4節 マッチョ売りの少女

 宿で寝間着を着て、後は寝るだけの状態になった私は、備え付けられている机にお財布の中身を出して、全財産を確認していました。

「う~む……」

 小難しい顔をさせながら唸った私は、銅貨を手の平で遊ばせています。

「マズイですね……。お金が無いです」

 私の呟きに、ユズは「買い物し過ぎなんだよ~」と言いながら、危機感も無くベットで跳ねて遊んでいました。

「そうですね。どこぞのイノシシ娘が、お財布も持たずに人のお金で散々飲み食いするお陰で、私は餓死してしまうかもしれないです」

 私の返しを聞いてムッとしたユズは「誰がイノシシだって?」と言って、枕を投げ付けてきます。

 私は何食わぬ顔で枕を避けると、丁度手元にあった銅貨をお返しに投げ付けました。

 顔面に銅貨が直撃してブリッチしながら悶えるユズ。

 しかし今は彼女に構ってる時間はありません。何なら明日中にでも稼ぎを出さないと、宿にすら泊まれなくなります。

「と言うか……」私はタメ息を吐きながら「何でこの辺の物価、普通の5倍も高いんでしょう……?」と愚痴を零しました。

さて、悲観的になっててもお金は出て来てくれないんで、とりあえず金策を考えた私でしたが、予めユズにはスリと賭博は禁止されています。

 となると、その辺に落ちてる物に価値でも見出させて、それを大量に売りつけるのが楽でしょうか。

「……あ!」ランタンの火を見て、何かがピンと来た私は「そう言えば、宿の裏に良い物が沢山あったじゃないですか」と呟きながら、ユズと共に商売の作戦を練り始めるのでした。



 次の日の朝、私は露店を開いていました。

 もちろん売り物は、拾って来た物です。

「そこのお姉さん」私は満面の笑みで女性の元に駆け寄ると、手に持った歪な箱を見せながら「マッチは要りませんか?」と尋ねました。

 女性は困った顔をしながらも「おいくらですか?、可愛いマッチ売りの少女さん」と、対応してくれます。

 アレですね。自分で言うのも変な話ですが、頭が良くて幼い、それでいて可愛い女の子って強いですよね。絶対に話は聞いてもらえます。

 私は指を二本立てて「銀貨2枚です」と答えます。

 すると次の瞬間、女性からイラッとした雰囲気を感じ「ご、ごめんね……そう言えば昨日、旦那がマッチを買って来たんだった」と言い、引きつった笑みのまま足早に離れていってしまいました。

 ……今のでかれこれ100人目のお客さんです。ですが一個もマッチは売れてません。

「困りましたね……これは何か別に売れる物を探した方が良いかもしれません」

 私は周囲を見渡しました。観察こそ勝機に直結する最善手です。

 そして周囲を見渡した甲斐があって、私はある事に気付きました。

 この町、妙にむさ苦しいと思ったら、皆マッチョじゃないですか。

 ……そう言えば露店でも、プロテインやら高たんぱく低カロリーの物がズラリと並んでいました。

 そこで私は、妙案を思いつきます。

「ユズ。貴女、少し前に行商人から無地のシャツを沢山貰っていましたよね?」

「え?、うん……エルシアちゃんは捨てろって言うけど、折角だし喜んでもらえる人にあげたいと思って、まだ持ってるよ」

「でかしました!」私はマッチを投げ捨ててユズの肩を掴むと「ユズのその判断は間違いじゃ無かったかもしれませんよ!」と、ハイテンションで言いました。

 さて、善は急げと言います。私たちは早速「商売道具」を作る為に、マッチを宿の裏のゴミ捨て場に戻し、宿の部屋で無地のシャツに細工をし始めました。

 先程も言っていますが、この町はマッチョタウンです。筋肉しかありません。寧ろ筋肉以外ありません。

 門兵もマッチョ、露店のオヤジもマッチョ、ホームレスもマッチョ、マッチを売り付け様とした女性も、酒場のウエイトレスさんも、この宿の店主のお婆さんも、みーんなマッチョです。

 しかも、マッチョたちは布面積の少ない服を着ています。つまり町の人たちは、筋肉が好き過ぎて、必要最低限の部分さえ隠れてれば裸でも良い、ある意味では裸族な訳です。

 そんな彼等に私たちが売り付けるシャツとは、はてさて一体どの様な物なのでしょうか。

 えぇ、そうです。察しの良すぎる人なら気付けるであろう、マッチョの服です!。私たちは今から、理想的なマッチョを売りに行きます。

 何が悲しくてマッチョが描かれた服を着なきゃいけないのか、私には分かりません。と言うか分かりたくありません。

 ですが宿のお婆さんにプレゼントした所、泣いて喜んでくれたんで、売り物としてはそこそこ価値があるんでしょう。知らんけど。

 ぶっちゃけ私的には、こんな筋肉が描かれたシャツを貰ってしまった日には、ビリビリに破いて焚火に放り込む自信しかありませんが……まぁそこは感性の違いなんでしょう。

 と言う訳で、男性版60着、女性版40着、計100着のマッチョを用意した私たちは、さっきまでマッチを売っていた場所に戻ると、ユズにサンプル品を広げてもらいながら、商売を始めるのでした。



