次の日の朝、私の叫び声で宿屋の朝は始まりました。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?!?」

 私はベットの上で掛け布団に包まりながら、地面を這う白い何かに怯えていました。よく分かりませんが挙動の読めない動きで地面を這って、時々緑色に点滅しています。

「オハヨウゴザイマス、エルシアサン。朝カラ、ヤカマシイデスネ」

「センサーさん、おはようございます。いきなり辛辣ですね……じゃなくて!」私は足元でウネウネ動く何かを指差しながらセンサーさんに問い掛けます。「アレなんですか!?、動きがキモいっ!!」

「アレハ、オ掃除ロボット、デス。自動的ニ汚ヲ感知、掃除シテクレマス」

 ……掃除?。

 よく分かりませんが敵でない事は確かな様です。でもお掃除さん、昨日は居なかったような……。

「エルシアサン、朝食ヲ準備イタシマス。何カゴ要望ハ、アリマスカ?」

「大トロでお願いします。何かオートロックって名前を聞いたら食べたくなっちゃいまして……」

「カシコマリ。デハ、窓カラオ持チシマス」

「ならその間に、私は昨日の服を洗濯しちゃいますかね」

「洗濯ハ、洗濯機デ終ワッテマス」

 ……洗濯機?、このお掃除さんの親戚的な何かでしょうか?。まぁ終わらせてくれたならありがたいです、今の内にもう一度お風呂にでも入っちゃいましょうかね……朝から騒いで汗掻いたし。

 私はセンサーさんにお風呂を沸かす様にお願いをすると、着替えを持ってお風呂に消えていくのでした。


 お風呂上りに牛乳を一気飲みした私は、服を着て窓の外を眺めていました。センサーさんが言うには、後数分で窓から大トロが飛んで来るそうです。私の頭の中のイメージだと、剛速球で窓を突き破りながら大トロが突っ込んで来る未来が予想出来ますが……そうならない事を祈りましょう。

 そんな事を考えてると、下からお掃除さんに似た見た目の何かが飛んで来ました。多分アレが食事を運んで来るドローンとか言う空飛ぶセンサーさんの友達ですね。

 受け取った大トロを手早く食べ終えた私は、早速空白の50年の記録があるとされている施設に受かって出掛けて行きました。

「行ッテラッシャイ、エルシアサン」

「い……行ってきます」何だろう、この親友の様に接して来る距離感の詰め方……少し近過ぎる気がします。

 さて、外に出て彷徨ったまではよかったんですが……例の施設が見当たらないですね。周囲の人に聞いても分からないと言われてしまいますし……。

 ――ウイィィン。

 空をドローンさんが優雅に飛んでいます。何を目的に飛んでるのでしょうか?。そんな事を考えながら見つめていると、不意にドローンさんが降りて来て「何カ、ゴ用デスカ?、エルシアサン」と尋ねて来たのです。急に来たからマジでビックリしました。

「えっと……空白の50年の記録があると言われる施設、知ってますか?」

「ハイ、空白の50年記録センターニ問イ合ワセマス」

「…………」よく分かりませんが、協力的なので黙って見届けます。

 と言うか何それ?。何を問い合わせるのでしょうか?。……謎です。

 暫くすると「問イ合ワセガ、出来マシタ。案内シマス」とドローンさんは一言。そのまま私の視線を維持して導く様にゆっくりと進んで行きました。

 これも旧世界の技術なんですよね……もしかして人類は昔、神だったのでは?――等と変な事を頭の中に過らせつつ、私はドローンさんに着いて行くのでした。


 暫くして到着すると、そこは時計塔のエレベーターの前でした。

「コノ時計塔ノ中ガ、空白の50年管理センター、ニナリマス」

「いや、時計塔じゃないですか」何言ってんですかね?。

「途中ニ隠シ通路ガアリマス、ソコカラ内部ニ入レマスノデ」

「へぇ……」

 内心不安でしたが、私はエレベーターに乗って隠し通路を探しました。登りでは見つけられませんでしたが、下りで本当に隠し通路を発見。ドローンさんの後ろを追い掛けて、暗い道を進んで行きました。そしてまたエレベーターに乗せられました……。

