人形の元に辿り着いた私たちは、驚きの余り開いた口が塞がらなくなっていました。

 さっきまで糸の切れた操り人形の如く脱力していた人形は、それは気のせいだと言わんばかりに元気に両手を胸の前で組むと、発声練習の様に声を出していたのでした。

「これ……どんなオーパーツを使えば、こんな事が出来るんでしょう?」

「さぁ……。オーパーツに関しては、エルシアちゃんが知らない事は私も分からないよ」

「そうですか」

 何だか歌ってくれそうな勢いで発声練習をする人形を見て、歌声を聞いてみたいと思ってしまった私たちは小雨が降るのも気にせずに人形が居る闘技場みたいな場所を囲う様に建てられた、観客席の跡地の様な場所に座って人形を眺めました。

 そして数十分の発声練習を終えた人形は、俯いて黙り込んでしまいました。

「…………」えぇ?。もしかして発声練習で体力切れですか?。

「エルシアちゃん。もしかしてだけど、あの人形って歌姫なんじゃないかな」

「……歌姫?」私は首をかしげながら聞き返します。

「うん。最初はさ、あの露出の多い服装だし、踊り子かな?って思ったんだけど」ユズはさっき夕飯を食べてた仮拠点に置かれてた、恐らくは衣装の装飾品だと思われる花のブローチを持ちながら「でも、これがあったの」と言いました。

 花のブローチの中には、恐らく刃物で削って書いたであろう「シナ」と言う名前と「最高の歌姫」と書かれた文字がしっかりと見えます。

「あの場所ね、このシナって子の名前しか無かったの」ユズは切なそうにブローチを眺めて言いました。「だからさ、あの子がシナなんじゃないかな?」

「……ちょっと試してみますか?」私はユズの手からブローチを取ると「シナー!。何か歌ってくださーい!」と叫びました。

 私の声が此処を中心に、村の中全域に響き渡ります。ですが構わないでしょう。どうせ居るのは私たちと、あの人形だけなのですから。

 そして私の声に反応したであろう人形は、小奇麗な顔を私に向けると「喜んで!」と、笑いながら言いました。

「…………」まさか本当に返事が帰って来ると思わなかった私は、は……ははは――と引きつって笑い、その場にストンと座りました。

「……まさか叫ぶとは思わなかったなー」

「まさか反応するとは思いませんでしたね……」

 その後、私たちが黙るのを待ってから、シナはゆっくりと空を見上げて目を閉じました。

 ゆっくりと開かれた口からは、とても人形が歌ってるとは思えない程に綺麗な声で、バラードを綴っていきます。

「…………」

「…………」

 私たちは言葉も忘れ、ただひたすら彼女の歌にのめり込んでいきました。

 私は歌が好きです。聞くのも歌うのも、どちらも楽しくて美しいと思うからです。

 ですが、彼女の歌は別格です。素敵だとかそう言った次元の話じゃ無く、もっとこう……人の心を撃ち抜く様な素晴らしさのある歌でした。

 アレに踊りが加われば、私は金貨を投げるのも惜しくないと感じます。それだけ素晴らしい歌だったんです。

 そして一曲歌い終わったシナは、ボロボロになったスカートの端をつまむと、深々とお辞儀をしました。

 私、こういった行事じみた社交界とかの見世物に拍手を返した事は無かったんですが、今は自然と拍手をしてしまいました。いや~、良い歌を聞きました。

 さて、だんだん眠くなってきた私はシナが動かなくなったのを確認すると、近場の川で水浴びを済ませて歯磨きをして、さっき居た狩拠点に戻って荷物をクッション代わりにしながら眠りに就きました。今日は良い夢が見れそうです。


