8節 人を狂わす幸せの葉
1
とても険しい獣道の中、私とユズは馬車の荷台で揺られながら他愛ない話をしていました。
どうして私たちが馬車に乗ってるかと言うと、盗賊に襲われてた馬車の持ち主を助けたからです。もちろん率先して助けに向かったのはユズですが。
で、命の恩人であるお二人にささやかながらお礼をさせてください!――と、少し前にも聞いた事がある様な台詞を言われ、現在に至ると言う訳です。
まぁ折角馬車に乗ったんだし景色でも楽しもうかと思った矢先、進行方向は木々の生い茂る獣道に進んで行ってしまい、今はお尻の痛みと戦いながらユズとの会話を楽しんでいます。
「あのさ、騎士と裏騎士って何が違うの?」
話題が途切れた所で、ユズが素朴な疑問をぶつけてきました。
確かに騎士と裏騎士の違い、そして仕事内容を知らない人は多いと思います。と言うか裏騎士の存在は公にされていない筈なのですが、今ではその存在を知らない人は居ないって言う。……今更ですが王都の情報規制能力が心配になってきました。
「名前に『裏』が付く通り、基本的には公に出来ない事をしています」
「例えば?」
「法律の穴を掻い潜る無罪放免な外道を暗殺したりとか、敵対国に偽の情報を掴ませるとかです。まぁ私が裏騎士で活動してた頃は、もっぱら麻薬の密売人を暗殺したり、麻薬園を焼き払ったりが主でしたけど」
「他には?」
「他と言われても……基本的に騎士も裏騎士も国王の命令で動いてるだけですから、その都度で任務内容は変わるんですよ。正規の殺し屋って認識でいいんじゃないですかね、裏騎士は」
「なるほどねー」
そんな話をしていると馬車は薄暗い獣道を抜けて、眩し過ぎる程の輝きを放つ夕焼けの前に飛び出して行きました。
しかし今日も一日晴れてましたね。季節的に少し肌寒いですが。
村が遠目に見えてきましたが、今通ってる道の脇には大量の緑が広がり、そこで何か作業する人の姿に気付きました。此処も村の一部で、あれは何かの畑みたいな栽培上でしょうか?。
「でさ、話が途切れちゃったけど」ユズは周囲の手を振る作業者に手を振り返しながら聞いてきます。「麻薬って危険なのは分かってるけどさ、何か解毒方法はないの?」
「そんなの聞いてどうするんです?。言っておきますがユズが麻薬に手を出そうとしたら、貴女の両腕を斬り落としますからね。ついでに裏騎士である私も連れが麻薬に手を出したとなれば、切腹しないといけなくなってしまいます」
私はユズの手の上に自分の手を重ねながら言いました。
そんな物に手は出さないって分かってますし信頼もしてます、ですがユズの場合は誰かの頼みなら喜んで毒見しそうな気がしてならなかったのです。
「裏騎士って怖いね、エルシアちゃんみたいな可愛い子にも腹を切る事を要求するんだ」
……時々思うのですが、ユズはしょっちゅう私を可愛いと言います。そして可愛いと言われて嬉しくない女の子はそうそういません、無論私だって嬉しいです。
いやまぁ確かに可愛いかもしれませんよ?、と言うかそれなりに可愛い自覚はありますし、何なら可愛く振る舞ってる事もあります。ですがそう何度も言われると私だって恥ずかしくなってしまいます。
そして話の本筋からずれた私は思考をシフトして、ユズの問いに答えます。
「子供だろうと組織は組織ですから、大失態は即、腹切りか打ち首です」私は体をユズの方に向き直し、両手を掴みながら問います。「で、絶対に麻薬には手を出さないでくださいね?」
ユズは不服そうに唇を尖らせてそっぽを向きながら言いました。
「私、そんなにダメ人間に見える?」
「いえ、寧ろ誰かの為に頼まれたら麻薬を使ってしまいそうなイメージが……」
「……流石に平気だよー、そこまで私も馬鹿じゃない」
「そう、なら安心です」
さて、そんな話をしてると村に辿り着きました。
かなり活気付いて賑わってますし家畜も豊富、大きな肉にがっついてる人が多々確認出来ます。うん、いい村です。……見張りの騎士が居ない事は気になりますが。
そして案内された豪邸で、私たちは寛ぎながら助けた人……村長の感謝を浴び続けていました。
