町に戻って来た私たちは、各々の戻るべき場所まで戻ってきていました。

 私はぷんすか怒るユズの元で笑いながら謝りつつ、山岳での出来事を話していました。まぁそれなりに楽しかった出来事だと思います。

 それにしても例のオオカミさん……大変貴重なものを見させてもらいました。と言うのもオーパーツが何かと一体化する事は稀だからです。最後に見たのは……初めてエレナさんと会ったあの場所でしょうか。

 本来オーパーツが何かと一体化すると、その融合したものは死滅します。死滅しなかったとしてもオーパーツ側が謎の過剰反応を引き起こして消滅するのが普通です。ですが極稀に死ぬ事も壊れる事もない状態で、文字通りに融合する個体が現れる事も。私の様なオーパーツ好きの馬鹿たちが書いた書物によると、その現象は『義神化』とかなんとか言われているそうです。

 これが義神化と言われる理由については色々と考えがあったそうですが、ザックリ纏めると「神の域に達してると思われるオーパーツを身に宿すとか……それって実質神じゃん!?」みたいな考えから付けられた呼び方らしいです。安直で私は大好きです。

 まぁ詰まる所、オオカミさんは義神化した超珍しい個体って事です。しかも今まで義神化が確認出来たのは基本的に無機物、数回だけ草木との融合を果たしただけで、生物との融合は前代未聞の出来事だったりします。あぁ……興奮してきたっ!。

「エルシアちゃん、鼻血出てるぞー」

 ユズの声にハッとなった私は、紙で鼻血を拭きながらゴホンッ――とワザとらしく咳払いしました。

「ま、まぁつまり、これでマヤの彼氏は救われて、ついでに町に蔓延る不治の病まで治せて、彼女は一躍時の人になる……予定です。私の中では」

「いやそこは自信持って彼女が救世主ですって言ってあげてよ……」

「本人が救世主とかガラじゃないし、何なら私が居なかったらオオカミさんの夕飯になってたとか言って謙遜してるんですよ」

「なるほど、だから時の人になる『予定』なんだ」

「えぇ、そうです」私は病室の開けきった窓から顔を出して、外の景色を眺めながら言います。「ですが時の人になろうが、なるまいが……マヤの幸せは此処で途切れる事はなくなったんです。寧ろ不治の病に効く薬ですから、今まで以上に体調も良くなって本当に結婚出来るかもしれないんです。それは――」

 私は珍しく他人の事で大変気分がいいです。マヤの幸せの手伝いが出来た事、それが凄く嬉しく感じたのです。

 そんな気分のいい私は心の底から笑顔になって、ユズの方に振り返りながら言います。

「それは救世主になるより嬉しい事で、そして何よりも……素敵な事だと思いません?」

 風が病室の中に流れ込んで、私の髪を大きく靡かせます。そして季節外れな白い花弁が舞い込み、私の姿を綺麗に映し出します。

「…………」ユズは魅了される様に固まった後で、嬉しそうな笑みを浮かべながら言いました。「今のエルシアちゃん、凄い綺麗で輝いてるよ」

「失礼な、私は初めから可愛くて美人でどこを歩いても人目に付く絶世の美少女ですよ?」

「自分で言ったら台無しでしょ……」

「ユズの前でしか言いませんよ、こんな恥ずかしい事」

 私が再び窓の外に向き直ろうとした時、ユズは小さな声で呟きました。

「……エルシアちゃんも誰かを助けて、心から笑える様になったね。私は嬉しいよ」

 きっと小声で言ったのは、私がそんな事を聞いたら反論するに決まってると思ったからでしょう。だから聞こえなかったフリをします。聞こえなかったフリをしながら、それでも込み上げる嬉しさに笑顔を崩す事はなかったのです。

「いい風ですねぇ」私は両手を窓の縁に着きながら顔を下げて目を瞑ります。

 前髪を風が優しく撫でました。……こんな清々しい思いも出来るなら、人助けも捨てたものじゃないかもしれないですね。

 こうして幸福感を胸に感じながら、私は退院したユズと共に町を後にしました。珍しくまた来たいと思える様な町でしたし、いつか必ず訪れましょう。そして幸せになるであろうマヤと彼氏、いや……旦那とオオカミさんに会いに来ましょう。


 それから数日が過ぎた頃、町の人全員に出来上がった薬が行き渡って病を全員が脱却、しかも疑似的に不治の病を治す例の花の成分を作り出す事に成功した町自体が評価され、半年たった今ではあの町と万能薬として世に送り出された薬を知らない者は王都内に居ない程に知名度を上げていました。

 私たちが出て行った後、やはりマヤは救世主と呼ばれたのでしょう。この万能薬の名前が『マヤの薬』なのですから。

「しっかし、名前が安直ですねぇ。オマケにパッケージが白くて目が痛いです」

 私は思いでにとマヤの薬を一つだけ商人から買い、当時の事を思い返しながらパッケージを手の上で投げて遊ばせていました。

「……ん?」手の上で投げたパッケージが、ひと際に筆圧が強い面を上にして落ちてきました。

 何か大切な事が書いてある様で、よく見ると他の字よりも大きくしっかり書かれています。私は特に使う予定もなかったのに、その文字を声に出しながら読み上げました。

「えぇっと、なになに……『注意、この薬は不治の病に効く万能薬ですが、効かない事例もありますのでご容赦ください。また、生まれつき体の弱い方や病弱な方には猛毒として働く作用がございます』……まさか」

 私はマヤの彼氏が病弱だった事を思い出しました。

「…………」

 ……彼女は一体どんな気持ちで、この薬が世に出てくのを見送ったのでしょうか?。

 この薬が量産されるまでにどんな事があれ、誰かの命を救える為なら嬉しい?。

 一人でも多くの命を救えるなら本望?。

 いや、違うでしょうね。彼女は本来、看護師を目指してなかった。彼氏の為に全てを捨てて、望んでもいない看護師になった女です。でもあの文面から察するに、彼氏はこの薬が原因で……。

 この薬が量産された頃の彼女の行動を察してしまった私は、日記だけ書き記してから『マヤの薬』を捨てました。

 もう一度あの町に訪れたいと思っていましたが前言撤回です、もう二度と寄る事はないでしょう。

 だってあの町にはもう、私の会いたかった人たちは誰も残っていなのですから。

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