「ささ!、こちらにどうぞ!」

 オッサンに連れて行ってもらった村で、私たちが案内されたのは村長宅の応接間でした。

「貴方、村長さんなんですか?」私は応接間に飾られた名誉ある……のかはイマイチ分からない表彰状を見ながら訪ねました。

「そうですとも!」彼は自慢する様に胸を張りながら言いました。「この村は、かつて王都に御住まいの国王が御越しになられた程に有名な村なのですぞ!」

「へぇー。何しに来たの?」ユズがもっともな疑問をぶつけます。

 ですがこの質問、村長には答え難いらしく黙ってしまいました。

 まぁ大方、この辺の土地に用があって出向いた際、一番近かった村を利用した……そんな所じゃないでしょうか。

「ま、まぁそれはともかく!」村長は眉をピク付かせながら「どうぞお寛ぎください!。私は普段着に着替えてきますので」と言って、私たちをフカフカの赤いソファーに座らせました。

「それじゃあ、遠慮なく」

 私は少し飛び跳ねながらポスンとソファーに飛び乗りました。

 あぁヤバい!。私の個室にあった物よりかは硬いですが、メチャメチャ柔らかくて気持ちいいです!。

「いいなぁ。こんなソファー、家に欲しかったなぁ」

 ユズは目をウットリさせながら呟いています。……いつか私の家に招待してあげたいですね。

「あ、そうそう」村長はドアに手を掛けると「今から使いの者を寄越しますので、何なりとお申し付けください!」と言いながら出て行きました。

「……使いの者?」私は首をかしげました。

「どしたのエルシアちゃん。使いの者ってメイドさんとか執事さんとかでしょ?」

「えぇ、それは分かっていますけど……」

 そんな話をしてると、ドアをノックした後で小さなメイド服姿の女の子が入って来ました。

 青いロングヘアーに宝石の様に輝く青い瞳、率直に言うならば綺麗な少女でした。

「し、失礼しまひゅ!」盛大に舌を噛んで悶絶する少女。……可愛いけど何してんですかね?。

 少女はおぼつかない手付きで私たちの前に紅茶を並べて置いてくれます。

「貴女、此処で雇われて何年ですか?」私は彼女の全身を見ながら言いました。

 と言うのも、舌は噛むし物を置く手付きもおぼつかない。ウチで見てきた限り、これは雇われて数日のメイドって感じです。

 ですが服にはシワが付き、明らかに年季の入った物に見えます。

「あの、えっと……ごめんなさい!」

「……へ?」急に謝られて目が点になる私。

「私……メイドさんじゃないんです!」

「???」

 私が頭の上に疑問符を浮かべて固まると、少女は涙目になりながら自分の経緯を語ってくれました。

「私は、此処から遠い場所にある町で生まれたんです。でも……他の町との戦争に負けちゃって……」

「あぁ……」私は色々と納得がいって、声を出してしまいました。

 何となく想像は付きますが、彼女はきっと奴隷として売られたんでしょう。

 そしてその奴隷を買い取ったのが、あの村長だった。

 このメイド服は、恐らく前任者の着ていた物なんでしょう。よく見ると裾や丈が合ってないです。

 つまり彼女は、メイドじゃなくて奴隷という事です。

 そもそもの話、この村に誰かを雇える財力がある様には見えませんでした。

 遊戯場もなく、露店も少ない。大体の村人は物々交換で生計を立てているみたいです。

 と言うか彼女のスカートの丈……物凄く直したい衝動に駆られている私が居るんですが、私ってもしかして完璧主義なんですかね?。

 ……いや、それはないか。

 そして私の視線に気付いた少女は、片手をスカートに押し当てて、もう片手を口の前に持っていってモジモジすると「あの……殿方の御奉仕はさせてもらっていますけど……女性の御奉仕は経験がないんです」とか言い始めました。何言ってんです?。

