任務が始まってどの位の時間が経ったでしょうか。私は排気口の中で身を潜めながら目標を監視し続けていました。

 そう言えば離脱方法を考えていませんでしたが、運がいい事に足元にも排気口が見えます。あそこを通れば逃げれるでしょう。

 そんな事を考えてる時でした、遠くで大きな爆発音が聞こえました。

「な、何だ!?」目標が身構えて周囲を見渡しながら重装騎士に言います。「お前たち!、俺の護衛はいいから爆発を確認して来い!」

 敬礼をした重装騎士たちは、その重そうな鎧を着たままゆっくりと爆発があった場所に向かって進んで行きました。

「…………」

 今がチャンスだと思った私は、心を落ち着かせて冷静になり、排気口から飛び降りながら目標の心臓を背中側から突き刺しました。

 叫ばれても厄介だったので、予備として持っていたナイフで喉を引き裂き、絶命するまで剣で心臓を抉り続けます。

 手には生温かい血と、死の迫った人間が発する嫌な雰囲気を感じます。きっとコレが命の重みなんでしょう。

「……死にました?」私は死体の喉をナイフで突きながら聞きます。

 反応なし、心拍数なし、呼吸なし。完全に死んだと断定した私は、急いでその場を離脱しました。


 その後、全員が無事に離脱出来た事で任務は完了になるんですが、最後にもう1つだけ大きな問題が残っていました。……私の事です。

 まず、私の単独行動の所為で作戦自体が駄目になる所でした。

 そして一般人が無意味に殺しをする事は、当然ながら犯罪。最悪の場合は死刑です。

 裏騎士の作戦を駄目に仕掛けた上に最悪の場合は死刑の重罪人……私は自分の末路を覚悟しました。

「お前たち、1つ提案があるのですが」師匠が跪く私の前に立って言います。「エルシアを裏騎士の隊員として迎え入れるのはいかがかしら?」

 師匠の提案に誰も答える事はありません。

 ですが全員、まるで師匠がそう言うのを分かってたかの様に笑い出したのです。

「お、おい!。わたくしは真剣に話しているのですよ!」

「分かってますって、隊長。」「俺だってエルシア嬢を殺したくないですよ」「女の子の仲間なんて久しぶりです」

 ……何かよく分かりませんが、どうやら私は無罪放免で許されたみたいです。

「さて、エルシア」師匠が真剣な表情で私に問い掛けます。

「今から貴女は裏騎士の副騎士長をしてもらいます……構いませんね?」

「私が副騎士長で問題ないんですか?」

 皆は笑顔で答えてくれます。どうやらいいそうです。

「気付いてないかもしれませんが、貴女の実力は計り知れない程に高いのですよ。……副騎士長に任命してもよろしいかしら?」

「…………………………………………」私は深呼吸をすると、差し出された師匠の手を掴みました。

「喜んで引き受けます!」


 その後、裏騎士の隊員の一人として色々な作戦に身を投じてきた私は、10歳の誕生日に行われた作戦を最後に、暫くの休暇を貰う事になっていました。

 しかしこの作戦……とても腑に落ちない作戦でした。

 まず、騎士の一人が持って帰って来た、何処からのリークなのかが不明の情報を基に、私たちは麻薬農園を焼き払う任務を請け負っていました。

 聞いた情報によると、王都国内ギリギリの場所にあるバムルという村で、大々的に麻薬の取引が国外と行われているというのです。

 半ば怪しい情報でしたが、いざ向かってみると本当に麻薬の取引が行われていました。

 そこで初めてリークされた情報が真実であると断定した私たちは、改めてその日の夜に作戦会議をしました。

 麻薬を売り捌いてるのはバムル村内部ですが、麻薬園は村の外れの広場にありました。

「悪いが、村の制圧は俺に任せてくれないか?」隊員の一人がそう言います。「恐らく村人も麻薬に携わっているだろうが、戦闘力はない筈だ。俺一人でも十分過ぎるだろ」

「貴方、この村付近の出身ですわよね?」師匠が不意に尋ねます。

 その問いに隊員は無言で頷き、その目には覚悟の様な意思を感じ取れました。

「……いいでしょう。村の制圧は貴方一人に任せます、決してしくじらないでくださいまし」

「了解。感謝します……隊長」

 よく分からないやり取りの後に、私と師匠で内部制圧、その他の隊員で周囲の制圧をする事で作戦は纏まりました。

 そして作戦を開始した私たちでしたが、師匠の指示で私は麻薬農場の主犯格を殺す為に麻薬園を駆け回っていました。

 周囲では師匠の手によって麻薬が燃え始め、火災を知らせる鐘が鳴り響いています。

 私は通り掛かりで出会う連中を片っ端から斬り殺し、遂に主犯格の元まで辿り着きました。

「待っていたよ……裏騎士」曲刀を持った茶髪の男性が悲しそうな声で言いました。

「そうですか、お待たせしました」私は剣を向けながら言います。「では、死んでください」

 しかし分かりましたと死ぬ人間には今まで会った事がありません。無論、彼も手に持つ曲刀で抵抗してきました。

