マヤの悲鳴が再び響き渡ります。今度はさっきよりも追い詰められてる様な声に聞こえました。

「マヤ!」調子が良くなってきた私は更に走る速度を上げて進みます。

 そしてマヤの姿を確認した私は、驚愕しました。例の魔物が今にもマヤに襲い掛かろうとしていたのです。

 殺意を撒き散らした私はバタフライナイフを展開して魔物に斬り掛かりました。しかし魔物は軽々と斬撃を回避、岩の柱の上に優雅に着地すると警戒する様に私を見続けています。

 襲ってくる気がないと判断した私はマヤに話し掛けます。

「マヤ!、怪我はないですか?」

「うん、でもエルシアが怪我してる……」

「これは一身上の都合と煩悩めいた変態思考を相殺する為に負ったコラテラルダメージです。気にしないでください。と言うか恥ずかしいんで触れないでください」

「でも……」

「いや、マジで止めて」

「…………」

 そんなふざけた話をしながらも、私はしっかりと敵を分析しました。そして分析した結果、あれは魔物ではないと判断を下して呼びかけに反応するか試してみました。

「いきなり攻撃してすいません。連れが襲われてると勘違いしました」

「ちょっ!、エルシア!?」

 バタフライナイフをスカートのポケットに納め、両手を広げて敵だと思ってた奴に話し掛ける私をマヤは止めてきます。

「まぁまぁ、少し見ててください」

「でも相手は魔物だよ!?、話が通じる訳ないでしょ!」

 あぁ、まずはそこから話さないといけませんか。私は敵さんに少し待つ様に頼み込むと、私の分析結果を説明しました。

「えっと、あれは多分オス……だと思うんで彼と呼称します」

「え?。う、うん……」

「結論から言えば、彼は魔物じゃなくてオオカミです」

 私の結論に驚いて開いた口が塞がらなくなるマヤ。

 そんなマヤを無視して私は説明を続けていきます。

「私が呼びかけた理由はオオカミが賢いからではありません。いやまぁ賢いとは思いますけど、少なくとも普通は人語を理解して言語化できる知能と声帯は持ち合わせていませんが――」私は胸元が内側から淡く光るオオカミに視線を移しながら言います。「オーパーツを体内に取り込んだオオカミは例外だと思ったんです」

「……オーパーツを食べたって事?」驚きながらもマヤは首をかしげて聞いてきました。

 私は頷いて答えます。そして答え合わせをする様にオオカミさんの方に体を向けました。

「……オーパーツって無機物だよね?」

「えっ?、気にする所ってそこですか?」

「……賢いニンゲンだな」オオカミさんは見下ろしながら私に言います。

「それはどうも」

「では賢いニンゲンよ、我が問いたい事……分かるであろう?」

「えぇ、もちろん」

「???」

 意味が分からなくなって頭から煙を噴き出して座り込むマヤ。放置でも問題ないでしょう。

 さて、オオカミさんの質問は想像出来ます。この後で言うと思われる言葉も察する事は容易です。ですが私は引き下がらずにオオカミさんの前に立ち続けました。

 少し不機嫌そうな顔をしたオオカミさんは「どうした、我の言いたい事が分かるのではないのか?、ニンゲン」と、威圧する様に言います。

「えぇ、えぇ、分かってますとも。ですが分かってても引けない理由ってのを持ち合わす愚かな生物が人間なんです」

「…………」オオカミさんは喉を鳴らしながら黙り込んでしまいました。

 イマイチ表情が読み取れませんが、オオカミさんは今、私と話して大丈夫なのかを考えてるんだと思われます。

 知性があるとは言え結局の所、彼はオオカミです。犬畜生です。それ位の警戒心がないと自然界では生きていけません。なので存分に悩む時間をプレゼントします。

 ……因みに犬畜生と言ってますが、それは単に言ってみたかっただけです。本気でそんな事を考えてる訳じゃないです。

「あのー、エルシア?」全身から疑問符を振り撒くマヤが私の手を掴んできました。「取り込み中に悪いんだけどさ、もうちょっとだけ今の状況を説明してもらっていいかな?」

 私は鼻でタメ息を吐くと、広げた五本の指を一本ずつ折りながら丁寧に説明しました。これで分からなかったら面倒なんで後で話す事にします。

「えっと、まず彼の言いたい事なんですが……オオカミに限りませんが自然界の動物ってテリトリーがあるじゃないですか」

「うん。そこに踏み入る者は容赦なく攻撃するんだよね?」

「その前に警告は促すでしょうけど……まぁそんな感じです。そして此処、彼のテリトリーです」

「…………」

 わぁお、驚き過ぎてマヤの水色の髪が白くなって抜けていく。そんなにショックを受ける事でもない気がしますが、まぁ戦えない人からすればオオカミは怖いですよね。仕方ない。

