4
「それでは、わたくしたちは行きますわね」師匠……お母さまが私の頭を撫でながら少し悲しそうに言います。
私はお母さまの手を握って自分の頬を擦りつけながら「はい、お気を付けて」と返しました。
他の面々も懐かしく感じる人ばかりでしたが、あえて家族水入らずの時間を邪魔する事なく、ジッと見守っててくれました。
「お母さま、ユズを助けてくださったんですよね?。感謝します」
「…………………………………………」
「いえ、わたくしたちが到着する前には、大体ユズが麻薬園を焼き払ってくれてましたのよ」
「そうだったんですね。ユズには感謝してもしきれない程の恩を作ってしまいました」
「…………大丈夫だよ、エルシアちゃん。私も何度助けられたか分からないし」
「ふふっ、それじゃお相子ですね」
「…………うん」
……何かユズの様子がおかしい気がしますね。後で聞いてみましょう。
とりあえずお母さまや仲間たちとの別れを済ませて歩き始めた私たちは、近くの町に寄って宿を取りました。
まだ朝ですが、今日位はのんびりしても構わないでしょう。……少しユズのメンタルケアも必要な様に思えますし。
宿の寝室で荷物を降ろしてお財布を持った私は、うつむいたままベットに座るユズの隣に腰掛けました。
「ユズ?」
「…………何?」
私はあえて何も聞かずにユズを抱きしめました。
ユズが何に悩んでるのか、何を苦しんでるのかが分からない以上、私に出来る事は彼女に寄り添う事だけだったのです。
「……離して」ユズは私を押し戻そうとします。
それでも私はユズを離す事なく、もっと力強く抱き寄せました。
「離してって!」
「嫌です」
「何でさ!」涙ぐんだ声のユズが私の胸を叩きます。
「大好きなユズが苦しんでるんです。それを放って置ける訳がないじゃないですか」
私の言葉を聞いた後、遂にユズは声を押さえて泣きだしてしまいました。
私はあえて何も聞かずに、彼女の頭を撫でながら強く抱きしめます。
「私の中で、皆が呼び掛けて来るの!。瞬きをする度に、皆の怒りに満ちた表情が見えるの!!」
ユズは何かに「ごめんなさい!」と謝罪しながら、嗚咽を漏らして泣き続けます。
ユズが何に苦しんでるのか、それを察した私は何も言わずにユズの小刻みに震える体をただ力強く抱きしめます。
ユズが私の服を掴んで、崩れ落ちながら声を出して泣き始めました。
かつて私も自分がした事を改めて認識した時には、同じ様に苦しんで泣きました。
苦しいです。辛いです。悲しいです。……それは痛い程によく分かってます。
でも掛ける言葉なんてないのです。理由はどうであれ、自分がした事の罪にどう向き合うのか……それを悟って受け入れるしか立ち直れる道はないのです。
例えそれが、大切な人を助ける為に行った行為だとしても……。
その事を分かってる私でしたが、それでもユズに手を差し伸べずにはいられません。
「大丈夫、大丈夫……」私は泣き崩れるユズと同じ高さに座り直すと、彼女の体を再び抱き寄せて言いました。
そんな事を言われても助けにならない事は分かってます、それでも何か声を掛けずにはいられなかったのです。
「落ち着くまで、存分に泣いてください。私はいつまでも絶対に貴女を離したりしませんから」
気が付くと、私の声も涙ぐんでいました。
その後もユズは、ずっと泣き続けました。
外が夕焼けに染まっても、月が夜空を照らしても。ずっと泣き続けました。
そして次の日が昇り始めた頃、ユズは疲れきって眠ってしまいました。
そんなユズを私は撫で続けます。
「ごめんなさい、ユズ……。貴女に辛い思いをさせたかった訳じゃないんです……」
眠るユズの頬に私の涙が止めどなく零れ落ちます。
私は眠るユズに抱き着きながら、何度も謝り続けました。
〇
その出来事から数ヶ月が経った頃、ユズはいつもの様に、はしゃぎながら大きな町のレストランでステーキを頬張っていました。
「はぁ……」私はユズの怒涛の雑談連撃に参って、紅茶を飲みながら窓越しにレストランの外を眺めていました。
レンガ造りの町は綺麗ですね、何だか落ち着きます。
と言うかユズ、食べ過ぎです。お金がないです。金欠です。また昔の様にマッチョを売らないといけなくなります。
……いや、あんな物が他の町でウケる訳ない。とすると、拾い物を何か売り付けるか賭博かになるのですが……どっちもユズに反対されそうな気がします。
「ねぇ、エルシアちゃん聞いてる?」
「すいません。何も聞いてませんでした」
「おうふ!」口の中に入ってたカリフラワーを噴き出しながら驚くユズ。きたない。
「まぁそんなどうでもいい話よりも――」
「どうでもいいの!?、酷くない!?」
「……はいはい、後で聞きますよ」
「あーそれ聞かないパティーンのやつだわ」
「何ですかパティーンって……」
私は小さくタメ息を吐きながら赤いハードカバーの日記帳を取り出して、ユズに手渡しました。
「えっと……何?」ユズは日記帳を眺めながら首をかしげています。
「ユズも何か書いてくださいよ」
「……私じゃ物語になりそうな日記は書けないよ?」
私はそんなユズに微笑みながら言います。
「構いません。ユズと共に旅した記録を、思い出を残しておきたいのです」
ユズは困った顔をしながら日記を自分の懐に置くと「一日は掛かるよ?」と言って、ステーキを頬張りだしました。
「分かりました。その日記帳、忘れて帰らないでくださいよ?」
「あーい」
私は美味しそうにステーキを頬張るユズを眺めながら、笑みを浮かべます。
どの出来事を語るにしても、彼女が綴る日記の内容が楽しみでなりませんでした。
でもせっかくなら、私の知らない間に起こった時の出来事を書いてくれると嬉しいなぁ――なんて思いながら。
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