次の日の朝、まだ朝日が昇り始めた頃だと言うのに、マヤは私の元までやって来ました。昨日は夜中まで日記を書いていて眠いのですが……。

「おはよう、エルシア」

「こんなに早く来るなら一言言ってくださいよ……まだ眠い」

 私は伸びをして寝間着を脱ぎ捨て、そのまま洗面台で顔を洗って歯磨きをしました。そして朝のルーティンを全てこなして町で買った黒いブラウスとショートスカートを穿いた私は、軽く体を解しながらマヤに問い掛けます。

「何処に行くんです?」

「この町の裏側から行ける山岳だよ。そこに万病に効く薬があるらしいんだ」

「万病に効くって、胡散臭いですね」

 そんな話をしながらも準備を整えた私は、寝起きで頭の回ってないユズに出掛ける旨を伝えると病室から出て行きました。


 さて、早速町から出て山岳を目指し始めた私たちは、景色を楽しんだり休憩を挟みながら少しずつ目的地に近付いていきます。

 しかし周囲には草木の一つもないのですが、こんな場所に本当に万病に効く薬があるのでしょうか?。マヤの性格は単純だし、彼氏を餌に嘘の情報を掴まされただけなんじゃ――と、私は少し不安に思ってしまいました。

「そう言えば、彼氏の病って何なんですか?」私は休憩中に水筒の水を飲みながらマヤに聞きます。

 するとマヤは再び暗い表情を私に見せて、泣きそうな声で答えました。

「……不治の病」

「不治って、それじゃあ治療のしようが……」

 そこまで言って私は気付きました。本当は彼女も治療出来ない事は分かっていたのです。でも直せるのならと縋り付いた希望が、この出まかせの様な万病に効く薬の話だった。

 ……馬鹿にはしません、哀れだとも思いません。私だってユズが不治の病に罹ったら万病に効く薬を取りに行きます……例え嘘の情報だと分かっていたとしても。

「……あるといいですね、万病に効く薬」

「あるよ、絶対に」

 私はマヤに水筒を渡しながら「でも、だったらどうして一人で来ようと思わなかったんです?」と尋ねました。相手の事を想って一刻も早く薬を届けるのなら、私を連れて行かない方が早く薬を見つけられそうな気がします。

 しかしマヤが私を連れてきた理由はしっかりとありました。

「この山岳地帯、町の騎士でも追い払うのが精一杯の魔物が住む場所でもあるの」

「めっちゃ危険じゃないですか!」

「そう、だからこそ始まりの町でワイバーンを倒せたエルシアの力が借りたかったの。初めて会う魔物を倒せる程に強いエルシアが居るなら、私も安心して薬を探すのに没頭出来るからさ」

 なるほど、理に適ったプランだと思います。私は考えて行動出来るマヤを感心しながら見つめていましたが、何故か謝られました。どうやら私を利用した事を怒ってると思った様です。まぁ他人にやられてたら怒って町に帰ってる所ではあると思いますが。

 しかし騎士が殺しきれない魔物ですか……どれだけ強力な魔物なのでしょうか。出来れば会いたくないです、面倒くさい。

 さて、休憩もそこそこに私たちは再び歩き始めました。既に山岳は見え始めています、あと一息です。

 と言うかアレですね、マヤの体力がなさ過ぎな気がします。だってまだ平地を歩いていただけなのに三回も休憩してるんですよ?……ユズの事もあったから無理強いは出来ずに休憩を挟んではいますが。

「そう言えばあの医療施設、妙に患者が多かった様に感じるんですが」

 私はマヤの疲れを紛らわそうと話し掛けます。本当は話した方が体力を使ってしんどくなるのですが、彼女の性格的には話してた方が疲れを忘れられるでしょう。

「あぁ、あれは不治の病に掛かった患者だよ」

「え?、全員ですか?」

 私の問いにマヤは頷きます。そして少し困った様な笑顔を見せると「元々は不治の病じゃなくて、数年に一回起きる流行り病だったんだけどね」と言いました。

「流行り病?」

「そう、その突然変異が不治の病。まぁ不治と言ってもそれが原因で亡くなる事は稀なんだけど……」

「……彼氏は元から体が弱いから、死ぬ原因になりかねない?」

 マヤは無言で頷きました。

 そんな話をしてる内に、私たちは山岳地帯に辿り着きました。此処からは例の魔物に警戒しながら進みましょう。

 私たちはなるべく足音を押さえて万病に効く薬なる物を探し始めました。マヤが言うには、白い彼岸花の傍に咲いている黄緑色の花が目的の品らしいのですが……。

「……マヤ?」

「何も聞かないで、言いたい事は分かってるから……」

「…………」そうは言われても、私は感想を言いたくて仕方ありません。なのでボソッと呟きます。「……花どころか雑草さえ生えてないじゃないですか」

 不意にマヤからチョップが飛んで来ます。だから言うなよ――という事なのでしょう。いや流石に半笑いしながら愚痴りたくなる程に閑散とした岩肌しか見えないんですもん。言いたくもなります。

