3
麻薬園を焼き払う為には火が必要だった、でも松明の周りには最低一人の見張りが付いている。
出来るだけ大事にしたくなかった私は、見張りが一人しか居ない場所を狙って背後から強襲を掛けた。
「動かないで」声を押さえながら、村人の口に手を当てて喉元にナイフを突き付ける私。
「このナイフに付いてる血、見える?」
村人は小刻みに頷いた。
「騒いだらどうなるか……分かるよね?」
もう一度、今度は何度も頷く。
私はナイフを突き付けたまま松明を回収しようとする、しかしその瞬間に生まれる隙を見計らって、村人は肺に大きく息を吸い込んで叫ぼうとした。
「が――っ!」
村人が叫ぼうとした瞬間、私はナイフで首を深々と斬り裂いた。
噴き出る血が焚火に照らされた麻薬を赤く塗らしていく。
そして噴水の様に周囲に血を撒き散らした村人は、膝立ちのまま息絶えた。
「ごめんなさい」私は謝りながら松明の比を周囲の草に燃え移らせた。
乾燥しかけてた草は一気に燃え広がり、あっという間に私の周囲の麻薬畑は全焼した。
もう隠れる必要はない、と言うか火を持ってる以上隠れられない。私は正面から向かいの畑に突進して、捕まえようとする村人を蹴散らしながら麻薬園に火をくべた。
そして全体の7割程を燃やす事に成功した私は、早急に離脱してエルシアちゃんの元に向かう事だけを考えて走り始めた。
だけど村の出口には木の盾や槍を持って、逃がす気を感じられない村人が徒党を組んでいる状態。
しかも気が付くと、私は既に村人から囲まれている。
私は中央の焚火付近に徐々に徐々に追い込まれていった。
そして中央の焚火だと思ってた場所、よくよく見ると大量の人間を焼却してる火葬みたいな事をやっていた場所だった事に気付く。
「これ……何してるの!?」思わず声を荒げる私、だけど返答する気のある村人は居ない。
不気味に笑いながら、じりじりと詰め寄って来る村人。
このまま此処に居たら、私もこの焚火で燃やされちゃう――村人の雰囲気からそう悟った私は、後ろに引く事はしないでナイフを振り回しながら前に出た。
しかし木の盾に阻まれて思う様に攻撃が通らない。
「くそっ!」私は槍を躱しながら足元にボウガンで矢を放つ。
しかし命中してるのにも関わらず、彼等は怯まない。
そして遂に追い詰められた私は、地面に押し倒されてしまった。
肩を押さえる手に噛み付くけど、怯む様子はなし。ナイフで首を切っても、死ぬ直前まで私を押さえる手は緩まない。
この時、私の服に手を掛けた村人たちが「新鮮な肉」と呟いてる声が聞こえて寒気がした。
生きたまま食われる――その最悪な結末を想像した私は、必死にもがいて抵抗する。だけど私を抑え込む力は尋常じゃなく強い。
もう駄目かも――と内心諦めかけた私の脳裏には、麻薬に苦しむエルシアちゃんの姿が見えた気がした。
苦しむエルシアちゃんを置いたまま……私は絶対に死ねない!。
「この……どいてっ!」
私はナイフで村人の目を斬り裂きながら、身を捩ったり体当たりしたり蹴り上げたりしながら、その場を脱出した。
麻薬の影響か痛みは鈍ってるみたいだけど、視界を潰されるとやはり怖いらしい。下手に殺そうとするより目を斬る方が効果的だと感じた。
改めて自由になった私は、色々な事に対して怒りを感じずにはいられなかった。
その殆どは私の感じた恐怖やエルシアちゃんの負わされた苦しみに関してだけど、一貫して怒っていたのは『麻薬という存在』についてだった。
この村人も言ってしまえば麻薬に狂わされた哀れな被害者だと思える、そう思うと私が憎むべき相手は村人じゃなくて麻薬なのかもしれない。
とは言っても彼等に非がない訳じゃない。だからこそ私は……襲い来る彼等の命を奪う事に抵抗する事はなくなった。
いや……本当はまだ殺す事に抵抗はある。でも手加減してる余裕がない、変に手を抜いたら私が捕まっちゃう。
「ごめんね……皆。私を恨んでくれて構わないから!」
私は覚悟を決めて胸の前で祈る様に手を組むと、彼等の首元に狙いを定めてナイフを振りながら突き進んだ。
その時だった、不意に私の体が宙に浮いたと思うと、何者かにデコピンされた。
「いったぁぁ!?」
「こらこらこら!、あまり暴れると落としてしまいますわよ?」
「いやだって、めっちゃ痛いんだけど!?。デコピンの破壊力ヤバいんだけど!?!?」
「だから暴れないでくださ――あ」
急に私の体は地面に吸い込まれる、そして顔面から落ちた。
私は鼻を擦りながら横方向に回転して距離を取ると、私を掴んだ者の正体を確認した。
そこに居たのは、馬に乗った対斬撃様に改造された黒い服を身に付けた女性だった。
他にも周囲には彼女の手下と思われる人が数人。村人を端から蹂躙していた。
村人の蹂躙を止めようとする私に気付いた女性は、再び私を軽々と片手で持ち上げる。
「離して!、彼等を殺さないで!」私は叫びながら女性の手首をナイフで斬ろうとする。
しかしナイフが当たるより前に、私の体は宙を舞ってから地面に叩き付けられた。