 次の日の朝方、私は何かが千切れ落ちる音と、魔物のうめき声で目が覚めました。

 前方に気を配りながら横目でユズを確認すると、彼女はまだ寝ています。

 これじゃあユズの援護は期待できません。私はバタフライナイフを構えて仮拠点から顔を出すと、魔物の位置を探りました。

 声的には魔物は三体、場所は……シナが居た場所からです!。

 衝動的に出て行こうとする私を理性で留め、ゆっくりと魔物たちを下から覗いて確認します。

 そして私の目には、シナに食いついて体中をグチャグチャにし、手足を捥いで遊ぶ魔物の姿が映り込みました。

「――っ!!」

 衝動を堪える事が出来なくなった私は、とうとう闘技場の上に飛び出すと、楽しそうにシナの体で遊ぶ魔物の背後から、一撃で首を跳ね飛ばして殺しました。まず一体。

 強襲に動揺して足が止まった魔物を私は見逃しません。正面から突っ込んで喉にナイフを突き刺し、体を半回転させながら一気に引き裂きました。これで二体。

 最後の一体は、焦って逃げようとします。

「……逃がす訳無いでしょ?」私は殺意を込めたフルタングナイフを投擲します。

 ナイフは魔物の足を捕え、串刺しにしました。

 絶叫に似た叫び声を上げて倒れ込む魔物。どうでも良いですが魔物にも痛覚はあるらしく、中途半端な攻撃をした方が動きを制限出来たりもします。

 そしてもがく魔物の頭を踏みつけた私は、奴の爪が当たらない様に気を付けながらトドメの一撃を刺しました。

「終わった……」

 完全に魔物の活動停止を確認した私は、シナの方に振り返りました。

 手足は既に無く、腹部も荒らされ、流石にオーパーツを使った人形でも、もう動けないだろう――そんな風に思って彼女に近付いた私は、しゃがんで膝の上にシナを乗せました。

 きっとこれもオーパーツによる影響なんでしょうけど、シナの体からは血が溢れ出していて、スプラッタな事になっています。

「……?」シナは不思議そうな表情で私を見てきます。きっと自分の状況が分かっていないのでしょう。

「ごめんなさい……遅すぎましたね」私は俯きながら、シナに謝ります。「また、シナの歌が聞きたかったです……」

「…………」

 私の言葉を聞いてニッコリと笑ったシナは、もう既に無い手足を動かそうとしながら、私の膝から落ちました。

「無駄ですよ」残酷かもしれませんが、私はシナに真実を告げます。「貴女の手足は破壊されてしまってもう無いんです。もう、動かせないんです」

 しかしシナは、私の言葉に耳を貸さず、その場で必死に蠢いています。

 そんなシナを眺める私は余りに無力で、何も手を貸してあげる事が出来ません。

 降り始めた大粒の雨に濡れながら、私はシナの頭を撫でます。

 もう、良いんですよ。そんなに頑張らなくても、貴女は十分に働きました。だから……もう眠っても良いんですよ――と。

 普通に考えると、彼女は村が滅ぶ前から居た事になります。

 つまり、皆が魔物に殺されていく姿も見て、徐々に村が崩壊する様を見届けて、誰も居なくなった場所で、ただ自分の使命を果たす為に歌い続けている――そう結論付けるのは難しくない事だと思います。

 そして、もし彼女に理性があるのなら、感情があるのなら……真に勝手な思い込みなのは重々承知ですが、もう終わりたいんじゃないでしょうか?。

 私だったら……いっその事――。

 しかしそれでも、シナは懸命に手足を動かそうとしています。

 見かねた私は、もうトドメを刺してあげようかと思い、ナイフを持ちました。

「ちょっと待って、エルシアちゃん!」ユズの切羽詰まった声が響き渡ります。

「ユズ……殺らせてください。彼女はもう……」

「何があったのかは想像がつくよ。でも、もう少し周りを見て」

「……周り?」私は構えてたナイフを降ろして、辺りを見回しました。

 するとそこでは、一か所に集まったシナの部品が、青白い光を放ちながら蠢いているじゃありませんか。

「この部品……シナちゃんに渡せば直るんじゃない?」

「馬鹿な!」私はユズの考えを否定する様に首を横に向けると「不死身じゃあるまいし」と言いました。

 しかし試しにと、ユズが足を片方シナに近付けると、予想外な事が起こったのです。

 なんと……本当に足が体にくっついて再生したのです。

「ほらね」ユズは自慢げに胸を張りながら言いました。「エルシアちゃんは時々、急に視界が狭くなるからね!、私が居てよかったでしょ?」

「……えぇ」何だか腑に落ちない言い方をされて、内心イラッとしてる私は、パーツを拾うのが面倒になって、集まった手足の方に寧ろ本体を持っていってあげました。

 ――ガチャーン、ガチャーン、ガチャーン。シャッキーン!。

 なんか強そうな変形でもするのかと思う様な音を出して完全再生したシナは、変なポーズを取ってから急に歌い始めました。

 最初は何事かと思いましたが、よくよく考えてみると確かに私はさっき「歌が聞きたかった」的な事を言いましたね。

 まぁとりあえず、シナが無事だったんで何よりです。

 そして気付いたのですが、どうやらシナの心臓部にあるオーパーツとは別に、体そのものがオーパーツである事が分かったんです。

 と言うのも、ユズには分からなかったそうですが、オーパーツって触り続けてると電流が走ったかの様な痛みがあるのです。

 で、シナを膝に乗せてる時、私は膝が痛くて堪りませんでした。

 その後、シナの陽気な歌を聞きながら朝食を取った私たちは、一緒に歌ったり笑ったりしながら、時間も忘れて楽しむのでした。

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