3日目の朝、恐らく最後の日……私は朝食に一切手を付けず、自分の気持ちに整理を付ける事で精一杯になっていました。

 確かにユズの事は助けたいです。だけど本心では、所詮は他人なんだから関係ないじゃんと思う自分も居ます。

「…………」

 水の入ったコップを持ったまま固まる私に見かねた宿屋のお婆さんが「どうしたんだい?」と、親切に声を掛けてくれました。

 しかし、どうしても誰とも話す気分になれなかった私は「何でもないです」と、突っぱねてしまいました。

 ですが、やっぱり年寄りは強いです。突っぱねる私の、俯いた表情をしゃがんで覗き込みながら「若い子がそんな辛そうな表情をしてるのに、何でも無い訳無いでしょ」と、手を握って更に私に歩み寄ってきたのです。

「何かあるなら話してみて?。お客さんは私の孫みたいなものなんだから」

「……実はお金が無いんで、宿代払えないです」

「今すぐ出て行きな」

「……嘘です。と言うか、孫を追い出さないでくださいよ」

「…………」

 冗談を言えた事で、私の心の中に少し余裕が生まれました。

 私は改めて「相談……聞いて貰えるんです?」と尋ねました。

 お婆さんは満面の笑みで頷くと、隣に座って背中を撫でながら、私が話し始めるのをジッと待ちました。

「……実はですね――」私は、この町に来てから出会ったハクの事。ハクを助ける為に、ユズが賭博で心を擦り減らしてる事。それを解決できるのは、私だけしか居ない事。そして……自分の心の中に抱える矛盾の事。全てを話しました。

 お婆さんは黙って相槌を打ちながら、優しく背中を撫でつつ聞いてくれました。

「アンタも若いのに苦労してるんだね」

「…………」私は無言で頷きます。

「その歳で、そんな事を抱え込めるアンタもユズも、大した娘だよ」

「…………」

「よく、一人で頑張って来た。偉いねぇ」

「…………」私は無言で、もう一度頷きました。

 頷いた時、私のワンピースに大きな粒がポタポタと零れてきました。

 一瞬戸惑って固まった私でしたが、私が泣いている事を察したお婆さんは、何も言わずに抱きしめて、背中を擦ってくれました。

 今回は突っぱねません。私は甘える様にお婆さんの体に顔を埋めて、声を出さないで泣きました。

 人間、どうしたら良いのか分からなくて、悩んでも悩んでも答えが出なくて、精神的に辛くなった時、絶対に泣かないと決めている人でも涙は出てしまうものなんです。今の私もそうです。

 お婆さんはそんな私を優しく抱きしめながら、ちょっとした自分語りを聞かせてくれました。

「私はね、若い頃は、そりゃあもう絶世の美女でね、いつも男に付きまとわれて大変だったんだよ」

「……?」何の話でしょう?。

「そんな私を、両親も誇ってて、色んな人に自慢したそうだ」

「…………」

「ある日両親が、超有名貴族の若領主のお見合い相手に、私を勝手に選んだんだよ。だけどその時にはね、私にも好きな人が居て、誰にも言わずに交際をしてたんだ」

「…………」

「その時の私の心情に、今のアンタは似てるんだよ。アンタは理性で物事を考える子だから、此処でこうするのは間違ってる――そういう風にものを見てるんだ……そうだろう?」

「…………」私は抱かれたまま、無言で頷きました。

 確かに私は、感情より理性を優先しようとしています。その結果で何を失ったとしても、それが最善の選択だと思っているからです。

 お婆さんは「そうだろう、そうだろう」と、あやす様に言いながら、私の頭を撫でます。

「確かにね、その考えは間違っちゃいないんだよ。実際にその考えを貫き通して死んで逝った若者を、私は沢山見て来た。もちろん、私も若い頃はその考えで行動の優先順位を付けていた」

 お婆さんは、更に自分語りを続けていきます。

「そうして、自分の感情を殺して彼と別れ、両親の言いなりになって理性で未来を見据えて、結局貴族の妻になった私は、それこそ死にたくなる程に後悔したさ。自分の感情に、正直になればよかったって。でもやっぱり、今のアンタと同じで、理性が正解だとも思ってた」

「…………」

「それで、私の出した結論……何だと思う?」

「……分からないです」

 私のその答えを聞くと、お婆さんは自慢げに「好きなもん、全部取っちまえばいいのさ!」と、突拍子も無い事を言ってきました。

 いやいやいや、矛盾した理性と感情を両方取っても、結局は矛盾したままじゃないですか。

 他人はどうでも良いと張り続けて、でもユズは助けるって……自分本位も良い所ですよ。

 しかし私のその考えを読んでか゚、お婆さんは「人生なんて1度しかないんだ。だったらやりたいようにやって、矛盾を抱えたまま死んで逝けば良い。それが悔いの残らない、幸せな生き方だよ」と、笑いながら言ってきます。

「…………」正直、私にはお婆さんの言ってる事、無茶苦茶だと思っています。適当に聞き流しても誰も文句を言わない様な、そんな常識からぶっ飛んだ暴論めいた結論を突き付けて来ています。