「頼む、見逃してくれ。麻薬は全て焼き払って構わない」

「無理ですね。一度うま味を占めた人間は、遅かれ早かれ同じ事を繰り返します」

「……娘と同い年位の女の子を殺したくない」

「その辺は心配ご無用です。私、凄い強いんで」

「なら仕方ないな……」

 彼が指笛を拭くと、ゾロゾロと人が集まってきました。恐らくは麻薬関係者でしょう。

「そう言えば、今頃村も焼かれてますが、身内の事よりも麻薬の方が大事なんですか?」私は少し呆れながら聞きます。

 しかし彼等に態度の変化は見られません。覚悟……いや、自暴自棄でしょうか。何だか色々と諦めてる表情をしてる様に見えます。

「やれやれ……仕方ないですね」

 首を振る私に向かって、二十人程の男性が一斉に斬り掛かって来ます。

 私は表情を人殺しのものに変えると、重い剣を振り上げました。

 ――ザシュッ。


 全てが終わって返り血塗れになった私は、ギリギリ息のあった主犯格にトドメを刺してから師匠が離脱して来るのを麻薬農場の入り口で待ちながら考えに更けていました。

 私が憧れた勇者は、この世界には存在しない。……これは裏騎士になって私が気付いた事です。

 多分、勇者に最も近い行動をしてるのは裏騎士です。どんな困難も立ち向かって、誰かの為に人知れず戦う戦士。いつだって誰かが幸せになれる様に身を粉にして戦う英雄。

 ですが、勇者から最も遠い存在も裏騎士でした。慈悲もなく敵を殺す、見方によってはただの殺人集団です。

 そもそも武力を行使してる時点で誰も傷付かない訳がない、であれば私の理想としてた勇者は成り立たない。

 一般的な勇者にすらなれないのなら、母を助ける勇者にもなれない。

 まぁだからこそ、勇者は架空の存在で語り継がれる伝説なのかもしれませんけど……理想と現実の差が酷くて辛いです。

「エルシア、お待たせしましたわ」

「お疲れ様です、師匠」

 こうして私たちは、バムル村を焼き払い、任務を終えて帰還するのでした。



 その後、裏騎士の長期休暇を取った私は、自宅で日課の訓練をこなし、家事洗濯を中途半端に残して怒られたり、そもそも掃除当番の母が何もしないのが問題だと怒り返して喧嘩したりしました。

 私の人生は、今がとても充実していました。

 因みにですが母が色々と話し合った結果、祖父母との関係も良好になり絶縁は取り消しになりました。


 私が11歳になったある日、私は母から買ってもらったバタフライナイフをカチャカチャして遊んでいました。

「エルシアー、今日の夕飯は何でしょう?」 

「えっ?。作ってないですよ?」

「……何故かしら?」

「面倒だったからです」

「…………」

「と言うか、何で使用人にやらせないんです?。彼等、庭の手入れしかやる事がないって嘆いてましたよ?」

「安心なさい!。その為に出稼ぎに行ってもらっていますわ」

「それ……ウチの使用人じゃなくて良くないですか?。そう遠くない内に辞めちゃいますよ?」

「…………」

「そもそも、今日の食事当番はお母さまじゃないですか。作ってないんですか?」

「…………」

 青ざめる母に見かねた私は深いタメ息を吐いて立ち上がると、バタフライナイフをドレスのポケットにしまってからテーブルに歩いて行きました。

「まぁ何も作ってないのは冗談です。お母さま、料理当番の事を結構忘れますしね」

「……最近ね、思いますのよ」

「何です?」

「娘が冷たい上に、言い方に棘が出て来ましたわーって……」

「大体お母さまの所為です。九割九分お母さまの所為です」

「ほぼ全部じゃありませんの……」

「反省してください。じゃないと今日の夕飯は抜きにしますよ」

 私は長テーブルに並べられた食器に被せてある蓋を取って言いました。

 今日は肉料理です。しかも母の好きな味付けの照り焼き風です。

 母はお腹の虫を鳴らしながら「……背に腹は代えられませんわね。反省しますわ」と言うと、そそくさと席に着きました。

 私は母のグラスにワインを注ぐと、隣の席に座って紅茶を飲みました。

「エルシア。しっかりと食べ物には感謝の意を示さないと駄目ですわよ!」

「はいはい騎士流ですよね。ですがその前に私に感謝してほしい所です」

「うっ……」

 私は笑いながら「冗談です」と言うと、騎士流の食べ物に対する感謝の姿勢を取ってから食事に手を付け始めました。

 いつまでも、こんな生活が続けばいいと思っていました。

 母と他愛ない話をしながら時々喧嘩をして、それでも結局は一緒に笑い合える――そんな生活を望んでいました。

 ですが母は裏騎士の隊長、私と違って任務がないから休暇してるだけの存在です。

 そして私が12歳になった頃でした。母は任務の為、私を家に残して出て行ったきり帰らなくなるのでした。

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