3節 賭博少女

 私たちは、やたらと並び立つ賭博場が印象的な町に来ていました。

 賭博場以外は、酒場や屋台、宿屋と町の案内場しかありません。恐らくは旅人をメインに金銭を回す町なのでしょう。

 賑わいの割りに殺風景なズラリと並んだ賭博場を横目に、私たちは安っぽい宿を探して歩いています。

「実はですね……私って賭博が得意なんですよ」特に話す事が無かった私は、何となくユズにそんな話をしました。

「……楽しいの?」

「生きる為に必死だったんで、戦場と何も変わらない場所でしたよ」

 私はそのまま、過去の出来事を少しだけ語り始めるのでした。


 私の育ての親は師匠で、幼少期の頃から面倒を見てもらっていました。

 そして師匠は、騎士である以前に貴族の御令嬢でもあったのです。

 なのでお金は腐らす程にあったんですが、ある時にハマりだした「遊び」で、殆どのお金を溶かしてしまったんです。それが賭博でした。

 で、生活費さえカツカツになった師匠は、召使たちの給料を払うのもギリギリになってしまい、実家に戻ってお金を借りる事にしたんです。

 ですがそのお金を速攻で溶かすのが目に見えていた幼女エルシアは、自分がこの家のお金を何とかしないといけないんだ!――と、奮い立つのでした。

 それから連日、殆ど賭博の知識が無かった幼女エルシアは、側近のお爺ちゃんに一番簡単な賭博である「ポーカー」を習っていました。

 失ったお金は、同じ方法で取り返すべき――と言う、訳の分からない思考が働いてたが故の行動でした。

 そして、ある程度の遊び方を理解した天才幼女エルシアは、このポーカーには必勝法がある事に気付いてしまったんです。

 それを知った幼女エルシアは、1日だけ師匠の賭博場に連れて行ってもらい、ディーラーの持つトランプを確認しながら、師匠の惨敗を冷めた目で見つめていました。

 そしてその次の日の夜、遂に天才賭博幼女エルシアが、現れるのでした。

 コッソリと家を抜け出した幼女エルシアは、師匠の財布からくすねた金の小判3枚と、お小遣いの金貨50枚を持って、ローブ姿のまま賭博場に入って行きました。


 過程は省きますが、数時間後に幼女エルシアは、賭博場から追い出されてしまいました。

 理由は「勝ち過ぎ」です。賭博場のその日の売り上げを、全て吸い上げてしまっていたのです。

 それは師匠が失った額の、およそ10倍の儲けでした。

 そのお金で師匠の両親――つまりは義理の祖父母に借金を返した幼女エルシアは、実は別の金貸しからもお金を借りてた事を知り、そこにも借金を返済して周りました。

 そして家に元通りのお金を戻すと、幼女エルシアの手元には何も残りませんでした。

 幼女エルシアが何をしてたの知らない師匠は、お金を無駄遣いし過ぎだ!!――と彼女に怒りました。

 で、何だかんだあって結局師匠の金遣いの荒さに見かねた幼女エルシアは、自分の遊びたい気持ちや怠けたい気持ちを押し殺して、お金の管理役を買って出るのでした。

 それは幼女エルシアが10歳になるまで続くのでした……。

 とりあえずお金を取り戻せた幼女エルシアは、それ以降に賭博をする事は無かったんですが、今では旅の道中で金銭不足が起きた時だけ、その必勝法でお金を稼いでいたりします。

