7節 幼き日の彼女

 とある夕暮れ時な町の端の端、そこにヒッソリと佇む寂れた古本屋の中に、私たちは居ました。

 立ち読みする私たちに対して、店主のお婆さんが怒りの表情を見せ隠れさせながら見つめてきています。

 ですが言って来ないのなら気にする必要もないでしょう。

「あの、ユズ」私は恋愛ものの童話を読みながらユズに話し掛けました。「貴女、キスってした事ありますか?」

「……ほぇ?」

 ユズは読んでいた漫画を地面に落とし、顔をリンゴの様に真っ赤にさせながら固まってしまいました。

 定期的にユズは小動物の様に固まる癖があるのですが、今回は一段とフリーズ時間が長いです。

 そしてやっと動き始めたユズは「あ、ある訳ないでしょ!」と、赤い顔を両手で覆い隠しながら言ってきます。うん、可愛い。

「奇遇ですね、私もないです」

「と言うかさ……急に変な事を聞いてどうしたの?」

 私はユズに読んでいた童話のワンシーンを見せながら答えました。

「どうやら好きな人にはキスをするらしいです」

「……うん」

「で、好きな人であれば性別は関係なくキスをする事もあるそうです」

「……王都は同性婚を認めてないよ?」

「いやいや、結婚しなくてもキスしてるじゃないですか」

「ま、まぁね」ユズは童話の挿絵に描かれてるキスシーンから目を逸らしながら言いました。

「まぁそう言う訳です、ユズ」

「……どういう訳です?、エルシアちゃん」

「鈍いですね……」私は本を閉じてユズの肩を掴むと、顔を近付けながら言いました。「私とキスしてみてください」

「~~~~っ!?」

 耳の先まで真っ赤になったユズは、鼻血を噴き出しながら首を振って私を拒否します。

「いやいやいや、キスは好きな人とするってエルシアちゃんも言ってたじゃん!」

「えぇ。私はユズの事、好きですよ?」笑顔でそう答えた後、小さい声でボソッと「……多分」と言いましたが、恐らくは気付かれてないです。

「ってかさ!」ユズはやはり私を拒絶しながら、無理矢理別の話題に摩り替えてきました。「何でエルシアちゃん、童話なんて子供が読む本を見てるの?」

「私……小さい頃から文学書とかばっかり読まされてて、絵本とか童話とかを読んだ事がなかったんですよ」私は困った様に笑い掛け、首をかしげながら言います。

 そんな私をユズは心配そうな可哀想な目で見ると「前から思ってたんだけど、エルシアちゃんの過去ってさ……あまり一般的な子供時代を送ってる様に感じないよね」と、私の手を握りながら言いってきました。

「まぁ生まれからして普通じゃないんで、育ち方は気にしてないですね」私は、それに――と言って話を続けます。「普通じゃなくても、間違いなくお母さまは私の為を想って育ててくれました」

「エルシアちゃんの昔話、ちょっと興味があるな……聞かせて?」

 楽しそうに、でも不安そうに聞いてきたユズから目を逸らし、お婆さんに本の会計を済ませてもらった私は「宿で時間が空いたら話してあげますよ」と笑い掛けて、ユズと共に予めチェックインを済ませてた宿に戻っていくのでした。


 そして宿に帰って食事を済ませ、お風呂も歯磨きも終えてベットでゴロゴロしながら買ってきた童話を読む私の隣に転がり込んで来たユズは、何か待ち遠しいものを待つ子犬の様に目を輝かせて私を見つめていました。

「……何です?」私はジト目で聞きます。

「いや~、早くエルシアちゃんの昔話聞きたいな~って」

「…………」あくまで私の感性の問題なんですが、この催促の仕方は好きじゃないですね。

「話し終わったらキスさせてもらいますよ?」

「う、うん……覚悟は決めたよ!」

「…………」マジですか。キスはユズの脅しネタに使えると思ってたんですが、どうやら効果はないみたいです。

 本当は童話を読んでいたい私でしたが、この調子だと寝るまでユズは離れそうにありません。

 小さくタメ息を吐いた私は「寝る前に聞く様な明るい話じゃないですよ?」と言って本を閉じると、ベットに座ってユズの目を見ました。

 私の警告にユズは大きく頷きます。仕方ない、話しましょう。

 私は部屋窓から覗く月を見上げながら、自分の見聞きして知る限りの事を話し始めるのでした。

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