2節 幽霊の町
1
ある道の端に、黄色い小さなテントが立っていました。
そしてそのテントでは、一人の少女が夕飯の支度をしてる様でした。
焚火の上に置かれた鍋の中ではシチューが煮込まれて、食欲をそそる良い匂いを何処までも、日が沈みかけた薄暗い朱色の空に立ち上らせていました。
少女は焚火の日を少し弱めると、座っていた倒木から立ち上がって大きな伸びをしました。
金色の綺麗な、腰まで伸びた髪が風にさらわれて靡く様子は、彼女を若干13歳とは思わせない程に美しく、可憐に見せました。
「さて、後はもう少し煮込めば、シチューは完成ですね」
少女はそう呟きながら、足元に纏められてたタオルと寝間着を持つと、テントの後でお風呂に入っている少女に向かって「ユズー、次は私の番なんですから、いい加減に上がってくださいよー」と言いました。
「待ってー、今体拭いてる所だからー」
「……のんびりしてると、シチュー焦げますよ?」少女はフッと鼻で笑いながら言いました。
「ぬるぉわぁぁぁぁ!」
ユズと呼ばれた彼女は、少女の方に聞こえる程の勢いで全身をタオルで拭くと、茶色のショートヘアに水滴を残したまま、寝間着と言うには余りに子供らしいパジャマを着て飛び出して来ます。
「シチュー焦げた!?」焦燥感に支配されたユズが、少女の肩を鷲掴みにして聞いてきました。
そんな焦るユズに、彼女は小悪魔の様に小さく笑うと「まだ出来上がってませんよ。今のはユズを焦らせる為に言っただけです」と言い残し、テントの裏に消えていくのでした。
さて、日夜腹ペコのユズに、そんな悪質な嫌がらせをする、性格の悪い金髪少女は誰なのでしょうか?。
……そうです。実は私の事なのでした。
お風呂から上がって寝間着に着替え、シチューを食べて歯磨きをし、後は寝るだけの状態になった私たちは、テントの中に設置したランプの明かりを頼りに、各々で好きな事をして眠くなるのを待っていました。
私は赤いハードカバーの日記帳に旅の記録を綴り、ユズは自分の武器であるボウガンのメンテナンスをしていました。
「そう言えばさー」
ユズが緊張感の無い声で、私に話し掛けてきます。
「んー?」
「何でエルシアちゃんって敬語なの?」
「別に敬語じゃ無くても良いんですが……喋り方が極端なんですよ」
「ちょっと興味あるかも……今から寝るまで、敬語抜きで喋って見て!」
「あいよー」
「…………」何故か私の返事を聞いて固まるユズ。
開いた口が塞がらなくなる程、私の気の抜けた返事は衝撃的だったようです。
「何さ、どしたん……?」
「エルシアちゃん……キャラ変わり過ぎ……」
ユズのまるで苦虫を噛み潰した時の様な、その微妙な反応が面白かった私は、その後も積極的に彼女に話しかけては顔を歪ませる事を楽しみました。
その後、ユズから「やっぱり……普通に話して」と言われてしまい、結局普通に敬語で話した私は、暫くは他愛無い話をしていたのですが、気が付いたら眠ってしまっていたらしく、目が覚めたのは日が昇り始めた頃でした。
「ユズー、そろそろ出発しますよ、起きてくださーい」私はユズの体を揺さぶりながら、ナイフの切先で鼻提灯を割りました。
一瞬だけ「んがっ」とは言ったものの、一向にユズは起きる兆しを見せません。
包まっていた掛け布団(寝てる時に私から奪ったやつ)から引っ張り出して。
フカフカの枕(寝てる時に私から奪った略)から転げ落とし。
敷布団(寝てる時に私から略)をバサバサさせて。
終いには抱き枕にされた寝間着(略)を無理矢理奪いました。
それでもユズは起きません。
その後、起こすだけで疲れきった私は、朝食を食べる事無く出発するのでした。
今直ぐ動かないと、多分今日は動きたく無くなる程に疲弊しました……。
近くの町に着いた私たちは、門の前に立つ見張りの騎士に挨拶を済ませる事も無く、誰とも挨拶を交わさないまま、とりあえず宿の前まで向かいました。
「…………」
「…………」
一言も話す事無く宿に到着した私たちですが、実はドアを開けるか否かで悩んでいます。
と言うのもこの宿……鍵が掛かっていて、開けるには破壊するしか無さそうなんです。
別に破壊しても怒る人も居なければ、困る人も居ません。
だってこの町。
何故か滅んでいたのですから。
「えっと……どういう状況なんです?……」
とうとう口に出して言った私は、無駄に天気の良い青空を見上げて、タメ息を吐くのでした。
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