「それじゃ、行ってくるからね」

「うん……気を付けて」

「行ってらっしゃーい」

 私は二人の妹に声を掛けると、今日も食料を取る為に狩りへと出掛けた。

 私たちは街から外れた場所に住んでいる為、比較的食べられそうな野生動物も多い。

 私がよく狩っている動物は団体行動をしている。だけど時々、逸れたのか一匹だけで行動する個体が必ず現れる。私はその逸れ個体を狩って、食料にしていた。

 この動物はかなり大人しい。喉を引き裂いても、目を抉っても、心臓を鷲掴みにしようとも、大きく暴れる事も叫ぶ事も無い。

 それでいて肉は結構美味しいし、量も多い。私は子供で料理がよく分からない、だから火で焼いて塩を掛けるだけしか出来ないけど、それでもなかなかイケる。

 本当は妹たちには、お腹いっぱい肉を食べさせてあげたい。だけど一匹を三人で分けると、満腹にはならない。だけど二匹以上狩ると、近くに住む街の連中に気付かれかねない。だから、ひもじい思いをしても我慢するしかなかった。

 でも今日は妹の誕生日だ。多少危険かもしれないけど、今日だけは二匹狩って帰ろう――私はヒッソリと、胸の中にその様な考えを抱いていた。

「きっと二匹も狩って帰ったらビックリするだろうなぁ」

 私の頭の中では、驚きながらも満腹になるまで肉を頬張る二人の妹の姿が見えた気がした。……俄然やる気が湧いてくる。

 絶対に二匹狩ってやる――そう決意表明をした私は、いつもの狩りポジションの草むらに座った。この場所には必ず獲物がやって来るのだ。


 暫く待機してると、数体の獲物が姿を現した。だけどあの獲物は警戒心が強い、故に一体になるまでは姿を出してはいけない。

 昔お母さんに聞いた事がある。狩りをするなら標的は一匹に絞りなさい――と。確かコトワザとか言う名言の中に「二兎を追う者は一兎をも得ず」って言葉がある。要はその通りだから欲張るな、お母さんが言いたかった事はそういう事だったんだろう。

 私は頭の中でコトワザを呟き続け、一匹が逸れるのをジッと待った。

 そして待つ事数十分、遂に獲物は単独行動を始めた。奴等は知性があるのか、一ヶ所に留まって屯ってる事が多い。その所為で狩の効率的な仕方が見つからないでいる。困ったものだ。

 しかし遂に一匹仕留められるかと思うとドキドキする。毎度狩る時には高揚感に似た何かを感じずにはいられない。

 私は獲物の背後にそっと忍び寄ると、狩りをする為だけに伸ばした爪で首を突き刺した。

「ガァッ!?」急な痛みと苦しみにもがき倒れる獲物。

 私は獲物の傍に立ち寄ると、トドメを刺す為に爪の血を払い飛ばした。

「ゴメ……ナ……イ……」

 …………。

 獲物は毎度、人に似た言葉を喋る。しかも狩る獲物は「ゴメンナサイ」と言うのだ。……何だか人を殺してるみたいで気分が悪い。

「……直ぐ楽にしてあげるから」

 ごめんね――そう呟いた私は、今から狩取る命が来世では幸せになれるよう願うと、一思いに爪を振り下ろした。


 近くの水辺で獲物の首を斬り落として血抜きをしながら、私は妹たちの未来の事を考えていた。

 親が居ない、周りの大人にも頼れない、だから長女の私が頑張るしかない。そう思って今日まで頑張ってきた。妹たちと一緒に、たった三人で生き抜いてきた。

 でも、いつか限界が来ることは分かっていた。満足に食事を取れない以上、嫌でも街に行かなくてはいけない事くらい……分かっていた。

 だから私は狩のついでに街の偵察もしていた。だけど彼等は警戒心が強くて、隠れていても見つかってしまう。そして見つかる度に私は罵声を受けて追い出されてしまうのだ。

「何とか――」私は水辺に映る自分の顔を見ながら呟いた。「何とかして街の人に許してもらわないと」

 私は呟きながら、更に表情を暗くする。

 何か悪い事をした記憶は無い。許しを請わなくちゃいけない程の罪を犯した事も無い。でも、街の人々はいつも私を罵倒する。だから例え不服でも、私は彼等に許しを請わなくちゃいけない。