 マッチョを売って半日、在庫切れになって、大至急で作った200着も完売寸前、その残りを買おうと並ぶ筋肉を、私は冷めた目で見ていました。

「おい嬢ちゃん!、一着買わせてくれ!。銀貨10枚の所、俺は金貨10枚払ってやる!」「おい!、横入りすんな!。あのマッチョは俺の物だ!」「ちょっとちょっと!、あれはアタシ達が目を付けた服よ!」

 あぁ、何だか収集がつかなくなってきました。蒸し暑いです……。

 私は大量の上腕二頭筋にゲシュタルト崩壊を起こしつつも、しっかりと順番にマッチョを売り捌いていきます。

 そして最後の一着が売れた時、私はローン地獄から解放された苦労人の如く、とっても爽やかな晴れた声で「ごめんなさーい!、完売でーす!」と高らかに、そして嬉しさの余り叫ぶ様に、完売宣言しました。

 因みに再販は無いです。出来れば二度と筋肉は見たくないです。

 今でも目に焼き付いています……。

 あの男性の胸筋が片方ずつピクピクする姿を……。

 あの女性の胸が、筋肉なのか乳房なのか分からない程のモッコリ感を……。

 うっぷ……思い出したら気持ち悪くなってきました……。

 さて、筋肉共が私たちの元から離れていく中、一人の筋肉が、ちょっとした注意喚起をしてくれました。

 なんでもこの町には、露店の売上金を奪い取る連中が居るそうです。要はみかじめ料の強制搾取です。

 因みに王都では、騎士が町を巡回をしている為、基本的にみかじめ料の搾取は禁止されています。

「なるほど……わざわざ教えてくれて……ありがとうございました」

 私は死にかけた声で筋肉にお礼を言うと、力無くユズの膝に寝転びました。

「どういたしまして。俺達も筋肉の服が買えて嬉しかったし、そのお礼だと思って」

「…………」本当にお礼をする気があるなら、今すぐに私の眼中から消え去って、半径1000メートル以内には入らないでほしいです。

 私は笑顔で去って行く筋肉に無気力のまま手を振り返すと、謎の吐き気を抱えたまま、ユズと共に宿に戻っていくのでした。


 食欲の無かった私たちは、宿に戻ると速攻でお風呂に入り、寝間着に着替えてベットで脱力していました。もう何もしたくない、考えたくない。

 ですが今眠りに就くと、私は間違い無く筋肉の悪夢を見ます。きっと上腕二頭筋と胸筋に板挟みにされる夢でしょう。

 そんな思いをしたくなかった私は、大きなあくびを噛み殺すと、目に溜まった涙を拭いながら立ち上がり、机に座って無気力のまま日記を書き始めました。

 大丈夫、私はまだ眠く無い。もう少し頑張れる。眠く無い、眠く無い。

 そして日記も書き終わり、そろそろ筋肉の事が頭から離れ始めた頃、バンッと大きな音を立てながら、急にドアがノックも無く開きました。

「ちぃーっす。取り立て屋でーす。今日の売り上げ、さっさと出してくれませんかね?」

「…………」しまった、疲れ過ぎてて部屋の鍵を閉めるの忘れてましたね。

 そして彼は、まぁ間違い無く筋肉が話してた奴の一人でしょう。

 私は「良いでしょう」と言うと、今日の稼ぎを窓の外に放り投げました。

 予想外の行動に焦った青年は、ドアを閉める事さえ忘れてお金の回収に向かって行きます。

 馬鹿ですね。本当にお金を投げる訳が無いじゃないですか。

 私は外で騒ぎ始めた青年を確認すると、肺いっぱいに息を吸い込んで「皆さーん!、マッチョなシャツを作るお金が盗まれましたー!。もうこれじゃあシャツが作れませーん!。一緒に取り返してくださーい!」と叫びました。

 そして筋肉関係に良くも悪くも過剰反応を示す町の人たちは、もう夜中だというのに一斉に外に出て、青年をフルボッコにし始めました。

「さてと」私は荷物を急いでまとめると「ユズ!緊急事態です!」と声を掛け、大した説明もしないままコッソリと宿を抜け出し、町から姿を消すのでした。



 それから数日後、私たちはオシャンティなカフェでユッタリとくつろいでいました。

 かなりリッチになった私たちは、お金を渋る事もせず、必要な物は全て買い揃え、食べたい物は食べる……そんな生活をしていました。

 そんな時、何となくで手に取った新聞を眺めた私は、驚きのあまり死んだ魚の様な目で、飲もうとして口を近付けた紅茶を零しながら、固まりました。

「続報!筋肉が大好きな人が住む町で起きた、不思議な出来事!。マッチョなシャツを売っていた少女は、実は筋肉の妖精だった!?」……そんな見出し文でした。

「ぁ~……」

 気味の悪い呻き声を出した私は、新聞をグシャグシャにして通りかかった馬車の荷台に投げ捨てました。

「エルシアちゃん……どしたの?」

 私の奇怪な行動に驚いたユズは、口元から垂れる紅茶を拭いてくれながら聞きました。

「いえ……筋肉なんて、もう二度とごめんだなと思っただけです」

「あぁ……あれはトラウマ級だったね」

 私たちはあの時の筋肉を思い出して、おもむろにテーブルに向かって項垂れました。


 さて、悪い事をした人には、それ相応の罰を神様が下すと言います。

 だとすると、どうやら私たちの「とても立派な商売」は、神様的には有罪判決だったのでしょう。

 だとしても、この筋肉地獄の仕打ちは酷過ぎると思うのです……。

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