1章 王都編 第2幕
1節 雨宿りならぬ、雪宿り
1
しんしんと雪が降り積もる中、金髪の少女は小さな洞穴で焚火を焚いて一休みしていました。
彼女の服装は一面が銀世界になる雪景色の中において目立つ、黒を基調とした格好でした。出来るだけ日光を吸収しようと考えてのチョイスだそうです。
しかし彼女の目論見も叶う事は無く、空には鈍色の雲が青空を覆い尽くしていました。
「……寒い」彼女はパチパチと眠気を誘う焚火の音を聞きながら、震える手に白い息を吹きかけます。
さて、彼女は旅人なので春夏秋冬の準備は欠かしていません。しかし笑っちゃう程に薄着な彼女は、特に温まれそうな物は持ち合わせていませんでした。いつも旅の道中は着ていたローブでさえ、彼女の手元には無かったのです。
体感ではマイナス1度。いくら焚火の前に陣取っているとは言え、こんな状況で薄着は自殺行為です。もっと言うなら死に急ぎの馬鹿か、乾布摩擦で長生きしようとして死ぬ馬鹿です。
そして今にも死にそうな顔で頭に雪を被る馬鹿な少女なのですが、実は私の事なのでした。心も体も冷めきって、絶賛ブルーです。
私は顔を上げて鼻の頭にひんやりと落ちた雪の結晶を払いながら呟きます。
「これは明日の昼過ぎまでは止みそうに無いですね」
独り言にしては大きな声で呟いた私は、頭の中でさらに温まれる方法を考えながら洞穴の奥を眺めました。
よくよく目を凝らしてみると、そこには私の黒いローブや麻袋に入っていた温まれそうな物に包まれた荷物の様な何かが。
「どうします?」私がそう声を掛けると、荷物の中から虚ろな瞳の少女が顔を出しました。
しかし彼女は何も答えず、ジッと私を見つめた後で目を閉じました。
「この洞穴は雪風が流れ込んで来て寒いですよ?。一緒にかまくらでも作りましょうよ」
「…………………………………………」
暫く待ってみても、少女は虚ろな目で私を見つめるばかりで動こうとしません。動けない程に痩せてるとは思えませんが、多分気力が湧かないのでしょう。
彼女は私が雪に追われて洞穴に逃げ込んだ時、既に先客として凍え掛けていました。服もボロボロで髪もボサボサ、虚ろな目で死ぬのを待っている――そんな印象です。
流石に出合い頭で死なれるのは居心地が悪かったので、私は焚火を焚いて彼女と共に温まりながら雑談を交わしていました。と言っても彼女、自分の事を話す時以外は頷くか首を振るだけで、殆ど私が一人で話していたのですが。
聞く話によると、彼女は村で両親を亡くして孤児になり、数年間食べ物を盗んで生きて来たそうです。
ですが病原菌を持ち込むネズミ避けにはマウストラップを使う様に、畑を荒らすモグラ避けには彼岸花を植える様に、田畑を荒らすカラスには同法の死骸を見せ付ける様に、厄介者は殺すか追い払うのが一番。
村の中で厄介者だと思われた彼女は、とうとう追い出されてしまったそうです。そして追い出される中、愛していた両親も自分の事を嫌っていたと村人から教えられ、絶望に明け暮れながら此処に一週間ほど籠っていたと泣きながら語りました。
そして生きる意味を見出せなくなった彼女は、只々この何も無い洞穴で何も考えずに息をしていたと。
そして雪で凍えそうになった彼女は生きる意味を見失っても尚、死にたくないと思い、そこに私が訪れて助かったと――そう言いました。
……可哀想だとは思います、同情も出来ます。ですが同時に、情けないとも思いました。なので直接手は貸しません。貸した所で、彼女がこの先も生きていける保証も無いのです。
でも私の目の前で野垂れ死には夢見が悪くなるので辞めてもらいたい。その私情だけで、彼女に少し手を貸して温めてあげました。
私は小さくタメ息を吐き、少女に掛けていたローブを返してもらうと「それじゃ、かまくらが出来上がったら声を掛けますね」そう声を掛けて洞穴から出て行くのでした。
そして数時間の格闘の末、全身を真っ白にした雪女こと私は、無事にかまくらを完成させて洞窟に戻って来ました。
しかし私の帰りを待っていたのは、荷物ごと雪に塗れて息を引き取った少女だけでした。
彼女はその命の灯が消える瞬間まで、何もする気が起きなかったのでしょう。私が出て行った時と同じ体制のまま、そっと息を引き取っていたのです。
二人分の大きさに調整して作り上げたかまくらを眺めながら、私は大きなタメ息を吐きます。
「……今日は夢見が悪そうです」
これはユミリアでユズと別れて直ぐ後の、冬真っ盛りの時に私が出会った哀れな少女とのお話でした。
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