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「私の家……借金まみれなの……」黒髪の少女は、かすれた声で色々と事情を話し始めました。
「……どうして借金まみれなのに、賭博をするんです?。余計に借金が増えるだけですよ?」
私に問いに少女は「借金の取り立て屋が……賭博場を経営してるの」と、答えました。1度でも勝てれば、借金は全額チャラで良いと言われたって――と、泣きながら。
ですが相手は賭博のプロ、イカサマをしてるのも明確です。それに1度でも勝つなんて奇跡、絶対に起こる訳がありません。
そして少女は「でもね……何度やっても勝てないのっ!」と、大粒の涙をボロボロと零しながら言いました。
そして毎日1度は勝負をしに来ないと、借金を3倍にすると脅しを掛けられていて、それで仕方なく人から盗んだお金で賭博をしていた――つまりはそういう事でした。
……馬鹿みたいな話ですね。率直に言ってしまえば、くだらないです。
私は大きくタメ息を吐いて「使った分のお金は返さなくて良いです。だから二度と私たちの前に現れないでください」と、そう言おうとしたタイミングで、ユズが割って入ってきました。
「何か私に出来る事無いかな?。君を助けたいよ……」ユズは慈愛に満ちた表情で、少女を抱き寄せます。
少女もユズの優しさに我慢の限界を迎え、とうとう大きな声を出して泣き始めてしまいました。
「ユズ……言っておきますが、私は一切手を貸しませんよ。助ける義理なんて無いんですから」
私のその言葉を予想していたユズは、無言で頷くと、少女の頭を泣き止むまで撫で続けるのでした。
泣き止んだ少女に、私たちは一応自己紹介をする事になりました。とは言っても、私は手を貸す気は毛頭ないんで、私が名乗る意味は無いんですが。
「私はユズだよ」
「……エルシアです」
私たちの名前を何度か呟いた少女は、ごもった声で「ハクです」と答えました。
見た目が黒なのに、名前は白なんて、何だか覚え難そうですね。
さて、今後の方針をハクと話し始めたユズは、とりあえず賭博で一回勝つ――これを目標にした様でした。
……ユズはもう忘れたんでしょうか?。賭博は遊びじゃ無いと、戦場だと言ったつもりだったんですが。
そしてユズは早速、私を頼ってきました。何なんですかこの娘は……。
私を頼った理由、それはお財布を預けてほしいとの事でした。
「ユズ……馬鹿言わないでください。それじゃあ盗まれたのと状況が変わらないじゃないですか」
「でも資本金さえ無きゃ、助ける事も出来ないよ」
「だったハクにスリの仕方をレクチャーしてもらえば良いんじゃないですか?」
「馬鹿言わないでよ!、スリなんてする訳無いじゃん!」
「…………」
「…………」
暫く黙ってお互いを見やった私たちでしたが、先に根負けした私は、半分だけ財布の中身を渡すと「それがユズの軍資金です。それだけあれば十分でしょう」と言って、お風呂に消えていくのでした。頭が濡れっぱなしで風邪引きそうです。
お風呂場に入って暫くすると、ガチャン――とドアの閉じる音が聞こえました。……どうやら賭博場に向かった様です。
「……ユズの馬鹿」私は頭を洗う為に下を向いたまま、壁に手を付けて強く握りしめました。
その後、お風呂から上がった私は別のワンピースを着ると、洗濯物を洗って部屋干ししてから、ユズたちの跡を追い掛けて賭博場に向かうのでした。
……別に心配な訳じゃ無いです。
ユズたちの目撃情報を基に賭博場を回った私は、数件目でやっと二人を発見しました。まったく……どうしてこんなに賭博場が多いんでしょう?。
「いらっしゃいませ」二人の紳士な男性が、深々とお辞儀をしながら私の通る道を開けてくれます。
私は一言「どうも」と言って軽くお辞儀をすると、ユズの座るテーブルに1番近い柱に寄り掛かって、彼女の奮闘を見つめました。
結論から言いましょう。惨敗です。えぇもう、気持ちの良い程に負けまくりです。
しょんぼり肩を落として帰ろうとするユズは私の存在に気付くも、何も声を掛けずに賭博場から出て行ってしまいました。
「…………」
腕を組みながら横目でユズたちを追った私は、二人が見えなくなると彼女の座ってたテーブルを見ました。
……ノーペア。何も役が揃って無いです。
そんな時、ガラの悪そうな男性が「またアイツ、良いカモ連れて来たのか」と言って、汚い笑みを浮かべながら金貨を数え始めました。
