「エルシアちゃん、まだ意識はある?」私は虚ろな目で空を見つめたまま、ヨダレを垂らして項垂れるエルシアちゃんに呼び掛けてみた。

 だけどエルシアちゃんの予想通り、既に彼女は返事をする余裕もないみたいだった。

 意識を失ってる訳ではないらしくて、時折体を震わせながら私に呼び掛けて来る。

 動けない事を察した私はエルシアちゃんの手足の拘束を解いて、近場の木に寄り掛からせた。

「エルシアちゃん……」私はエルシアちゃんの手を掴んで声を掛けた。

 それに反応する様に、彼女は私の手を弱々しく握り返して来る。

 その冷たくなった震える手を両手で包む様にした私は「今から麻薬を燃やしに行くから、少しだけ待ってて」と耳元で囁いた。

 未だにエルシアちゃんは虚ろな目で一点を見つめてる。だけどその表情は、少し笑っている……様な気がした。

 最後に私はエルシアちゃんを優しく抱きしめて、彼女が後ろ腰に着けているナイフを拝借すると、再び村に向かって走って行くのだった。


 村に着いた私は、草木に紛れ込みながら色々な手順を考えていた。

 私はエルシアちゃんみたいに要領がいい訳じゃない。事前にやる事を明確化させてないと動けないタイプの、いわば単細胞だ。……でもだからって、私の事をイノシシって呼ぶのは酷いと思うの。エルシアちゃん……。

「あぁ違う違う、そうじゃなくって!」私は頭を振って周囲を注意深く見渡した。

 どうやら殆どの村人は中央の焚火みたいな何かに集まってる様だった。

 まず私の成すべき事を纏めよう。1つはエルシアちゃんの要望通りに麻薬園を燃やす事。1つはエルシアちゃんが村に着く前に話してた、麻薬を治療する事が出来るオーパーツを探す事。そしてその過程でなるべく人を傷付けない様に注意する事。これが私の主な行動内容になる。