時間が丁度よく夕食頃だった事もあり、村長の提案で私たちは晩ご飯をご馳走してもらう事になりました。
とは言え私たちは急な客人です、少し食事の準備に時間が掛かると言う事らしいので、その間お風呂に入る事を提案されました。
そして頭と顔と体を洗って湯船に鼻位の位置まで浸かった私は、歳が一つしか違わないのに羨ましい体を持つユズを半目で眺めながらブクブクと泡を吐き出していました。
「それにしてもさー、この村の人って何か変だよねー」ユズは頭を洗いながら言います。
「いきなり失礼ですね。ユズのそういう所、私は大好きです」
「だってさ、皆妙にハイテンションじゃなかった?。後、そういう所は好きにならないでほしいかなー」
「……確かに」
言われてみれば、村人全員が祭事でもないのに怪我すら気にせず半裸で踊り狂って騒いでいました。そういう文化の村なのかと気にも留めませんでしたが、よくよく思い返せば気味の悪い事この上なかったです。
「後さー、エルシアちゃん」
「はい?」
「胸ばっかり見るの……止めて?」
「……はい」
そんなこんなでお湯を満喫した私たちは、バスローブに着替えた後に客室で腰に手を当てて牛乳を一気飲みし、火照った体をすっかり日が暮れた夜風に当てて涼んでいました。
そして暫く談笑していた私たちの部屋に、恐らくは使用人と思われる人がノックしながら入ってきました。
「お食事の準備が整いました。食堂にお越しくださいませ」
「あ、分かりました。着替えてから行きますね」
私がそう言うと、使用人は深くお辞儀をして部屋を去って行きました。
「…………」しかし不気味な使用人でした。
目が虚ろで視点が定まってなく、少しヨダレを垂らしながら半笑い……ちょっと料理の方も食べるのが怖く感じてしまいます。
まぁ流石に村長宅な訳ですし、料理は問題ないでしょう――と自分に言い聞かせた私は、早速ワンピースに着替えて薄手の上着を羽織ってから、ユズと共に食堂に向かって行きました。
食堂に着くと、そこは私のイメージしてた場所とは大きく違って、村長を中心とした村人数名がパーティーの如く騒ぎながら食事をつまんでいました。
「おぅ……」ユズは半歩下がりながら食堂の光景に驚いていました。まぁ私も驚いて……いや、気味悪がっているのですが。
食堂の端では騒ぎ過ぎて吐いているお兄さん、そのお兄さんを介護しようとしてもらいゲロするお姉さん。何か色々と垂らしながら騒ぎ散らし、その色々と垂らした物が手に付いた状態でおもむろに食事を鷲掴みにするオジサン。他にも色々と目がイッちゃってる方々が多数……得も言わぬヤバ味を感じてしまいます。
「私……今まで混沌とした食卓っ言われてもイメージがわきませんでしたけど……」
「まさしくコレの事だよね。混沌とした食卓……」
目の前の混沌に控えめに言ってドン引きしてた私たちは、コッソリと村長宅を出ようかと話し合っていました。
そんな時です。妙にテンションが高い村長が私たちの前に現れ、私たちを特別席に招待しやがりました。
そして私たちが特別席に着くと、今までの騒ぎは嘘の様に静まり返り、そして。
「皆々様!、既にお話した通り、彼女たちが私を救ってくれた恩人の方々です!」
村長がそう言うと、謎の盛り上がりを見せる村人たち。
うん、怖い。とっても怖い。
何を言ってるのか理解出来ない人もチラホラ居ますが、殆どの人たちは私たちに感謝の言葉を述べている様でした。普段だったら悪い気はしませんが、今は只々怖いです。
さて、暫く感謝の嵐を受け止めていた私たちですが、遂に私たち専用の食事なる物が運ばれてきました。
料理人が料理に被せてある蓋を開けます。すると中からは暖かそうな湯気と不思議なハーブの匂いを漂わせた肉が……ヨダレが出てきそうです。
「ささ!、召し上がってください!。この料理は村の大切なお客人が来た時に振る舞う伝統的な肉料理でして、我々も普段は食べれない程に贅沢な一品となっています!」
村長の力説を横目に、私はハーブの匂いを嗅ぎます。
「あれ?、このハーブの匂い……知ってる気がしますね」