「…………」
「しっかし、あんな露骨なイカサマも見破れないとか、俺達に惚れて金でも貢に来てるだけなんじゃねぇの?」
男性は更に汚らしい笑みを見せながら、取り巻きたちと馬鹿笑いし始めました。……不愉快ですね。
「……クソが」私はそう呟くと、賭博場を後にしました。
そして宿に戻って来ると、そこには誰も居ませんでした。
机に置いたままにしていた財布は空っぽになっていて。ユズの荷物も消えています。
「…………」
私は財布の横に置かれた2枚の紙を拾い上げると、そのままごみ箱に捨てました。
1枚目には私の字で、どうせお金が足りなくなったでしょう。必要分は確保してあるんで、全部持って行って構いませんよ――と。
2枚目にはユズの字で、ごめんね、エルシアちゃん。本当にごめん。ありがとう――と。
そう、書かれていました。
私は深くタメ息を吐くと、睡魔が酷かったんで、そのままベットに転がって眠りに就くのでした。
次の日の朝、私は朝食を食べると、宿泊の延長をお願いしてから、例の賭博場に向かいました。
賭博場に着くと、案の定ユズは朝からポーカーをしていました。
「…………」私は手を振える程に強く握りしめて、下唇を噛みながら彼女を見守りました。
そして口いっぱいに血の味が広がった事で、私は怒りながらユズを見ていた事に気付きました。
……今のユズを見ていると、どうしても彼女と師匠を重ねて見てしまうのです。
裏騎士の師匠と、王都での騎士を目指すユズ……理由は違えど、結局賭博場に入り浸ってる騎士である事には変わりありません。
そして、そんなユズの姿を見ていると、私の大嫌いだった師匠の一面を、また見せ付けられている様な……そんな気分にさせられます。
「…………………………………………」
気が付くと、私は再び唇を噛み締めていました。
そして何度目かの勝負でお金が底を尽きたユズは、またしても落ち込みながら賭博場を後にするのでした。
「ユズ」賭博場から出た彼女に、私は声を掛けました。
「いい加減分かった筈です。素人が賭博で勝つのは無理な話なんですよ」
「でも、もう退けないよ。ハクちゃんを助けるって……そう言っちゃったから」
ユズは無気力な笑みを私に見せると、またしても何処かに消えていってしまいました。
「…………」私はユズの、今にも自殺を考えそうな人の後姿を見送ると、呆然とその場に立ち尽くしてしまいました。
今日は昨日以上に天気は酷く、強風が雨を痛い程に叩き付ける日でした……。
そしてユズを追う事をしなかった私は、また一人で宿に戻ってきて、ユズの事を色々と考えていました。
しかし私の頭に過るのは、ユズは勇者に憧れただけの、所詮は力の無い、ただの偽善者――最終的にその言葉が出て来てしまうのです。
そしてその言葉が頭に過る時、私は自分の冷静さが憎くて堪らなくなります。
どうして私はユズに、毎回辛い当たりをしてしまうのか。
どうしてユズと同じ気持ちになって状況を見てあげられないのか。
どうして……私はこんなにもユズを助けたいと思うのに、何もせずに後ろで、ただ彼女の心が擦り減る姿を見ているのか――それを考えると、胸の辺りが苦しくなるんです。
「私は……ユズにどうしてあげれば良いんでしょう……?」
心に限界を感じた私は、まだ昼過ぎだというのに、只々何もせず、まるで死んだかの様にベットに倒れ込むのでした。
……どう考えても、明日がラストチャンス。
ハクを救うのも、ユズを救うのも。
ですが私は、ユズ以外は眼中に在りません。
「…………」
この状況をひっくり返せるのは、恐らくこの町でも私だけです。私程命を懸けて賭博をした人間は居ないでしょう。
「……私も、そろそろ決断しないといけませんね」
今までの私は、何だかんだでいつも助け舟を出してしまっていました。
始まりの町のユズやレウィンさんにも。幽霊のミキさんも。
私はきっと……考えが甘くて、優柔不断なんです。
仲の良い人には不幸になってほしくない。でも自分以外はどうでも良い。
……私のこの考えは、明確に矛盾していたのです。
そして今、私は自分の甘さと向き合わなくてはいけない場面に立ち会っています。
結局助けるのか、助けないのか。
「…………………………………………」
ですが半日考えても、私は答えを出せませんでした。
そして、遂に運命の3日目の朝が訪れるのでした……。
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