 私が意味分からん――みたいな感じに少女を見ていると「エルシアちゃん……そんなにスカートを凝視したら駄目だよ」と、ユズからも意味の分からない事を。

「…………………………………………」

 ……あ、そういう事か。どうやら私の視線が二人にはイヤらしく見えたみたいですね。

 まぁ誤解を解くのも面倒ですし、実害もなさそうなんで放置で良いでしょう。

 さて、そんな話をしてると村長が戻って来ました。

「マリナ!、まだお前は此処で油を売ってたのか!」村長は怒鳴りながら少女の髪を鷲掴みにして引っ張り上げました。

「ごめんなさい!、ごめんなさい!、ごめんなさい!!」少女も怯えながら村長の腕を掴むだけで、抵抗しません。

「…………」見てられないですね。

 私は立ち上がると四人分程の距離を一歩で詰めて、村長の腕を思いっきり掴みました。

「すいません。マリナの事は私が呼び留めちゃったんです」笑ってた私は、一気に表情を怒りのものに変えて言います。「だからその手……放してもらえます?」

「――っ!?」村長は驚いて彼女の髪を放しました。

 村長の腕を放した私は「さ、呼び止めてすいませんでした。行ってください」とマリナに言い、彼女の退出を確認した後でユズの隣に座り直します。

「いやはや、お見苦しいものを見せてしまいました。すいません」村長は私の事を睨みながら言いました。「どうぞ、そのままお寛ぎください。ご用の際は、この鐘を鳴らせばマリナが飛んで来ますので」

