9節 医療街の救世主
1
大雨の降る中、私は震えるユズを抱きかかえながら走っていました。
「ユズ、もうすぐ町です」私は荒い息を上げるユズに呼び掛けますが、返答はありません。
最近までずっと晴れてたのに、昨日あたりから雨が降っています。ユズはそれが原因で体調を崩していました。
最初は軽い鼻風邪かと思い気にも留めていませんでしたが、今日の朝目が覚めるとユズは高熱に項垂れていたのです。
さて、そんな感じで町に着き、私は速攻でユズを医療施設に放り込みました。
今は病気がブームの町なのか、ユズの診療までに時間が掛かり、私が苛立ってきた頃に同い年位の女の子がユズを診始めました。
診察の結果、ユズは普通に風邪でした。ですが最近は険しい道も超えて来たと言う事もあって彼女の体はボロボロ、暫く入院する事になってしまったのです。……私は訓練もあって平気ですがユズは一般人、無理をさせてた事に気付けなかった自分を殴り飛ばしてやりたいです。
程なくして病室に移されたユズは寝込んだまま辛そうにしています。心配だった私は彼女の介護をして付き添う事にしました。まぁ他にやる事もないんですけど。
「失礼しまーす」元気な声でユズを診察してくれた女の子が病室に入ってきました。
因みにユズは個室です。お金は掛かりますが集団部屋よりストレスは少ないと思い、こっちを選びました。
女の子は私の隣に立つと、名刺を差し出してきます。
「初めまして、マヤです」
「……エルシアです。こっちで寝てるのはユズ」
私は少し困惑しながら名刺を受け取り、首をかしげました。別に名刺が変って訳ではないです、看護師が名刺を渡してくる事自体が変だと思ってるのです。
マヤさんは私の隣に断りもなく座ると「ユズさん、早く良くなるといいですねー」と言って、何故か持ってきたカゴに入ってる果物をおもむろに食べ始めます。それって普通はお見舞い用の品なんじゃ……。まぁ構いませんが。
「あの……何しに来たんです?」私はリンゴの皮むきに苦戦するマヤさんにバタフライナイフを貸しながら聞きます。
すると彼女は思い出した様に「私、ユズさんの看護を担当する事になりました!」と、立ち上がって私にお辞儀をしてきます……リンゴをかじりながら。
個人に付きっきりの看護って珍しいですね。まぁユズの場合は私が付きっきりで居るつもりなので必要なさそうな気はしますけど、頼もしさは感じます。
とは言えマヤさんも居る事ですし、消耗品の買い足しでもしてきましょう。私は席を立つと彼女に「ちょっと買い物に行ってきます」と一言告げて病室を後にしました。
バタバタしてて町並みをゆっくり見る事は出来ていませんでしたが、改めて見ると何て言うか……医療街なのかなって感じがします。
床に使われた石材は白、建ち並ぶ家も白、当然の様に屋根も白……日光の反射でもう既に目が痛いです。せめてもの救いは普通の室内と町の中央に建つ赤い十字架でしょうか。
「さて、さっさと買い物を済ませますかね」背景と同化した私は黒いワンピースも買い物メモに付け足しながら歩き始めました。
私の予想通り、と言うか露骨な町並み通り、治療関係の消耗品は安値であっさりと買い集められました。黒いワンピースがなかったのでブラウスとショートスカートになりますが、目の保養になりそうな色の衣類も購入出来たので満足してユズの元に帰ります。
ガラガラ――と滑りのいいドアがスライドして開きます。するとそこには、病人であるユズの傍で何故かラブリーな歌を熱唱するマヤさんが。
「……何してるんです?」私は呆れながら聞きます。
「あ、お帰りなさい!」
椅子の上から飛び降りたマヤさんは、何故かワクワクした表情で私の元に駆け寄ってきます。いやいや病室で走ったら駄目でしょう……と言うか椅子の上に立ってたら危ないでしょう。何なんですかこの子は、本当に看護師ですか?。
で、何をワクワクしてるのかと思ったら、急にのろけ話をしてきました。行動のテンポが無茶苦茶で着いていけません。
「あー、今からシャワーを浴びるんで後でいいですか?」話を聞くのが面倒になった私は、適当な事を言って話を中断しようと試みました。