 でも、普段だったら、まともに取り合わない話ではあっても、今の私には救いの道に見えました。

 あぁ、そうだったんだ。ワガママに全部やりたい事を選んでいいんだ。

 理性で他人をどうでも良いと思い続けて、感情でユズを助けて、そこに生まれる矛盾も私の理想の形なんだ――と。

「言ってる事……無茶苦茶じゃないですか」私は呆れながら、お婆さんの顔を見ました。

「かもね。でも、今のアンタには必要な答えだったんじゃないかい?」

「さぁ……どうでしょうね」

「それだけの笑顔になれるんだ。きっと必要な答えだった筈さ」お婆さんは笑顔で、私の目元に溜まった涙を拭いました。

「それじゃ、行ってきな。アンタがしたい事、矛盾だらけでも貫いてみな!」

 お婆さんは立ち上がると、私の背中を軽く叩いて、店の奥に消えていってしまいました。

「やれやれ……年寄りって常識を逸脱した考えを持ってるんで、大嫌いですよ……本当に」私は小声で呟きながら、笑みを零しました。

 その後、朝食を一気に食べ切ると、急いで宿から出て、ある下準備を済ませてから、私はユズの元に向かいました。


 賭博場に着くと、ユズは最後のお金を払って、それでも足りなかった分として、自分の着ていた衣類を差し出していました。

「まったく……私より1つ年上のくせに、世話の焼ける……」私は愚痴を零しながらユズの隣に立つと「交代です」と言って、自分が着ているのとは別の、白いローブをユズに被せました。

「エルシアちゃん……」ユズは今にも泣きだしそうな目で私を見ています。

「後は私がやります。まぁプロの力を風邪引かない様に見ててください」

 何が可笑しかったのか、ディーラーや、ガラの悪い男性は、大爆笑し始めました。

「だはははっ!。このガキが、俺等よりプロだってぇ!?。そいつは面白れぇな!!」

「ガタガタ言ってないで、さっさと始めましょう」私が真顔でそう言うと「ついでに、1回でユズの衣服と全額を返して頂きたいんで、此処に在る全財産と、私の体と、ユズの体と、ハクの体を全て掛けます」と、言い張りました。

 ディーラーは汚い笑みを浮かべながら「オーケー」と言うと、早速カードを配り始めました。

 5枚のカードを受け取った私は、伏せたまま端だけをめくって数字を確認します。

 2ペアですね。此処から狙えるのは、せいぜいフルハウス位でしょうか。

 私は3枚のカードを投げると、新たに3枚のカードを配られて、数字を確認しました。

 ディーラーたちは、今も尚、気持ち悪い笑みを浮かべながら小さく笑っています。

「エルシアちゃん……」心配そうに私に近付くユズは、少し震えていました。

「安心してください。万が一、億が一、いや……兆が一にも負けはあり得ませんから」

「うん、エルシアちゃんを信じるね」

「ふふっ、信じられました」私は笑いながら、手に持っていたカードを伏せて置きました。

「準備は良いか?」ディーラーが私に聞いてきます。

「えぇ。私の勝ちですけど、構いませんよね?」私もディーラーに聞き返します。

 そして、先にディーラーがカードをオープンしました。

 9の5カード、かなりの引き運、いや……手の込んだイカサマをしてますね。

「さぁて、次はお嬢さんの番だぜ?」ニタニタしながら、ディーラーの後ろに立つ男性が急かしてきます。

 周囲に出来た野次馬からも「これは勝てないだろ」「あの子達、可哀想」等々、諦めの声が聞こえてきます。

「そう言えば、貴方たちに言い忘れてた事が一つありました」私は、端からカードを捲りながら「余り、天才賭博少女を舐めない方が良いですよ?」と言って、ドヤ顔を決めました。

「――っ!?」驚き過ぎて声が出ないディーラーや、野次馬たち。

 それもそうでしょう、だって私が出したカードは――。

「ロイヤルストレートフラッシュです」

「う……嘘だ。ありえない!」ディーラーは発狂した様に言います。

「現実を見てください。所詮、貴方のイカサマなんて天才には遠く及ばないんです」

 私は手を差し出すと「とりあえず、連れの服を返してください」と言いました。

 渋々だとしても、しっかりと服は返してくれましたが「納得がいかない」との事で、もう数戦する事になりました。

 一戦目。

「ロイヤルストレートフラッシュです」

「…………」

 二戦目。

「ロイヤルストレートフラッシュです」

「ぐはっ!」吐血するディーラー。多分昨日の夕飯に毒でも盛られてたんでしょう。

 知らんけど。

 そして三戦目。

「ロイヤルストレートフラッシュです」

「…………………………………………」完全に沈黙する周囲の人たち。

 まぁそれもその筈です。なんたって彼等には私のイカサマは見破れないんですから。

 結局、ディーラーが音を上げるまでに十戦近く勝負をしたんですが、まぁ言わずもがな、全てがロイヤルストレートフラッシュでした。

「もう……虐めないでください。ハクちゃんにも請求はしません、借金もチャラで良いです。だから……もう止めてください」

 ディーラーの心は完全に折れた様で、テーブルに項垂れながら力無く謝罪をしています。

 ですが納得出来ない馬鹿がまだ一人。

「ざけんな!そんなセコい事認められる訳ねぇだろ!」

 一番気持ち悪かった男性が、私に掴み掛かってきました。

「ユズ、頼みます」「あいあい!」そこに私の合図で、ユズの勇者パンチが炸裂。男性は一撃でダウンしてしまいました。

 さてと、取るもの取ったし、何なら儲けも出てますし、お暇しましょうか。

 私たちは野次馬たちに「見世物は終わりですよ。退いてください」と言って道を作ると、ユズとハクを連れて賭博場を後にするのでした。

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