 例え許してもらえずに殺されたとしても、せめて妹たちだけは――。

「こんばんは」

「――ッ!?」私は背後から聞こえた挨拶に驚きながら、距離を取って爪を構えた。

 するとそこには金色の綺麗な髪の少女が、私に微笑み掛けながら立っていた。

「……誰?」私は構えを解かずに問い掛ける。

「私はエルシア、旅人です。貴女はミラさんですね?」

 …………。

 エルシアと名乗る少女は私の傍に近寄ると、手を差し出して来た。

 握手、と言うヤツだろう。仲良くなった相手とする交流手段だと聞いた事がある。

 コイツは敵じゃない、私たちに酷い事をするヤツじゃない。それが彼女の匂いで分かった私は、恐る恐る手を伸ばした。

 でも人を信じるのが怖かった私は、なかなかエルシアの手を掴めずにいた。それでも彼女は手を引こうとせず、いつまでもじっと待っててくれた。

 そして私は、遂にエルシアの手を握り返すのだった。



 役所を追い出された私は、街外れに来ていました。

 もちろん、私が依頼書に書いてあった標的を何とかする為です。この街の人は疎か、私の様な他の旅人や無慈悲な狩人には任せたくなかったのです。

 そして私は、ついに例の標的にされている少女に接触しました。

「こんばんは」私は笑顔で挨拶をします。

 しかしこの少女……街の中で聞いた話によるとミラと言う名前の彼女は、私に敵対心剥き出しで睨んできます。

「……誰?」

「私はエルシア、旅人です。貴女はミラさんですね?」そう言いながら手を伸ばして握手を求めました。

 警戒が解けないのか、なかなかミラさんは手を差し伸べてきません。

 そんな時、私は手を伸ばしつつも彼女が殺したであろう死体を眺めました。

 首が落とされて、逆さ吊りになっています。きっと血抜きの最中なのでしょう。既に腹部は引き裂かれ、内臓は近場に捨てられています。

 …………。

 生々しい異臭に目を細めた私は、改めて笑顔でミラさんの目を見ました。

 彼女の左目は綺麗な青色で、吸い込まれそうになります。ですが反面、右目は化け物のソレでした。

 爬虫類の様に縦長な瞳孔、濁った黄緑色にくすんで黒く変色した眼球。そして右目の周りには、無数の切り傷が……。恐らく右目の異変に気付いて抉り取ろうとしたのでしょう。

 彼女の綺麗な灰色の髪は、右目を隠す様に伸ばされていました。

 そして着込んでいるフードの上からでも分かる、頭の両側面に飛び出した突起物。

 ……正直、見ているのが辛いです。今までどれだけ苦しみながら孤独に生きてきたか考えるだけで、胸が締め付けられる様です。私だったら……気が狂ってるかもしれません。

 そんな事を考えていると、恐る恐るミラさんが私の手を掴んできました。

「よろしくお願いします」満面の笑みで、彼女に警戒させない様に挨拶をします。

「……うん」

「所で、あの水辺に吊るしてあるのは……」

「アレは、私たちの食料だよ。言っておくけど、あげないから」

 間に合ってます――そう返した私は、バスケットの中に入ってる果物を見せました。


 その後、血抜きが終わって肉を解体するミラさんを横目で見ながら、どう話を切り出そうか悩んでいました。

 まさかいきなり「貴女を殺す依頼を受けたんです」なんて言い出す訳にもいきませんし。……何より私は彼女を殺すつもりなんて微塵もありません。

 彼女の事を聞くにしても、恐らく自身の事には敏感に反応するでしょうし、仲良くなる前に聞くのは得策ではないでしょう。

 ……困った。私のコミュニケーションのボキャブラリーが乏し過ぎる。

 そんな事を考えていると、私の視線に気付いた彼女の方から話し掛けてきました。

「エルシアさんは、どうして此処に?」

「私、金欠なんですよ」

「へ、へぇ……」

「だから宿にも泊まれないんです。酷いですよね、私みたいな美人さんを門前払いするなんて」

「……そのバスケットはどうしたの?」

 おっと、私の美人話は無視ですか。そうですか。

「これは貰いました。果物屋のオジサンが見せびらかして来たから受け取ったんです」

「……それって窃盗じゃ――」

「いいえ、貰ったんです。くれたんです」

「…………」

「くれたんです」

「何も言ってないけど……」

