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私はある騎士の任務先でカプセルの中に浮いていたのを救出したもらった、出生不明の子でした。
何かの実験の被検体なのか、私が居た場所には既に息絶えた私に似た女の子が沢山居たと聞かされています。
そして唯一の生き残りである私は、その騎士の娘として引き取られたのでした。
意識が覚醒した私が最初に覚えているのは、騎士の……母の泣きそうで、それでいて安堵した表情でした。
物心付いた時から、私は祖父母に嫌われていました。理由は分かりません。
ですが母だけは、いつも私に優しく接していてくれました。
私は母が大好きでした。いや……多分、大好きでした。
と言うのも私は、本来の人間が眠り続けられる時間を遥かに超えて寝ていた為、感情面に多少なりの不具合を持っていたそうです。それが原因で、私は感情があまりない子供でした。
ある日、私を祖父母に預けて母は仕事で家を留守にします。
祖父母は何と言うか……とても娘を心配する親でありながら、孫娘の私にはキツく当たる人たちでした。
祖父母の家は綺麗で、使用人を何百人も雇う程の貴族です。
ピカピカのタイルや美しい赤いカーペットが入り口に敷かれ、不思議な形の石像が客人をもてなしてくれる作りです。
エントランスは広く、その割には何もない場所でしたが、私は此処がお気に入りでした。
他には左側から食事場や裏庭、地下や応接間に繋がるチョコみたいなデザインのドアが重々しく佇んでいます。
二階は使用人の部屋や娯楽施設が並んでいます。毎日通うお客さんが居る程には充実した娯楽施設だったのでしょう。
そして私の部屋は、その娯楽施設の隣にある物置きでした。
寝る事以外が出来ないスペースだったので、私はエントランスで遊んでいたという訳です。
私が祖父母に預けられて数日経った頃の事、今日もエントランスでお客さんに挨拶をしながら、私は隅で大人しく座っていました。
しかし退屈を感じた私は、祖父が居る食事場に向かいました。
「おじいちゃん、遊んで」個人的にやっていた勉強に飽きた私は、祖父に遊び相手になってもらうと声を掛けます。
――バシィィン。
乾いた音と共に私の頬は痛みを感じて、熱くなりました。
急に受けた衝撃で頭を打って転んだ私は、いきなり張り手をしてきた祖父を見ました。
祖父はまるで、弱い化け物の子を見るかの様な目で私を見下します。
「……?」頭から流れて来た熱いものを手に取った私は、それが血だと気付きました。
頬も頭も痛いです。ですが私には恐怖や怒りの概念がありませんでした。
だからこそ私は、声色を変えずに「どうして叩くの?。わたし、悪い事した?」と聞いて首をかしげます。
その姿があまりに異様だったのでしょう、祖父は恐怖の眼差しを私に向けながら何処かに歩き去って行ってしまいました。
まぁそれも仕方ない事でしょう。子供が甘える事も泣く事もしないで、淡々と見える世界を眺め続けるだけの、まるで人形の様な子だったのですから。
「…………」
やはり祖父の行動が理解出来なかった私は、この日は大人しく物置きに帰って頭の治療をするのでした。
それからも私は事ある毎に祖父母に暴力を振るわれ、遂には腹を空かせた番犬の檻に私を閉じ込めて見世物にされました。
それでも私は表情を変えません。
「おじいちゃん。コレ、つまんない」私は体中を血で染めながら、それでも表情を変えずに祖父に訴えました。「ねぇ、だして」
私の姿を見た祖父母とお客さんは、その異様さに固唾を呑んで固まっていました。
そんな時です。裏庭のドアを蹴り開けると「貴様等!、私の娘に何をしている!」と怒鳴り込んで、剣を抜いた母が野次馬や祖父母に切先を向けました。
「おかあさん、だして。コレたのしくない」
