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結局宿に寄らなかった私たちは、本当に町が滅んでるのかを確認する為に、二手に分かれて町中を探索する事にしました。
早速町の中を練り歩いた私は、未だに生活痕の残る舗装された道の上をなぞる様に歩いていました。
かなり立派な町だけに、私の足音と風の通り抜ける音しか聞こえないのが、とても不気味に感じます。
町並みはというと、石材建築やステンドグラスが多く、中央広場にある噴水の上に、何かの彫刻があった痕跡を見るに、かつては栄えた美しい町であった事は想像に難くありません。
しかし今はその見る影も無く、ボロボロになった壁や床、枯れた井戸や噴水、雨風に晒されて腐り、倒壊した家等が並ぶ、文字通りのゴーストタウンになっています。
「何だか……物悲しい場所ですね……」私は捨てられていた古い長時計の埃を指で払いながら、小さく呟きました。
時計の内側には、羽ペンの達筆な文字で書かれた二人の名前が今も残り続けています。今は振り子が止まってしまっていますが、恐らく昔は老夫婦が使用してた古時計なのでしょう。
「…………」謎の虚しさを感じた私は、頭を振ると、長時計を後にして更に先まで町の中を探索して行くのでした……。
粗方町の中を回り終わった私は、噴水の前に戻ってきていました。
結論を言うと、この町は滅んでいました。まぁ予想通りの結果です。
しかしそれとは別に、私は幾つかの違和感に気付きました。
最初に感じた違和感は、町が滅んだ理由です。
別に町が滅ぶ事は珍しい話じゃありません。
大体は、疫病や流行り病、町の中での争いや近場の町からの襲撃、魔物や猛獣に蹂躙される。一瞬でも滅びる理由はこんなに思いつきます。
ですがこの町……滅んだ経緯がイマイチ分からないのです。
病等で滅んだ場合、道端に腐り始めた遺体が転がってる事はよくある話です。
ですが遺体は疎か、骨の残骸さえこの町には落ちていません。つまり病は原因じゃないって事です。
次に人間同士の殺し合いの場合、これも道端に遺体が転がってるもんですが、そんな事は無く、火で燃えた後も、武器による痕跡も、血の跡さえ存在しません。
そして魔物や猛獣の類が原因の場合、その場合は町が滅茶苦茶に破壊されている筈ですが、さっきの長時計も含め、自然に崩壊して壊れた以外の後は一切残っていないんです。
じゃあこの町の人たち全員が引っ越したのでは?、とも思いましたが、だとしたら日用品等の荷物を置いて行くのは考え難いです。
そしてもう一つの違和感、それは……滅んだ時期でした。
外観の劣化から察するに、この町が滅んでから既に十数年は経っているでしょう。
ですが家の中を見てみると、まるで昨日まで使われていたかの様な温かさを感じるんです。
それに、食器もテーブルの上に綺麗に並べてある辺り、住んでた人がある日突然、何の前触れも無く突然消えてしまったかの様にも見えます。
「……気味悪いですね」
急に寒気の様なものを感じた私は、周囲を警戒しながら、今後の方針を考え始めました。
町を探索して私が感じた事は、この町はヤバいという事だけです。
今までの私は、自分の直感を信じて旅をしてきました。それは一人で旅をしていたが故の、自己防衛でもありました。
ですが今は違う。ユズと共に旅をしているんで、何かあったとしても、お互いにフォローし合えます。
そこまで考えると、今後の方針で私の取れる選択は少しだけ広くなります。
まずは、この町に滞在して、夜を明かす事。
そして次に、早急に町を出て、外で野営をする事。
この二つにまで絞り込んだ私は、両方のメリット、デメリットを考えました。
まず滞在した場合、私の直感は結構当たるんで、大なり小なり何かしらのトラブルがある可能性は高くなります。ですが結局は勘なんで、何も起きない事だってあります。その場合はタダで泊まれてラッキー、といった感じで終わりでしょう。
そして野営した場合、この方が魔物や猛獣に寝込みを襲られるリスクは高くなります。滅んでいたとしても、それだけ町の中は安全だって事です。
ですが私の直感が正しければ、今回は相当ヤバいトラブルに巻き込まれる気がします。最悪の場合は命を落とすレベルのヤバさです。
「うーん……。ここはやっぱりユズと相談して決めた方が……ん?」
その場をグルグルと回りながら考え込んでいた私は、視界の端に映った何かを見ました。
それは井戸にもたれ掛かって座る、等身大の人形でした。見た目は古風な魔女の様に見える格好をしています。
しかしこの人形……不気味な程に人間じみています。
限りなく白に近い薄紫色の腰まで伸びた綺麗な髪は、到底作り物には見えない程に美しく見えます。
私は無意識に人形の綺麗な髪に指を通し、その肌触りを確認していました。
そして髪を触った際に見えた可愛らしい寝顔や、ブラウスの隙間から覗く綺麗な肌は、まるで生きた人間かの様に、血の通った肌色をしていました。
「あのー、生きてますかー?」私は人形を揺さぶって声を掛けました。しかし人形の反応はありません。もしも返答されてたら、私はダッシュで町から逃げてる所でした。……じゃあ何で話し掛けたんでしょう?