 奥の奥、それでも更に奥、恐らく既に地面より下まで通過したと思われる頃、私たちを乗せたエレベーターは止まり、ドアが横にスライドして開きました。このエレベーターは外の水車で動かすものと違って、吊るした紐で箱に入った私たちを運送してる様でした……動力って何なんでしょうか?。

「ドローンさん、着きましたよ」何故か私の腕の中で抱え込まれる様に休んでいるドローンさんに声を掛けます。

「ココヲ真ッ直グ行ケバ、目的地デス」

 ……どうやら自力で飛ぶ気はない様。まぁ帰り道が不安なので連れて行きますけど、怠けるなよと声を大にして言いたい気持ち。

 で、ドローンさんに言われるまま最奥まで辿り着くと、そこにはメイドさんが居ました。いや意味分からん。

「初めまして、エルシアさん」スカートの端をつまんでお辞儀するメイドさん。

「……貴女は?」

「私、この町を管理する『多目的メイド型アンドロイド』の、イチと申します」

「アンドロイドって?」

「ロボットです。今の人たちに分かり易く言うならば、オーパーツを心臓として組み込まれた人形……でしょうか?」

「…………」オーパーツの心臓を持つ人形がアンドロイド。つまりあの歌姫、シナもアンドロイドだった……?。

 私の疑問は、イチさんが全て答えてくれました。

「エルシアさんは、私の妹の最期を見届けてくれたのですね?」私の小物入れにぶら下がる、シナの心臓だったオーパーツを見ながらイチが聞いてきます。

「シナのお姉さんなんです?」

「厳密には違います。が、使われた部品等から考えれば義姉妹と言えるでしょう」

 アンドロイドにおける部品とは遺伝子みたいなものなのでしょうか?、だとしたら納得も出来なくはないですが。

 まぁ私はその事を知りたくて来た訳ではありませんし、どうでもいいです。シナはシナです。

「あの、空白の50年の記録、見せてもらってもいいですか?」

 私のお願いにイチさんは首を縦に振りました。しかし「構いませんが、場合によっては世界の均衡を崩しかねませんので、他言無用でお願いします」と、念を押されてしまいました。まぁ私にはユズ位しか話す相手が居ないし、そのユズともお別れですから問題ないでしょう。

 私は無言で頷くと、彼女の隣に立って空中に広がる半透明な板を見つめました。

 そして私が見た世界の真実は……あまりにも噓くさく、そして信じたくない歴史でした。そして空白の50年とは、その頃の悲しくて辛い歴史を世界から抹消した際に生じたタイムラグで、私たちが何となくで知ってる空白の50年は、神が世界を新たに上書きした際に零れ出た僅かな断片……そういう事でした。


 全ての発端は、旧世界の第二次世界大戦で、人類が科学的に魔法を作り出した事がキッカケで狂い始めました。この頃は『科学魔法』と呼ばれていたそうです。この力は奇跡の御業とも呼ばれていて、半身が吹き飛んだ人間でさえ数秒で治る様な再生力と、どんな攻撃でも受け付けない絶対の壁を作り出せたそう。

 そして本物の魔女が現れて、人類は魔女と戦争をした……それが魔道大戦。この頃に『科学魔法』は本物の魔法と差別化する為に『術式』と改名したそうです。そしてこの戦争が原因で、世界中に魔物が出現する様になったそうです。原理としては怨念が魔女の放った魔力に憑依し、術式が死体の体で再生を続け、そこに怨念が憑依した魔力がぶつかり、初めて魔物が生まれた。しかもこの際に、妊婦だった死体が魔物になった所為で、奴等には繁殖能力が備わっていて、一瞬で大量繁殖した。それが今の時代まで続いてるそうです。