 そんな感じで打ち解けてきた頃、ミラさんはもう一体狩りをすると言うので、邪魔にならない様に静かにしながら同行する事にしました。


 いつもの狩場、彼女がそう呼んでいる場所に到着した私たちは、息を潜め気配を殺しながら草むらに身を隠しました。

「……エルシアさん、貴女も狩りに慣れてるの?」

「そうですね、旅の道中で食糧不足になったら狩りをしますし」

「ふぅん。旅って道楽の類だと思ってた」

「……否定はしませんよ。本人の前で言うのはどうかと思いますけど」

 私たちは草むらで身を潜めつつ、小声で話しながら『獲物』が来るのを待ちました。

 そして暫くすると、遠くにうっすらと何かの影が。

「……来たよ、エルシアさん」

「遠いですね、しっかりと視認できません」

 どうやらあれがミラさんの言う『獲物』だそうです。

 ミラさんは普段の狩りを見せてくれるとの事なので、私は手伝わずに草の中でジッとしています。……そもそも頼まれても手伝う気はありませんでしたが。

 更に待つ事十分弱。複数の影は何処かに消えていきましたが、ミラさんの言う通り影は一つだけその場に留まっていました。

「行ってくるから」

「……えぇ」

 私はミラさの背中を見送ると、彼女の『獲物』の事を考え始めました。色々と不自然なのです。

 ミラさんは『獲物』は頭がいいと言っています、警戒心が強いとも言いました。

 でも、だったら毎回仲間が消えていく場所にどうして単独で残るのでしょう? それじゃあ殺してくださいと言っている様なものです。

 私の視点から見ても、彼等は臆病で、それ故に強い警戒心を持っていると思えます。頭も良く、一度でも何かをされれば対策を講じる知性があるとも思っています。

 故に、彼等の行動が理解出来ないのです。

 わざと殺されようとしている? 生贄とか? いや……殺されたとしても償いきれない罪悪感に苛まれているとか?。

 私の理解の範疇を越えた、奇怪とも言える行動をする彼等の事は分かりかねます。ですがミラさんに何かを伝えたいのは明白でしょう。

 ゴメンナサイ――『獲物』の彼等は、死の間際にそう言うそうです。ミラさんからしても、人の真似事をするから仕留めるのを躊躇ってしまう、そう言っていました。

 彼女は人の真似をして、死を待逃れようとする生き物の知恵だと思ってるそうですが、私にはそう思えませんでした。

 私には、彼等がしたい事……理解は出来ませんが、分かろうとは思えます。

 贖罪――彼等『獲物』のしたい事って紆余曲折してますが、結局はこれなんじゃないでしょうか?。

 …………………………………………。

「まったく……どういつもこいつも馬鹿なんですから」私は小声で呟くと、ミラさんの方に視線を戻しました。

 ちょうど今から狩る所らしく、伸ばした禍々しい爪を構えて背後から近付いていました。

 ――ブシャ。

 ミラさんの爪が『獲物』の首を貫きました。

 『獲物』は苦しみに暴れながら倒れると、地を這いながらもその場から逃げ出そうとしていました。

 そんな彼に、ミラさんはトドメを刺しに行きます。

 ――グシャ。

「――っ!」私は余りの生々しさに目を逸らしました。

 小さな呻き声が聞こえた後、ビチャビチャ――と噴き出た血が地面に垂れる音と、肉が削ぎ落される音だけが聞こえました。

 ――バキッ。

 そして不意に鳴り響く首の骨をへし折る音に、私は耳を塞いでしまうのでした。


 何も考えない様に目を瞑って耳を塞いでいると、不意に私に肩を叩く存在が現れました。

 体をビクつかせながらその方向を見ると、全身に返り血を浴びたミラさんがその場所にはいました。

「エルシアさん、大丈夫?」

 顔色が悪いよ――そう言いながら私の肩を触ろうとします。

 私は彼女の手を避ける様にしながら立ち上がると「大丈夫です……」と呟く様に言いました。

 この後はさっきの水辺で血抜きをして、内臓を取り除いたら家に戻ると言う事だったので、私はついでで今日だけは泊めてもらえる事になりました。

 ……此処までは予定通りです。予定通りですが……既に私は心身ともに限界が近付いてるのを感じずにはいられませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る