 まぁそんな事を言ってても例の黄緑色の花は出て来てくれません。大変億劫ではありますが岩場にも上りながらせっせと探して帰るとしましょう。


 それから三時間程探し回りましたが、笑っちゃう位に何も見つかりません。もうこの山岳で探してない場所はない程に、隅々まで探し尽くしました。オマケに例の魔物も居ないときた、完全に無駄足ですね。

 私は諦めてマヤに帰ろうと提案しますが、まだ彼女は諦めきれてない様です。もう少し探すと言い残して見えない場所まで行ってしまいました。

 どうせ何もない山です、お守りも要らないだろうし帰ろうかな――なんて思いながら、私は岩場に腰掛けて休憩しました。

「ふぅ……」

 あまりの蒸し暑さに私は胸元のボタンを三つ外して、新鮮な風を取り込みながら空を見上げました。既に空は物悲しさを感じる夕焼けが広がっていて、鳥たちが気持ち良さそうに数羽でオレンジの中を駆ける姿が映りました。

「きっと彼等も家に帰る所なんですよねぇ……」私はボヤキつつ水筒の水を飲みます。

 特に動く気すら起きなかった私は念のために持って来ていたローブを敷くと、その上に荷物を置いて転がりながらマヤの事を考えました。

 彼女の第一印象はハッキリ言って最悪でした。変な奴がユズに纏わり付いたと思って、話すのは楽しかったけど嫌ってもいました。

 でも触れ合う時間が長くなるに連れて彼女は本当に優しい人間で、それこそ苦しんでる人が居るのなら、その苦痛が和らいで落ち着くまで傍に居てあげる様な事を平然とやってのける天使の様な性格の人だという事を知れました。私は他人に……ましてやそこまでよく知らない人の傍に居てあげる気にはなれません。

「アレですね、医療版の勇者ユズ……みたいな感じですよね。マヤは」

 そんな事を考えながら、私の頭の中では私とユズとマヤの三人で下らない話をしながら笑い合う光景が思い出されていました。

「ふふっ」ちょっと気持ち悪いとは思いつつも、私は思い出し笑いをしました。

 マヤは言葉を選ばずに言うのならば面白い馬鹿です。だからこそ医療施設内の看板娘で皆から好かれるムードメーカーなのです。

 マヤの彼氏は幸せ者だと私は思います。きっと私に恋人が出来ても、あんなに精を出して看病はしないと思いますし。……まぁ病人に言うセリフではないですね。

 そんな事を思っていると、私の脳裏にフッと変な考えが浮かび、無意識のまま口に出してしまいました。

「……私も男だったら、マヤを好きになってたんでしょうか?。いや、マヤの前にユズの事を好きになってたかもしれませんね。――っ!?」

 自分の言ってる事が恥ずかしくなった私は、岩に頭をぶつけて恥ずかしさを紛らわしました。岩は粉砕されてしまいましたが、おかげ様で私の頭部から羞恥心と血が抜けていくのを感じます。

 一瞬フラッとした私は、持ってきた荷物で応急処置を施して冷静さを取り戻します。大丈夫です、まだ重症じゃない。

「はぁ……マヤ、早く帰って来ないかなぁ……」私は足をバタつかせながら暇を弄んでいました。

 そんな時です、山岳の奥の方から女性特有の甲高い悲鳴が聞こえてきました。この状況です、あれはマヤの悲鳴でしょう。

「……マヤ?、崖から落ちそうにでもなったんでしょうか?」

 私は荷物を纏めると、なるべく急ぎ足で声のした方を目指して行きました。

 落ち着いてる様に見えるかもしれませんが、それは単純に頭がフラフラして力が出ないだけです。普通に心配だと思っていますし、全力で駆けて行きたい気持ちでもあります。

「あーもう、私って本当に馬鹿!」頭を抱えた私は、転びそうになりながら軽快に尖った岩場を飛び越えながら最短ルートを進んで行くのでした。

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