私は濡れた服を脱いでタオルを持つと、室内に備え付けられたシャワールームに入ります。
「それならシャワーを浴びながら私の話を聞いてくれますか?」
「…………」はぁ?、マジですか。
私の試みは失敗。結局シャワー中ずっと喋り続けたマヤさんは、胃もたれする程のベッタベタで濃い彼氏との話を私に聞かせるのでした……。のろけを私に聞かせてどう反応しろと?。
それからもマヤさんは歌ったり彼氏との出会いから初めてのキスまで語り、私に恋愛経験がないのをいい事に謎のマウントを取ったり、いい加減にウザくて喧嘩したりしました。
そしてその日の夜、仕事終わりでマヤさんは帰っていき、やっと静寂が戻りました。……体調が悪いとは言え騒音の中で寝てられるユズは凄いと思います。
「……何か、すっごい疲れました」
これからもユズが退院するまで彼女ののろけ話を聞くと思うと気が重いです。……ですが何故でしょう、彼女からはユズの様な面白さを感じている自分も居ます。率直に言って話すのは楽しかったのです……のろけ話は楽しくなかったけど。
そんな出会いから数日が経ち、ユズの体調が回復し始めた頃、私は彼女とも仲良くなっていました。
彼女、本当は看護師を目指してなかったそうですが、彼氏が病弱だから自分の夢を捨てて今に至るそうです。だから彼氏は自分の命よりも大切だと語り、いずれは結婚する事も考えているそうです。健気ですね。
「エ・ル・シ・アー!」
「マヤ、まだ仕事中ですよね?、抱き着かないでください暑苦しい」
数日で仲良くなった私たちは、いつの間にか呼び捨てで名前を呼び合う様になっていました。私も他人行儀じゃなくて普通に文句も言うし、私がのろけ話を嫌うのを知ってマヤも時々しか話さなくなりました。なので関係は良好です。
「今日はもう直ぐ診察が終わるから、そうしたらユズさんの所に行くね」
「彼氏の所にお見舞いに行っても構わないんですよ?」
「さっき顔は合わせて来たよ……かなり眠そうだった」
「そうですか。……そう言えば彼氏の病気って――」
私が聞こうとした時、医者のオジサンがマヤを呼ぶ声が聞こえました。まぁこの話は後でいいでしょう。
彼女と挨拶を交わして病室に戻った私は、ベットの上で私の日記を読みながらあくびをするユズの隣に座りました。
ユズの体調は既に良さそうですが、念には念をと言われてあと数日入院する事が決まっています。私としては早く旅を再開したいし、ユズも大人しく出来る性格ではないですし困ったものです。
「ユズ?、何をふてくされてるんですか?」私はユズの頬を突きながら聞きます。
「最近さ、エルシアちゃんが構ってくれなくて楽しくない」
「子供ですか貴女は……」私はもっとユズの頬を突きました。可愛いヤツめ。
そのままお互いに突き合ってじゃれていると、マヤが病室に入ってきました。
「病室でユリユリしないの!」
彼女はそう言うと、ユズに差し入れのカゴを持ってきました。美味しそうな果物が沢山入ってます……幾つか取り除いたような跡はありますが。
私は視線をマヤに移しジト目で睨みます。それに対して彼女は口元を拭きながらウインクして見せました。まったくもう……。
さて、その後は三人で他愛ない話をしながら笑い合っていると、いつの間にか夕飯の時間になっていました。
今日のマヤはこの時間で仕事終わりらしく、帰る前に私に相談したい事があると言ってきたので、ユズの食事の邪魔にならない様に配慮して二人で病室から出て話しました。
「で?、相談って何ですか?」私は壁にもたれ掛かりながらマヤに問い掛けます。
するとマヤは暗い顔を一瞬だけ見せると、その後は普段の様な明るさで「彼氏の病を治す薬を発見したんだ。だから明日、一緒に取りに行ってほしいの」と頼まれました。
まぁマヤの頼みですし、私も暇ですし構わないでしょう。私はその場で頷いて見せます。
明日は休みらしい彼女は、荷物を準備したら私の元を訪れる旨を言い残して、お礼を言いながら帰っていきました。
「……結局、彼氏の病気って何なんでしょうか?」
私は一人で首をかしげながら走り去るマヤを見送るのでした。
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