした、心を、苦しめただろう日々。でも、こうして美麗が戻ってきたからには、前と全く同じ色にはできなくても、悪方向に変わってしまった心の色のほんの一部を真っ白にして、前と似たような色に塗り替えれば良い。
「美麗……」
「陸夜。私、幼馴染じゃなくて、恋愛対象として陸夜のことを見ていたい。どんな状況だとしても、陸夜のそばにいたい」
いつの間にか、美麗のことを完全に抱きしめていた。彼女への思いのリミッターが外れてしまっていたらしい。美麗も僕のことを求めていた。
外では、他のクラスメイトがざわざわと何のためにもならないことを話し続けている。そのなかで僕たちは、互いの必要性を確かめ続けていた。僕らは頭がおかしくなっていたみたいだ。
それから十分間は、抱きしめたままでいたらしい。無言で。二年間の寂しさを埋めていたのだった。ただハグをしているだけだ。それ以上もそれ以下も、今の僕らが求めることなんてなかったんだ。
彼女の体のぬくもりを、直に感じる。少し痩せこけてしまったような体つき。できてしまった身長差。僕の胸のあたりに美麗の顔がきていた。
いままで騒がしかった外の音は、完全に掻き消されていた。ふたりの心臓の鼓動が高まっていくのを確かめ合って。より深く抱いて、離して。手をまわす。時の流れに寂しさを感じ、僕らは涙を流していた。
「ごめん、私、もう迎えの車が来ちゃうから」
ふいに我にかえった美麗は、床に置きっぱなしにしていおいたリュックを背負い、優しい日差しの当たる教室を抜け出した。彼女のぬくもりは、外の風に冷やされても、冷めることはなかったらしい。
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