「えぇ……どうも」

 私の返事を聞いた村長は、家から出ると馬車乗って何処かに行ってしまいました。

 ……何か最初と雰囲気が全然違って、寧ろ別人に感じますね。


 さて、本当に寛いでユズが爆睡した所で、私は部屋を出てマリナを探しました。

 すると彼女はキッチンで鼻歌を歌いながら、恐らくは今晩の食事の準備をしている所でした。

「マリナ、少しいいですか?」私は開けっ放しのドアを叩きながら聞きます。

 すると血相を変えて私の前にすっ飛んで来たマリナは、恐怖に支配された顔で私の事を上目遣いになって見つめました。

「…………」何かこの子、接し難いですね……。

「あ、あの……どうなさいました?。私何か……失敗してました?」

「あぁ、確かに紅茶を置いた際のスプーンの向きは逆だったし、下に敷いていたコースターは裏表が逆でしたね。まぁどうでもいいですけど」

 私がノリで彼女の失敗を言うと、またしても彼女は怒涛の謝罪連撃を繰り出してきました。

 ……まったく、腹が立ちます。

「マリナ、少し場所を変えませんか?」私は苛立ちを押さえて、彼女に微笑みながら言いました。「村長も出掛けたみたいですし、気分転換に庭にでも行きましょう」

「は、はぃ……」彼女は料理を見ながら心配そうな顔をします。

「大丈夫!もし準備が間に合わなそうだったら協力しますから」

 私はそう言うと、彼女の手を掴んで庭まで引っ張って行きました。

 そう言えば、私が怒ってる理由ですが……それは二つあります。

 まずは村長のマリナに対しての態度。あの行動を見ただけで、経験上どれ程のゲス野郎かが分かりました。

 そしてマリナに対しても私は怒っています。嫌なのに抵抗しないのは家畜以下です。主従関係だとか、上下関係だろうが関係ない。嫌な事は嫌だと言わなきゃいけないんです。

 私はその事を伝えたくて、彼女を庭にまで連れて来ていたのでした。

 それにしても、のどかな村ですね。

 丘の上に建つ村長宅からだと、木々に囲まれたこの村が一別出来ていいです。夕日と村の情景がマッチしてて、尚の事綺麗に見えます。

 私はそんな夕日に背を向けて柵に腰掛けると「村長とは、いつもあんな感じなんですか?」と聞きました。

「…………」マリナは暗い表情で頷きます。

「話してもらえませんか……貴女の事。貴女の胸に抱く感情を」

 少し躊躇ったマリナは、口を小さく開けて話してくれました。

 まぁ大体は予想通りでしたが、どうやら彼女……町が滅ぼされたのがトラウマで抵抗出来ないみたいでした。

 本当は痛いのも嫌だし村長に夜這いもしたくない、でも逆らって殺されるのが怖いから従わざる負えない……そんな感じでした。

 確かに戦場からの帰還者、特に子供は当時の事をトラウマとして抱える事は珍しい話じゃないです。

 でも皆、それと向き合って戦って、克服して幸せを掴み取っています。

 マリナの置かれた状況と環境は、確かに最悪の組み合わせでした。自分の心と向き合う時間すら得られなかった訳ですから。

「マリナ、貴女は幸せが欲しくないですか?」

「そんな簡単には、手に入らないですよ……」

「いや?、案外星に願えば幸せが降って来るかもしれないですよ?」

「……馬鹿にしてるんですか?」マリナは怒った様に私を睨みました。まだ心は死んじゃいないみたいですね。

「えぇ、馬鹿にしてます」

「――っ!」

 殴り掛かって来たマリナの腕を弾いて、勢いあまって突っ込んできた彼女を抱きしめた私は、そのまま話し続けます。

「幸せを望む少女を馬鹿にしてる?、そんな訳ないでしょう」

「…………………………………………」

「マリナは幸せを願うのに動こうとしないから、それを馬鹿にしたんです」

「…………………………………………」

 耳元からすすり泣く声が聞こえます。

 私は彼女の頭を優しく撫でながら言いました。「幸せが欲しいなら、待ってちゃ駄目なんです。戦わないと」

「どう、戦えばいいの?」マリナは泣きながら私から離れ、真剣に見つめて言ってきます。

「手っ取り早いのが、武力です」

「……武器なんて持った事ないし、戦えないよ」

「でしょうね。今のパンチも目を瞑りながら避けれる程にヘナチョコでした」

「…………」

「そして、もしも自分が死に物狂いで幸せを求めるなら……最終的に必要なのは覚悟になります」

「覚悟……」

「そうです。幸せってのは、結局の所自分の手で掴み取る以外に方法はないんです。もしも覚悟があるのなら、そこに自分なりの正義があるなら……極端な話、相手を殺してでも掴み取る」

「――っ!」

 この話をする私の姿は、彼女にどう映っているのでしょう。

 多分夕焼けの逆光で表情は見えてないと思いますが「殺してでも」なんて言う私は、いい目では見られていないかもしれませんね。

 もしかしたら「殺しは駄目!」とか、ユズみたいな食いつき方をされてしまうでしょうか?。

 しかし彼女は、私の予想とは違う食いつき方をしてきました。

「殺しても……いいの?」

「え?、えぇ。……ただ極端な話ですよ?、殺さないで済むならそれに越した事はないです」

 私はこの話をした後、マリナの表情を見て後悔をしました。

 彼女……。

 笑っていたんです……。

「ふふ……ふふふふふっ」

「…………………………………………」

「そう言えば貴女、名前は?」

 さっきまでと雰囲気の変わったマリナが聞いてきました。

「……エルシアです。連れはユズ」

「そう、エルシアさん」マリナはブツブツと私の名前を連呼して狂気の笑みを一瞬だけ見せた後、今まで通りの雰囲気に戻って言いました。「ありがとうございます、エルシアさん。私……頑張って幸せを掴んで見せます!。……絶対に」

 私にそう宣言した彼女は「食事の支度に戻ります」と言って、先に村長宅に入って行ってしまいました。

 日が沈み、私の背中側から朱色は消えて闇が覆い始めました。

「…………………………………………」気が付くと、私の両手は震えていました。

 私は長い事戦場に居ました、だから狂気も殺気も慣れてる筈です。

 そんな私が、一般人の……しかも私より年下の女の子に恐怖で震えてるんです。

 もしかしたら、私は何かとんでもない事をしてしまったのかもしれません。

 村長といいマリナといい、どうやら私が気まぐれで助け舟を出した人たちは……誰もまともじゃなかったのかもしれません。

 私は上がった心拍数を落ち着かせると、嫌な予感を拭いきれないままユズの元に戻りました。


 結局私たちは、帰ってきた村長の提案に乗って客室に一日泊まらせてもらう事になりました。

 そして夕飯をご馳走してもらった私たちは、お風呂を済ませ布団に潜り込んでいます。

「……エルシアちゃん、何かあった?」真剣な表情でユズが聞いてきました。

「いえ……大丈夫です」私は震える両手を胸の前でギュッと握りしめて、彼女に背を向けて転がります。

 しかし私の態度が明らかに変だったのでしょう。ユズは「何か話したい事が出来たら、遠慮しないで話してね」と、私の背中を撫でた後で自分の布団に入って行きました。

 そう遠くない内……もしかしたら明日にでもマリナは行動を起こすかもしれません。

 もしそれで、私の考えうる最悪の結末を迎えた場合……私に責任は取れるのでしょうか……?。

 私は不安に胸を押し潰されそうになりながら、その思いを必死に振り払って眠りに就く様、思いっきり目を瞑るのでした……。

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