2節 雪の降り積もる心
1
しんしんと雪が降り積もる街にて、一人の少女が宿の直ぐ傍のベンチに転がっていました。
彼女は旅人で、金欠でした。なので宿に泊まれないのです。
金色の綺麗な髪に雪を積もらせた彼女は、お腹を鳴らしながら街の中央にそびえ立つ木の前で楽しそうに踊る人々を眺めています。
この街では今日が冬の感謝祭とか言う行事だそうで、色々な出し物が並んで美味しそうな匂いを漂わせています。
――ぐぅぅ。
少女は匂いに釣られて更に可愛らしい音をお腹から出しました。
さて、この金欠で雪を体に積もらせながら震えて転がる、本来なら誰しもが手を差し伸べたくなる程に可憐で可哀想な少女なのですが。
私の事なのでした。
「はぁ…………お腹空いた」
暫く雪に塗れていた私でしたが、いい加減に動かないと凍死する未来が見えて来たので真に億劫ですけど動きましょう。
ですがお金も無い、寝床も無い、話を聞いて恵んでくれる人なんて誰も居ない。ぶっちゃけやれる事なんて何も残っていません。
これは早急に街を出て動植物を食べた方が楽かもしれないです。運良く鹿でも狩れれば、飢えを凌ぎつつ鹿の皮を着込めますし。……多少生臭いでしょうけど凍えるよりかはマシです。
そんな事を考えていると、幸運は向こうから降り掛かって来ました。
街の役人が配る紙が私の顔面に強風で張り付きます。
「んぐっ!?」紙を摘み取った私は唇を尖らせながら、紙に書かれてる文字を読みながら現状の不幸さを呟きました。「どうして私はこうも不運が続く体質なのでしょう?」
ぶーぶー言いながらも、私の目は紙に綴られる文字を読み進めます。
ふむ、前置きが長いですが依頼書の類でしょうか? 魔物を殺してほしいとの内容ですが、報酬が――。
「き、金貨300枚!?」私は周囲の目なんて気にしないで立ち上がりながら叫び、一目散に依頼書を発行した場所に向かいました
そして依頼書を発行した場所、この街の治安を維持する為の頭脳とも呼べる役所に到着した私は勢い良くドアを開け放って、配られた依頼書を役員に叩き付けました。
「……はい?」椅子に座った役員の女性は、困惑した表情で息遣いの荒い私を見上げています。
「これ、マジですか?」
「……はい?」
「だーかーらー」私は依頼書の報酬部分を指しながら今一度役員の女性に聞きます。「この依頼内容と報酬、マジなんです?」
「え、えぇ。マジですけども……」
「何で?」
「……へ?」
「何でこんな美味しい依頼を誰も受けないんですか? 魔物一匹の討伐ですよね?」
私の問いに暗い表情を見せながら困惑した女性は、奥の部屋まで私を案内してくれました。そこで依頼内容の詳しい説明を教えてくれるとの事らしいです。
何故か一瞬、ほんの一瞬だけ嫌な予感に似た何かを感じた私は、躊躇いながらも彼女の後に付いて行くのでした。
「どうぞ、お掛けになってください」
「どうも」
私は女性役員に言われるがままソファーに座ると、差し出されたお菓子を無心に食べ始めました。お腹空いてましたしね、背に腹は代えられないってヤツです。
ついでに報酬の前払いも要求しました。先立つものがないと私は飢えてしまいます。
一応金貨50枚は貰えましたが、後は駄目だと断られてしまいました。残念。
「それで? 詳しい依頼内容とは?」私は口の横にお菓子のカスを付けたまま問い掛けました。
すると女性役員は再び暗い顔を見せ、一枚の似顔絵を見せてきたのです。
かなり繊細で巧妙に描かれた似顔絵はインクも使われて描かれていて、女の子の顔が色鮮やかに可愛らしく、そして美しく映し出されていました。
髪はツヤがあって美しい灰色、多分後ろ髪は肩の位置よりも下まで伸びてます。そしてサファイアの様にキラキラと輝く、本物の宝石と差異が無い程に美しい瞳が、前髪の隙間から見え隠れしています。
ふむ、総評して私に負けず劣らずの可愛い子ですね。寧ろ可愛く振る舞っていないのに私と同等の可愛さと美しさを考えるに、彼女の方が出来上がってるかもしれません。……ちょっと悔しいですね。
ですが気になる点もあります、それは彼女の表情や頭に着けた歪な角の事でした。
美しい顔立ちの子が絶景のポジションに立ち、そこを描かれているというのに、この女の子の表情はどこか曇って見えたのです。
しかも頭の着け角は正直に言って似合っていません。歪で禍々しく、彼女の美しさと可愛さを半減させてしまっているのです。
「この子が何か?」私はお代わりのお菓子を頬張りながら聞きます。この子が魔物と関係がある様に思えなかったのです。
「……実はこの依頼、街の人には解決出来ないんです」
「……どういう事です?」私は少し冷めた紅茶に口を付けながら更に問います。
すると女性役員は暗い顔のまま、淡々と女の子の事と依頼内容を語り始めました。
「まず貴女に殺して頂きたい魔物の事なんですが――」
「…………」私は黙って話しに意識を集中させます。
女性役員は私に殺してほしい魔物の事、そして女の子との関係性を細かく話し続けました。
………………………………。
しかし彼女の発する言葉が信じられなくなった私は、目を見開いたまま固まって話を聞きます。
そして全てを話し終えて「ふぅ」と一息吐く女性役員に……いや、この街の人たち全員に怒りが湧いた私は、足元にティーカップを落としました。
パリン――カップが割れる音が響いた時、既に私は彼女に馬乗りになって顔に殴り掛かっていました。
「お前たち……命を何だと思ってるんですかっ!?」
私は無抵抗なままの彼女を、ただひたすらに殴り続けます。
その後、他の役員や騎士に取り押さえられた私は役所から追い出されました。
「…………」私は空を見上げて大きなタメ息を吐くと、歯を食いしばりながら怒りに震えていました。
そして今から自分にやれる事は一つしかないと思った私は、ローブに備え付けられたフードを深々と被りながら歩き出します。
「ねぇ!」そして暗い表情のまま歩いて行こうとする私に、顔がボコボコになった女性役員に窓から声を掛けられました。「貴女、名前は?」
「……エルシアです」
別に覚えてほしくも無いですけど――私は振り返る事なく毒を吐く様にそう答えると、そのまま雪の降り積もる街の中に消えていくのでした。
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