「麻薬に犯された者は、何があっても生かしておく訳にはいきませんの」
「何でさ!、麻薬さえ消せば彼等だって普通の生活に戻れるでしょ!」
「それは難しい話ですわ。だからこそ麻薬な訳ですし」
話してる間にも次々と村人は殺されていき、気が付くと私たちの事を取り囲む様にしながら、彼女の部下が細出の剣を構えていた。
この殺気は私に向けられているものだという事は直感で理解出来た、だからこそ私も構えを解かずにナイフとボウガンを強く握りしめた。
「さて」女性は剣を鞘に納めて私の前に立つと、姿勢を私の視線に合わせる様に屈みながら話し掛けて来た。「私は裏騎士の隊長、フィーランジェ・ナスハと申しますわ」
「……ユズです」構えを解かずに私は自己紹介をする。
「そう、ユズと言うのですね」
私は無言で頷きながら考える。
本当に彼等は裏騎士なのか。その割に装備がしっかりしてないのは何故なのか。と言うか、どうしてこのタイミングで裏騎士は村に介入して来たのか。その全てが分からなかった。
「どうして村を焼いたのですか?」
「…………………………………………」
「子供でもこれは大虐殺です。騎士として貴女を見過ごす事は出来ませんわ」
「…………………………………………」
彼女たちが何なのか、私には分からない。だけど彼女が裏騎士の隊長なら、私の言葉が理解出来るかもしれない。もし理解出来ないなら、彼女たちは裏騎士を名乗る偽物だ。
そう自分の中で結論を出した私は、ゆっくりと口を開いた。
「私は、エルシアちゃんに頼まれて麻薬園を焼きに来た」
「――っ!?」目を見開いて固まるフィーランジェさん。
周囲に居る彼女の部下も動揺したのを感じる。
「娘に頼まれた……それは本当ですの?」
「これが証拠だよ」私は構えを解いてから、首から下げてたエルシアちゃんのペンダントを皆に見える様に掲げる。
「中に書いてある字を確認しても?」
「文字?」私はペンダントの宝石を覗き込んだ。確かに小さく文字が書かれている。
エルシア・ナスハ 裏騎士・副騎士長――そう書かれてる様に見えるけど、実際は字が掠れてて上手く読み取れない。
私はペンダントから手を放す事なく、フィーランジェさんにペンダントに書かれた文字を確認してもらった。
「…………確かに娘の物で間違いありませんわ」
「…………」
「所でエルシアは今何処に?」
彼女は本物の裏騎士。その確信を得た私は、事の始まりから今に至るまでの事を全て話した。
そして全ての話を聞いて納得してくれたフィーランジェさんは、私の事を抱きしめながら褒めてくれた。
「貴女の言葉、信じますわ。一人で辛かったでしょう……」
フィーランジェさんからエルシアちゃんと同じ匂いを感じて、本当に親子だという事を再認識した私は、思わず彼女を抱き返しそうになった。
「所でユズ、貴女は何処の出身ですの?」
私は溢れ出した涙を拭いながら「バムル」と答えた。
その瞬間、まるで時が止まってしまったか゚の様に、その場に居る全員が固まる。表情もかなり強張ってる気がした。
「エルシアは……」フィーランジェさんは声を震わせながら聞いてくる。「娘は、貴女の出身地を聞いていないのですか?」
「え?、うん。エルシアちゃんとは昔話も全然しないから」
「…………そう」
よく分からないけど、とりあえず助かった私は「エルシアちゃんを治療する!」と言い残して、一足先に村から立ち去るのだった。
そしてエルシアちゃんの元に辿り着いて、早速オーパーツをエルシアちゃんに近付けた私は、未だに虚ろな目をして私に呼び掛け続けていた彼女の手を握った。
暫く経った頃、上手くオーパーツが動いていたらしく、エルシアちゃんはいつも通りの表情を取り戻して、うたた寝する私に声を掛けて来た。
「ユズ、起きてください」
「…………」
「ユズ、今寝ちゃうと風邪引きますよ」
「……エルシア、ちゃん?」
私の事を膝枕してくれていたエルシアちゃんは、頭を撫でながら涙目で私の事を見つめていた。
遠くからは複数の馬の足音が聞こえる。裏騎士たちが村を完全に焼き払った事を確認し終えて撤退する所なのかもしれない。
「本当にありがとうございました、ユズ」
エルシアちゃんの膝枕から起き上がった私は、燃える村を眺めながら立ち上がった。
「…………………………………………」
「ユズ?」
「エルシアちゃん、無事で良かった……」
「えぇ……ユズのおかげです。本当にありがとう」
「……ううん、気にしないで」
私は涙ぐんだ声でエルシアちゃんにそう言うと、裏騎士の馬が近付いて来るのを二人で並びながら眺めるのだった。
……そしてエルシアちゃんを助ける為に村で何をしたか、私が口にする事はなかったのだった。
貴女を救う為に初めて人を殺しました――とは、絶対に言わない。きっとエルシアちゃんを深く傷付けてしまう。
私は耐え切れない罪悪感を胸に、一生掛けても許される事のない苦しみを、一人で背負う決断をするのだった……。
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