そう言う私の姿を見た母は驚いた……と言うよりは殺意めいた衝動に駆られながら「貴様等全員!……この場で斬り殺す!」と怒鳴り、手始めに私の腕に噛み付いていた犬の首を檻ごと斬り飛ばしました。
その殺気に腰を抜かした祖父母含むお客さんは、へたり込んでしまうのでした。
その後、親との縁を切って数人の使用人を連れながら私の家に帰って来た母は「ごめんなさい!、辛い思いをさせてしまいましたわ!」と、泣きながら私に謝罪をしてきたのです。
この時に私は初めて目頭が熱くなったのと同時に「悲しい」や「怖い」、「寂しい」と言った感情を感じて母に泣き付くのでした。
その後、徐々に感情を取り戻していった私は、貴族としての立ち振る舞いを母に教え込まされました。
他にも料理や洗濯、勉学、言葉遣い等、あらゆる場所のあらゆる局面でも動じる事なく振る舞えるスキルを徹底的に叩き込まれました。
この時の私は、僅か6歳の頃でした。
さて、もう教える事はないかと思いきや、今度は私に戦闘訓練をさせてきました。
しかも騎士よりも厳しい環境に身を置く裏騎士の訓練です。
最初は耐える事が出来ずに意識を失ってしまったり、体調を崩して寝込んだりしていました。
しかし私が8歳になった頃には、訓練された大の大人でも辛い裏騎士の訓練をこなせる様になっていました。
母はいつも言います。「エルシア、別に貴女が嫌いで辛い訓練をさせてるのではありません。わたくしが任務で家を空けてる間に、貴女が自分の身を自分で守れるだけの力を付けてほしいと思い、訓練をさせているのです」と。
もしも辛いなら、もうやりたくないなら、今日にでも訓練を中止しても構わない。別の方法で貴女を守れる状況を作り出します――とも。
確かに辛いです。骨は折れるし血は吐くし、怪我をしないで体中に包帯が巻かれてない日なんてなかった位です。
でも、私は母が自分の為を想って何かをしてくれてるのが嬉しかったんです。
だからこそ私は、途中で訓練を投げ出す様な真似はせずに、最後までやり遂げていました。
そしてある日、私は決断しました。本で読んだ凄い人、皆を救える勇者になって母を……師匠を守れる存在になりたいと。その為にはもっともっと強くならないと駄目だと。
「お母さま、わたし……お母さまの勇者になる!」私は困った顔で私の事を見つめる母に胸を張りながら言いました。「勇者になって、お母さまの大変なお仕事の数を減らしてあげる!」
この時の私は、勇者は悪と戦って人々を助ける凄い人。皆を幸せに出来る人――そう思って、私の中にある理想像を押し付けていました。
お母さまは尚も困った顔のまま私の頭を撫でながら「お仕事を取られては、お金が稼げなくて困ってしまいますわ。なので程々でお願いいたしますわね」と言いました。
その日から私は、夜な夜な寝る間も惜しんで自主訓練に没頭しました。
そんなある日の事です。自主訓練をしていると、何やら他国の騎士の様か格好の人たちが家の周りをウロチョロしてる事に気付きました。
これはただ事じゃないと思った私は色々なパターンを考えた末に、単独で他国の騎士たちを尾行しました。
まず母に連絡しようにも既に玄関は監視されてます、そこに突っ込めば自分たちの存在に気付かれたと踏んで殺されるか、そうじゃなくても取り逃がして更に厄介な状況になってしまいます。
もちろん裏口もそうです。と言うか入り口全般を押さえるのは基本中の基本なんで、そこを疎かにはしないでしょう。
「…………」私は胸の前に手を当てて深呼吸をすると、気配を殺して尾行を始めるのでした。
尾行をして暫く経った頃、私は大きな疑問に直面しました。
足音もそうですが、草木をかき分ける音や喋り声がとにかく目立っていたのです。まるで知識だけ持って訓練しなかった騎士かの様に。
そしてこれだけの騒音、いくら母が睡眠中とはいえ気付かない訳がない。なのに母は出てくる気配すらありません。