 因みに師匠なんですが、幼女エルシアが無双した後は賭博には飽きたらしく、もう一切目もくれなくなりましたとさ。

 めでたしめでたし。


 そんな話を、灰色の空を眺めながら語った私は、妙にテンションが下がってしまっていました。

 視界が潤って妙に鼻声ですが、これは顔に雨が降ってきただけです。泣いて無い、泣いて無い。

「あ~……え~っと……うん。エルシアちゃんは頑張ったと思うよ!」私の事を抱きしめながら、後ろ髪を撫でるユズ。

「その褒め方止めてください!、本当に泣きそうだから止めて!」私は顔をユズの胸に押し付けると、ヒッソリと数滴の涙を零すのでした。

 さて、いつまでも漫才をやってる訳にはいきません。早い事宿を探さないと、私だけじゃ無くて空まで泣きだしそうです。

 顔を上げて早速歩き出した私でしたが、その時、黒髪を後ろで1つに結んだ少女とぶつかりました。

「ごめんなさーい!」少女は手を振りながらそのまま走り去ります。

「……何を急いでいるんでしょう?」

 しかし今はそんな事を気にしてる時ではありません、ポツポツと雨が降り始めて来たのです。

 急いで近場の宿に入った私たちは、雨に濡れた体を払いながら店員呼び出しのベルを押しました。

 チリリン――と、安っぽいベルが鳴り響くと、店の奥からお婆さんが出て来ます。

「すいません。とりあえず1泊お願いします」私はそう頼みながら、財布を取り出そうとワンピースのポケットに手を入れました。

 ……あれ?。

 お財布が……無くなってる?。

 焦った私は、荷物を入れている麻袋の中も探しました。

 ……あれあれ?。

 一応ユズのポケットにも手を突っ込みます。

 ……あれあれあれ?。

 うん、お財布……無くしましたね。

 お婆さんが冷めた目で私を見ています。辛い。

 私は引きつった笑みで「あの~……後払いって、出来たりします?」と聞きました。

 そんな私に、おば様は天使の様な笑みを浮かべながら「一昨日来やがれ」と一言。

 あぁなんだ……天使の様なおば様かと思いきや、その実、悪魔の様なババァでした。

 仕方ないんで財布を探しに、私は宿から出て行きました。

 ユズは宿の中で待たせています。悪魔もその位は許してくれました。

 さてと、町に入った時にユズが屋台でお肉を食べてたんで、その時まではあった筈です。

 となると、1番怪しいのは――。

「……まぁ、考えるまでも無く、あの黒髪の少女ですよね……」

 深いタメ息を吐いた私は、少女とぶつかった地点まで戻っていくのでした。


「しかしまぁ油断してたとは言え、この私が財布を取られるなんて……うん?」

 ちょっと反省の色を見せながら少女と会った場所を目指していた私は、運良く賭博場に入って行く少女を見掛けました。

 黒髪を後ろで1つに結ぶ少女……身長的にも間違いありません。早速とっちめてやりましょう。

 私は少女の跡を追い掛けて、賭博場に入って行きました。

「お嬢さん……ずぶ濡れだが平気か?」

 気前の良いお兄さんが心配してくれていますが、私は「お構いなく」と笑顔で返すと少女の座る椅子の後ろに立ちました。

 最初こそは気付かずにポーカーを続ける少女でしたが、ディーラーが尋常じゃ無い視線を少女に向ける私に気付き固まると、少女も私の方に振り返って固まりました。

「こんばんわ……探しましたよ?」私はニッコリと笑い掛けながら、少女に手の平を差し出しました。

 しかし青ざめた少女は、その場で固まるだけで、テーブルの隅に置いた私のお財布を返す気は無い様子。

「この手の意味……分かってますね?」相も変わらず笑顔で問い掛ける私。

 しかし少女は、青ざめた顔のまま「あ、あの……誰ですか……?」と、とぼけて来やがりました。

 ――プチン。

 私の中で何かが切れました。

 私は少女の腕を掴んで立ち上がらせると「盗んだ財布を返してもらいに来たんですよ。よくもまぁシラを切れると思いましたね」と、威圧する様に言います。

 今の私は、笑顔なんて言葉は似つかわしくない程に怒った表情で、少女を睨みつけています。

 流石にただ事では無いと悟ったディーラーや先程のお兄さんたちが、私を止めようと近付いて来ます。

 ですが邪魔をしないで頂きたい私は、心は痛みますが脅しを掛けます。

 ドンッ――と、大きな音を立てながら、私はテーブルにナイフを突き立てました。

「この少女は私のお金で賭博をしています。それ相応の報いは受けさせるつもりなんで、邪魔しないでもらえますか?」

 私の殺意の籠った声に怯む彼等でしたが、入り口で話し掛けてきたお兄さんは、声を震わせながらも「何か事情があるのは分かった。とりあえず此処を出よう。な?」と言って、私に自分の着てる上着を被せてきました。

 大変不服ですが、彼の言ってる事は正論。これ以上迷惑を掛ける前に賭博場を出て、宿に戻りました。

 因みに大負けしてたらしく、その代金を置いて行けとディーラーにせがまれた私は、彼の顔面に金貨を投げ付けてやりました。


 で、宿に戻って来た私はお兄さんに上着を返すと、やっとの思いでチェックインを済まし、個室に入って行きました。

「えーっと……エルシアちゃん?」

「はい?」雨に濡れて下着が透け透けになったワンピースを脱ぎながら、私はユズの方を振り返りました。

 そして振り返った先では、ユズが黒髪の女の子を慰めています。

 一応の事情は話したんですが、ユズ的には、エルシアちゃんのやり方は乱暴すぎるよ!――との事でした。

 寝間着に着替えた私は、早速少女の前に座ると「さて、怯えてないで話してもらいましょうか?」と、またしてもユズに怒られそうな言い方で少女を睨みつけました。

「……ぃ」少女が何かを呟いています。ですが声がか細過ぎて聞き取れません。

 そこでユズが「大丈夫だよ。このお姉さん、本当は怖くないから。ゆっくり話してみて?」と、慰めるようにしながら少女を撫でました。サラッと馬鹿にされてた様な気はしますが、その事には気付かなかったフリをします。

 暫くして落ち着きを取り戻した少女は、泣きながら謝ってきました。

「ごめんなさい!、死にたく無かったんですっ!。だから盗んだお金で賭博をしてましたっ!!」

「…………………………………………」は?。

 言ってる事の意味が理解出来なかった私たちは、お互いの顔を見合わせると、改めてゆっくりと事情を聞き出すのでした。

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