人形の返答が無い事に安堵して胸を撫で下ろした私でしたが、今度は背後から聞こえる「うぉぉぉぉ!」という叫び声にチビりそうになりました。
体をビクつかせて振り返った私は、遠くからアスリート走りで迫って来るユズを確認しました。
しかしユズも冷静では無いのか、一切スピードを落とす事無く私に突進してきます。
「ちょっ!?ユズ!?、ストップストップ!」
「エェェルゥゥシィィアァァちゃぁぁん!!」
「待って待って!、怖いからこっち来ないでください!!」
私たちは井戸と人形を中心に、グルグルと回りながら追いかけっこを始めました。
しかしユズの目に涙が溜まってる事に気付いた私は、その場で立ち止まるとユズを優しく抱きしめてあげるのでした。
暫くの間、頭を撫でたり背中を擦った事で冷静さを取り戻したユズに、私は何を慌てていたのか尋ねました。
するとユズは、再び不安そうな顔を見せながら、信じられない事を語ってきたのです。
私と別れて探索を始めたユズは、最初に入った民家の2階で、何かの違和感を感じ取ったそうです。
そして地図を取り出して、周囲の山や川、丘などの形状から現在地を割り出すと……そこには町は疎か、建築物の跡さえ無い砂漠だったそうです。
そしてその事に気付いて怖くなったユズは、直ぐに私と合流しようとして動いたんですが、その時に……見てしまったと言いました。
「……聞きたくないんですが、何を見たんです?」
「……幽霊」私の問いにボソッと呟く様に答えるユズ。本人に自覚は無いんでしょうけど、私にはその言い方で大ダメージです。もうやだ本当に怖い。
い、いや……幽霊はきっと見間違いでしょう!。それに地図だって、そこまで正確に記されてる訳では無いです。きっとユズの地図がポンコツなだけなんですっ!。
私は自分の地図とコンパスを取り出し、周囲の景色を見渡して、現在地を割り出しました。
いや……マジで町どころか建物が無いじゃん……。
「…………」
「……エルシアちゃん?」
「…………」
「……どうだった?」
「……本当に何も無いですね」
「……鼻声だよ?」
「……別に泣いて無いですよ」
「いや、聞いて無いんだけど……」
心臓がバクバクして、怖くて怖くて堪らなかった私は、ユズに背を向けてヒッソリと泣きました。
本当は今すぐに泣き叫びながら町を出たいです。ですが私の性格上、人前ではクールを気取っていたいんで、理性で発狂を堪えていました。
暫くして落ち着いた私は、ユズと共に今後の方針を話し合いました。
……ユズの手を潰す勢いで握ってるのは、別に怖いとかそんなんじゃ断じてないです。
で、ユズの取った選択肢は、まさかのこの町に滞在する、でした。
理由は、外よりは安全だし、もしかしたら幽霊とも仲良くなれるかもしれないと思ったからだそうです。馬っ鹿じゃないんですか?。幽霊と分かり合うくらいなら、魔物と仲良くしますよ!。
そして私の取った選択肢は、今すぐこの場所から離れる、でした。
理由としては、怖……勇者がタダで宿を使っちゃ駄目だと思ったからです。怖い訳じゃ無いですよ?。
結局、相談しても答えは纏まらず、そうこうしてる内に日が暮れてきました。
このままじゃ留まる以外の選択肢が取れない……そう思った時、不意に私とユズの間から、知らない女性が「泊まっていってしまえば良いじゃないですか」と言ってきました。
女性から一気に距離を離す私たち。
ユズはボウガンを抜いて構えています。
一方で私は、全力でビビった結果、顔面から転んでいました。母なる大地にヘットバット?、やかましいわ!。
体を起こして声の主を確認した私は、思わず絶句してしまいました。
其処に居たのは……魔女の人形だったのです。
「あ、貴女は……?」私はヒョロヒョロの声で、鼻を擦りながら聞きました。
すると女性は、スカートの端をつまみながら「私、エレネスティナと申します。旅する魔女です」と、可愛い笑顔で丁寧に挨拶をしてきました。「呼び方はエレナで構いませんよ」とも付け加えながら。
一応私たちもエレナさんに挨拶をして、握手を交わしました。
で、大変不本意ですが、もうこの町で一夜を明かさないといけない流れになっていた事に気付いた私は、怒りとかその他諸々を込めた渾身の一撃で宿のドアを破壊し、今日は此処で一泊する事になってしまうのでした。
「……何も出ませんように……」私は祈る様に、小さな声で呟きます。
「何か言った?」
「いえ……何も……」
「二人共、2階は埃が積もってなさそうですよ」
私たちは、2階に上りながら、どうしてこんな場所にエレナさんが居たのかを問いつつ、201と書かれた看板のある部屋に入って行くのでした。
……そしてこの時の私たちは、向かいの廊下にある窓越しで不気味に笑う、宙に浮いた足の無い女性の存在に気付く事は無かったのでした……。
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