彼等や母に困惑しながらも尾行を続けた私は、近所の子供を盾にして母を殺す計画の元、彼等が動いていた事を知ります。
それは人道からも外れた許しがたい事でした。
彼等の手元には、縄で腕を拘束されて口を縫い付けられた、近所に住む女の子が泣きながら連れられてるのが確認出来ます。
「…………………………………………」
子供を人質にする彼等の行動が、どうしても私は許容出来ずに飛び出してしまいました。
背後から私の一閃で不意を突かれた彼等の陣形は、一瞬の内にバラバラに崩れ去りました。
動揺を隠しきれない彼等を、私は訓練の時と同じ要領で片っ端から斬り裂いていきます。
そして気が付くと、私は裏騎士の隊員たち拘束されていました。
「……?」状況が呑み込めない私は、私を直接押さえ付けてる人に尋ねました。「どうして私を押さえ付けるの?」
しかし私の問いに答える事はなく「エルシア嬢……何て事をしてくれたんだ」と、表情には出ていませんが怒ってるのが分かる程に苛立った口調で言ってきました。
意味が分からず首をかしげる私でしたが、裏門付近から装備を整えて出て来た母が、私の犯したミスを教えてくれました。
どうやら彼等は王都国民で、装備は他国から来ているスパイによって支給された物だったそうです。
そして今の裏騎士の任務は他国のスパイを消す事。その為には警戒させずに泳がせる必要があったとの事でした。
「ごめんなさい、エルシア。貴女には説明しておくべきでしたわね……」
母は私の頭を撫でて拘束を解かせます。
そして不確定情報ではあってもスパイの居場所に見当を付けていた母たちは、夜中である事が好機として、このままスパイを消しに行くのでした。
状況が状況の為、私も皆に着いて行く事になり、母の乗る馬の前に座らされていました。
スパイの居ると思われる場所に辿り着いた私たちは、コッソリと忍び込んで目標の所在を探しました。
そして見張りを尋問して聞けたのは、重装騎士に囲まれた小さな部屋に立て籠もっているという事でした。
裏騎士の装備は、基本的に大した事ありません。隠密や暗殺等の汚れ仕事をする部隊だからです、故に重い武器は仕事上合わなかったんです。
ですが今回はそれが裏目に出てしまい、どうしても目標を仕留める前に重装騎士に返り討ちにされるのが目に見えていました。
「さて、どうしたものかしらね……」母は仲間たちと共に尋問した相手が持っていたアジトの地図を眺めながら唸っていました。
仲間たちも妙案が浮かばないのか、だんまりを決め込んでいます。
そんな時でした、私はある事に気付いたのです。
「あの、私だったら目標を仕留められませんか?」
私の言葉に、人員が驚いた表情を向けます。
「エルシア、説明なさい」いつもより厳しめの口調で母が言います。
私は頷くと「この小さな正方形の部屋に目標が居る、そして部屋は重装騎士が見張ってて近付けない……まずはこの認識であってるかどうかを確認させて?」と聞きました。
「それで間違いないが……作戦はどうすんだ?、お嬢」
「この部屋、上部に大きめの排気口が繋がってますよね。鎧を着てない、小さな子供が入れる位の排気口が」
「なるほど、そこからエルシアが潜り込んで、目標を排除する……そういう事かしら?」
「うん、お母さま。だけど乗り込む前に合図が欲しいかな。だから何かしらを爆発させて。それを突入合図にするから」
それ以外に案が浮かばなかった皆は、この作戦を決行する事にしました。
そして皆と別行動を取る私に対して、母は最後に「人を殺す重み……絶対に忘れてはいけませんわよ」と言い残し、去って行くのでした。
「…………」私は母の言葉を胸に、今一度深呼吸します。
「……よし」
これから私の初めての任務が、始まろうとしていました。
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