 一本目の指を折った私は、更に二本目を折りながら説明を続けます。

「で、「お前等、俺のテリトリーから出てけー」って遠回しに言われました。それが彼の言いたい事です」

「なら出てった方が――」

「いえ、彼のその申し出は拒否しました」

「何しとんじゃ金髪チビィィ!」

「うわー酷い言われ様ですねー心が折れたんでマヤを置いて帰ろうかなー」

「いやちょっと待ってマジでごめん。謝るから置いてかないで夕飯にはなりたくない」

「冗談ですよ」私は笑いながら言います。

 しかしマヤからは、いや……目がガチだった――と、言われてしまいました。……確かに面白そうだから置いて行きたいと一瞬思いましたけど、本当に一瞬です。

 さて、三本目の指を折りながら更に説明を続けます。

「出そして今、彼は顎を撫でたくなる様な可愛い唸り声を上げながら悩んでます」

「いや可愛くないから、あれ肉食獣だから!」

「人間なんて雑食ですし大した違いはないですよ」

 そして四本目の指を折ります。

「此処からは先の展開の予想になりますが、もし彼が私との交渉に応じてくれた場合、対価は必要でしょうけど安全に目的の品を持ち帰れます」

 最期に五本目の指を折り、真剣な表情でマヤに言います。

「最後に交渉が決裂した場合、どう転んでも彼との殺し合いになります」

「……だろうね」声を震わせたマヤは、私の手をギュッと握りしめながら頷きました。

「だからもし交渉が決裂した場合……後は私に任せて逃げてください」

 まさかそう言われるとは思わなかったのでしょう、マヤは目を丸くして驚きながら反論してきました。まぁ彼女は変な所でユズに似てるし反論されるのは想定内ですけど。

「嫌だよ!エルシアが戦うなら私だって――」

「足手まといです。町から此処まで休まずに来れない程度の体力じゃ話になりません」

「そんな言い方しなくてもいいでしょ!。こっちは心配してるんだから!」

「その心配が足を引っ張って、仲良く一緒に生きたまま内臓を引きずり出されたいって言うのなら好きにすればいいです。その場合は問答無用で見捨てますけど」

「――っ!」

 マヤは手を振り上げて私を叩こうとしてきます。ですが私は彼女の手首を掴み、握り潰す勢いで指に力を込めました。

 顔を歪ませて涙を見せるマヤ。酷な話ですがこれが訓練を積んだ人間と、そうじゃない人間の差なのです。たったこれだけの行動でも、力量は計れてしまうのです。

「……分かってください、私だって心配してるんです。それに貴女は彼の為にも生きて帰らないといけないんです」

 辛い顔をさせながらも手を降ろしたマヤは、小さな声を漏らしながら泣いて頷きました。……やり過ぎちゃいましたかね。

 何でもそうなんですが、私のやり方は大雑把らしく、ちょくちょくユズに怒られています。相手に実力を見せ付けて説得するのが最も手っ取り早いと思い行動してるのですが、どうやらそれが駄目みたいですね。……人の心って難しいです。

「おい、ニンゲン共」悩んでたオオカミさんは、いつの間にか私の足元で体を擦り付けながら話し掛けてきました。「聞くに何かを交渉したいそうだな。そして交渉が決裂する流れで進んでるみたいだが、そうはならないぞ」

「……つまり、交渉成立なの?」

「ウム、そうなるな」

「…………」あれ?、どうして交渉成立してるんです?。

 何故か交渉が成立してるみたいですが、まだ何も提示してない上に対価も話し合ってないんですよね、私たち。……まぁ本人たちが納得してるみたいですし、黙っててもいいかな。

 さて、よく分かりませんが意気投合したマヤとオオカミさんは仲良く話し合っています。マヤ、いつの間にかオオカミさんを膝の上に乗せて岩場に座ってるし、オオカミさんも尻尾振ってるし……さっきの危機的な戦闘ムードと戦う為に上げてた私の高揚感は何処に吐き出せばいいのでしょう……?。

「マヤよ、お前の望みを聞こう」

 あ、今から話し合いなんですね。今まで何話してたんです?。

「実はさ、カクカクシカジカなんだよ」

 いや通じませんよそれ、以前ユズに試したら「頭、大丈夫?」と真顔で聞かれました。

「フム、そうか……万病に効く薬。白い彼岸花の傍に咲く黄緑色の花……か」

 ……え?どうして通じてるんです……?。

「アレはこの辺りでも珍しい花でな、一輪だけしか譲れないが構わぬか?」

 譲っちゃうんです?、等価交換じゃないの?。

「構わないよ、一輪で町の皆を治療出来るだけの薬を作れるし!」

 おぉ、薬を作れるんですか、マヤは優秀ですね。

「先生が!」

 ――イラッ。

「おいぃぃぃぃっ!」

 私の魂の叫びに驚いて転ぶマヤと毛を逆立てる犬畜生。何なんですコレ!、何やってんですコレェ!?。

 今まで黙ってた私が叫び始めた理由をマヤに問われたんで、心の叫びを含めて丁寧に、そりゃあもう何度も理解するまで同じ言葉を繰り返しながら説明してさしあげました。

 そして結局纏まった話は、私たちの要望である万病に効く薬の花を貰い、見返りにオオカミさんはマヤの家で暮らす事で決着しました。どれだけマヤに懐いてるんですかオオカミさん……。普通のお宅にお邪魔したらオオカミがお出迎えとか死を覚悟するレベルの恐怖じゃないですか。彼氏、退院してもマヤの家で心停止しそう……。

 さて、何だかんだありましたが無事に花を回収した私たちは、町に帰っていきましたとさ。

 ……所でオオカミさんが此処を離れたら、誰が珍しい黄緑色の花の乱獲を防ぐのでしょうか?。まぁ私には関係ない事だから、心底どうでもいいのですけれど。

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