 麻薬園を燃やすなら、まずは火が居る。幸いな事に村のあちこちに松明が立ってるし、火の問題は大丈夫だと思う。

 そして麻薬が燃えれば村人はパニックになる、その間にオーパーツを探す。ついでに置いてきた荷物も回収したい所。

 そして村人を傷付けない様に……それはあくまで私がそうしたくないだけ。いざとなったらエルシアちゃんから借りてきたこのナイフで……。

「……よしっ」深呼吸をして覚悟を決めた私は、早速行動を始めるのだった。

 しかし思ったよりも火の元や麻薬園付近の警戒が頑丈で手が出せそうにない、何か他の案を考えた方がいいかも……。

 私は早速予定変更で、最初に私たちの荷物の回収に向かった。幸い村長宅は無人で、侵入は容易だった。

 私たちの居た客室に置き去りにされていた荷物を回収する事に成功した私は、内心でガッツポーズを取った。多分一人で何かをして成し遂げられた事は初めての様な気がする。

「さて、次はオーパーツを探そうかな」

 私が荷物のチェックを終えて立ち上がろうとした時、不意に歩いてくる足音がドアの向こうから聞こえて来た。

 反射的にソファーの下に隠れた私、完全に失敗した事を今になって悟った。

 まだこの部屋付近に来るまでは時間があった、ならば早急に脱出すれば八合わずに済んだ。

「やっぱり一人で動くの、私には難しいよ、エルシアちゃん……」

 何甘えた事言ってんです?、始めた事位は自力でやって見せてくださいよ。――エルシアちゃんの声が聞こえる気がして居たたまれなくなる私。

 改めてエルシアちゃんの普段の動きが効率的かを思い知らされた私は、仕方なくジッとソファーの下で待機した。

 ガチャ――と音を立てて客室のドアが開く。私の居る位置からだと一人だけ入って来たように見える。誰だろう……?。

「あの女共の荷物は何処だ?」

 雰囲気の変わった村長の声が聞こえる。どうやら私たちの荷物を探しに来たみたいで、部屋のあちこちを物をどかしながら探し始めた。

 このままだと見つかるのも時間の問題……どうする、どうする!?。

 ナイフを握りしめて頭をフル回転させていた私だけど、遂にソファーが動いて、村長に見つかってしまった。

「――っ!?」

「お、おい!、どうしてお前が――」

 ――ドスッ。

 荷物を置いて立ち上がった私は、村長に突進をした。

「がっ……がぁぁっ……!」

 口からゴポゴポと血と唾液が混じった液体を泡立てなが吐き出して、目を見開く村長。

 私の手からはドロッとした赤い液体が滴り、地面にぽたりと垂れた。

 今騒がれる訳にはいかなかった私は、反射的に村長の首にナイフを突き刺してしまったのだった。

 自分の行動に驚きを隠せなかった私はナイフを手放して後ずさりし、何かに躓いて尻餅を着いてしまった。

 自分の手がビックリする程に震えてる事に気付く。目の前で首から血を流し、過呼吸になりながらも逃げようとする村長に恐怖で足も震えだす。

「あ……あぁ……」

 私は手の震えを抑え込む様に、胸の前で両手を抱きしめた。それでも震えが止まる事はない。

 そして暫くすると、どさりと村長は倒れて動かなくなってしまった。

 私は四つん這いで村長に近付いて首元に震える手を当てた。

 既に脈はなかった。村長は死んでしまったのだ……。

「殺した……私が……」血に濡れた両手を眺めながら私は呟く。「だって……こんなにあっさり死ぬなんて……」

 人を刺すのは初めてだった。未だに刺した時に感じた、硬い繊維を無理矢理切り解す様な感覚が手から離れない。

「私……人を殺しちゃった……初めて……」

 呼吸が荒くなって吐き気を感じた私は、我慢出来ずにその場で吐いてしまった。

「ゲホッ、ゲホッ――オエッ!」

 暫く吐き続けて落ち着いた私は、村長に刺さりっぱなしになっていたナイフを抜いた。

 ブシュッ――と血が噴き出る。その光景から目を逸らした私はカーテンで血を拭い取ってから、改めてオーパーツの捜索を始めるのだった。

 まず考えられるのは、村長の自室か倉庫だった。だけどどっちも何処にあるか知らない。

 とは言え此処は村長宅。全ての部屋を総当たりで探せば村長の自室は見つかるだろう。

 私は足音を忍ばせると、各部屋を探して回るのだった。


 数ヶ所の部屋を見て回った私は、やっと村長の自室を見つけた。

 それまでに立ち寄った部屋で、私は新たに二人の男女を殺してしまった。

 物音のしない部屋に入ったら、二人は裸で絡み合ってた。反射的に私の方を見た男性が、窓を開けて助けを呼ぼうとした、だから首を斬り裂いて叫べなくした。

 驚いだ女性が発狂しながら走り去ろうとした、私は女性に飛び乗って、正面から心臓にナイフを突き刺して殺した。

 ある程度大人になった女性は心臓を狙いやすい。胸の間にナイフを通せば、そこが心臓なのだから。

「――っ!?」思い出して気持ち悪くなった私は、再び吐き出してしまった。

 そして吐き気が収まった後、私は村長の自室を改めて物色するのだった。

「これかな?」私は不思議な輝きを放つ何かを開けっぱなしの金庫から発見した。

 私は元々、物の構造とか見てもなーんにも分からない。だって興味ないし。

 でもこの不思議な輝きを放つ何かが普通じゃない事は一目で分かった。

 何と言うか……神秘的な何かに感じる。

 一応もう少しだけ村長の自室を探し回ったけど、やっぱりそれらしい物は見つからなかった。多分この不思議な何かがオーパーツなんだろう。

「よし、後は麻薬園を出来るだけ焼き払って、急いでエルシアちゃんの元に帰ろう」

 私は今以上に辛くなる乱闘を予想しながら、深く息を吸い込んで覚悟を決めるのだった。

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