「うん、私も嗅いだことがある気がするー」
私はハーブが乗った肉を一口食べました。
「……?」あれ?、この肉……妙に酸っぱくないですか?。
しかもハーブを飲み込んだ直後から……頭がボーッとしてきました。
次第に吐き気が込み上げて来て、視界が歪み始めます。ですがそれでいて気分はいい、この症状って……まさか。
嫌な予感がした私は、肉を食べようとするユズを止めてから「この肉料理……何が入ってるんですか?」と、テーブルに伏しながら聞きました。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、料理人は自慢げに頭のおかしい事を話してきます。
「この料理は、村が盗賊に攻め入られてる時に作られた肉料理です。材料は盗賊の連れていた犬やオオカミ、そして盗賊」
「…………………………………………」
「それらの肉をこねくり回し、形状を整えてから直火焼きにしています。そして香りを良くする為に、この様なハーブを使用しています」
そう言って料理人が見せて来たのは、細かくなってて分かり難いですが、間違いなく麻薬でした。
つまりこの料理は……ほぼ人肉で麻薬を混ぜた違法料理って事になります。
耳が詰まったかの様に音が遠退いていきます、視界もグチャグチャでまともに認識が出来ません。
「ユズ……」私は辛うじて動く手でユズの腕を引き、彼女の耳元で囁く様に言いました。「今から私が言う事、多分突拍子もないと思います。それでも信じてくれますか?」
「よく分からないけど、エルシアちゃんの言う事は間違いな訳ないから信じるよ」
彼女がそう言うのを聞いた私は「荷物は捨てて構いません、今すぐ村から逃げてください」と言いました。
「エルシアちゃんは?」
「私はもう……体が動きません。もうじき意識もなくなると思います」
私の言葉で危機を直感したユズは、私を抱き上げると走って村長宅を出て行きました。
既に幻聴が聞こえて幻覚も見え始めた私は、気が付くとユズの首元に噛み付いていました。ですが相手がユズだと認識出来ても、何かが怖くて噛み付くのを止める事が出来ません。
今まで私が殺して来た人たちや、ユズと共に旅を始めてから死ぬのを見た人たちが私を罵倒します。
「違う、私だって殺したくて殺した訳じゃない。見捨てたかった訳じゃない!」
私はユズを引っ掻きながら暴れます。しかしそれでも彼女は私を強く抱きしめ、絶対に手を放す事はありませんでした。
そして暫く経った頃、ユズに罵倒される幻覚や幻聴を見聞きした私は……遂にナイフでユズの肩を刺してしました。
「エルシアちゃん!、村を出たよ!」ユズは少し声を歪ませながら私に呼び掛けます。
ユズの呼び掛けてすこし冷静さを取り戻した私は、驚く程に震える手で彼女の頬を撫でながら村で何が起きたのかを話し始めます。
「まずは……ごめんなさい。とりあえず私を縛ってもらえますか……もっと暴れるかもしれないので」
「分かった……所で何があったの?、あの料理ってヤバい物だったの?」
ユズは私の手足を蔦等で縛り上げながら聞いてきます。
「えぇ……あれは麻薬入りの人肉ステーキでした」
「――っ!?」
「アレを食べてしまった私は……恐らく今以上に幻覚や幻聴が酷くなって……この先ユズの言葉にも反応出来なくなるでしょう……だから縛ってもらったんです」
私は視線だけユズに逸らして、最後に頼み事をしました。
「ユズ……私の首に掛けてあるペンダントを取ってください」
「うん、これの事?」ユズは私が今まで大事にしてきたペンダントを首から外して見せてきます。
私は頷きながら「それは……裏騎士の隊員の証になるペンダントです」と呟く様に言いました。
「裏騎士の代行証にもなります……」
「代行証か……。私は、何をすればいい?」
「麻薬を……出来る限り燃やして……ください」
そこまで言った私は、遂に意識の糸が途切れてしまうのでした。
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