 因みにこれは旧世界の話。

 この頃に神の子として生まれ、人の為に戦い続けた少年は大人になり、仲間たちと共に資源の枯渇で殺し合いを始めた人間の為に『新世界』を作ったそうです。

 そして新世界でも人類は変われず、第二次世界大戦までは旧世界と同じ末路を辿ってしまった。だけどこの際、世界中の脅威になっていた日本が自滅、連合国家も解体されて世界に一瞬だけ安寧の時が訪れた。……だけど人類は、戦う事を止められなかった。既に狂っていたのです。今度はかつて連合国家の仲間であった他国と核戦争を始め、それを止めようと動いた人たちの願いも虚しく、世界地図から全ての国が消える事になってしまった……。

 その後、生き残った人間たちは再び魔法の力を使い、何とか生活をしていました。国と言う概念は消えて、生き残った人たちは小さなコロニーを作り、そこで生活していました。そんな時です、再び魔物の脅威が人間たちを襲いました。『星屑』と呼ばれた魔女を筆頭にして、何とか魔物を殲滅する事の出来た彼女たちでしたが……残ったコロニーは世界中でも数ヶ所だけでした。その事に嘆き苦しんだ『星屑』は神にお願いし、今私たちが生きる世界を作り上げたそうです。

 因みに世界を作り変えた代償として、『星屑』は50年間の眠りに就く事になってしまったんだと……。そして彼女の理想とした世界が出来上がり、その際に過去の事を探れそうな情報を抹消、記憶も改ざんしたそうです。それでもオーパーツ……術式は数が多すぎて消しきれず、今の時代でも残ってしまった。これが空白の50年の正体でした。


「何と言うか……壮絶な出来事の上に私たちは立ってるんですね」

 イチさんは無言で頷き、悲しげな表情を浮かべてドローンさんを撫でながら言います。

「星屑の選択は間違ってなかったと思います。当時以上に人間は団結しなくてはいけなかったとも理解出来ます。そして、それを体現するには世界の在り方を変えなくてはいけなかった事も、分かります。でも……未来に生きる人の為に彼女は過去の人間を見殺しにした……それで本当に全員が救われたのでしょうか?」

「……切り捨てるなら、無限の可能性がある未来よりも、変える事の出来ない過去を捨てるのは仕方のない事だと思います……納得いかないのも分かりますが」

「貴女たち人間は……人間の真似をする私たちアンドロイドよりも、冷淡なのですね」

「全ての人は救えない。そんな夢物語を現実にしようとした少女は、幼い頃に死にました。だから私なら、例え冷淡や残虐と言われても、多くの人が確実に救われる道を選ぶのです」

「…………………………………………」イチさんは辛そうに黙って聞いています。

「所で、ずっと気になってた事があるんですが」私はイチさんの方に向き直りながら疑問をぶつけます。「どうして私に世界の真実を見せてくれる気になったんです?」

 私の疑問に小さなタメ息を吐いたイチさんは「エルシアさんが旧世界から続く、英雄たちの血筋を引く数少ない方だからです」と答えました。

 対して興味のない理由だった事に、私は「ふぅん」と適当に聞き流し、日記帳に今見聞きした事を全て纏めました。

 そして全て纏め終わって頭が空っぽになった時、私はユズの事を思い出しました。今頃は試験中でしょうか?。

「ドローンさん、騎士学院のユズに付いて何か分かる事ってあったりします?」駄目元で質問を投げかけます。

 するとドローンさんの兄弟が、意外にも彼女の行動をしっかりと見ていたらしく、私に今の状況を知らせてくれました。どうやら最終試験で騎士と摸擬戦をしてるそうです。せっかくですし合否発表の後に出て来るであろうユズを外で待っててあげましょうか。

 私はイチさんにお礼をすると、足早にドローンさんを抱えて空白の50年記録センターを出て行くのでした。

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