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「おはよう、よく眠れたか?」
私の耳元から、あの騎士隊長……レウィンさんの声が聞こえてきます。
まだ寝起きで頭が回転していない私は、寝ぼけたままベットに座ると、辺りを見回しました。
「あれ……?。レウィンさん……?」半目で首をかしげる私。
どういう訳か、声のした方にはレウィンさんは居ませんでした。
「???」
今起きてる事の意味が分からずに、首をかしげたまま固まる私の背後から、小さくてヒンヤリした手が目を覆って来て「だーれだ!」と、元気に言ってきました。
「……ユズさんの手、冷たくて眠くなりますね」
私は彼女の手に吸い込まれる様に顔を押し付けてウリウリしました。
そしてひとしきりユズさんパワーを摂取した私は彼女の手から離れると、改めて二人を確認しました。
ユズさんは軽傷の様で、至る場所に絆創膏が貼ってあるだけ。ですがレウィンさんは腕が折れたのか、包帯を巻いて、首から吊り下げられた布で腕を支えていました。
「私たち、ボロボロですね……」私は自分の体にも巻かれている包帯を見ながら、二人に笑い掛けました。
因みに、さっき声が聞こえた場所にレウィンさんが居なかった理由は、ユズさんが寝起きの私を驚かせたかったから隠れてただけだそうです。どう考えても病み上がりにする仕打ちじゃない気がします……。
所で、私たちはノヴァに負けて病院に担ぎ込まれた事は予想出来ますが、そもそも何故生きてるのでしょうか?。
私たちを此処まで担ぎ込んでくれたレウィンさんが言うには、どうやら彼女は、町の方に流れた魔物に気付いたらしく、その防衛を行っていたそうです。
そして魔物をおびき寄せた森の中から獣の叫び声が聞こえ、ただ事ではないと察したレウィンさんは、負傷した腕に包帯を巻いただけでそこに向かったそうです。
そして森の奥では、私たちがノヴァと戦ってる姿を確認したそうです。
ですが、レウィンさんでも見切れない程の速度で動き始めたノヴァは、一瞬の内に私たちを昏倒させて、レウィンさんの前に投げ捨てたと言っていました。
そして私たちの怪我の度合いと、これ以上は手を出さないつもりらしいノヴァを交互に見たレウィンさんは、私を背中に、ユズさんを左腕の中に抱えて、大急ぎで町に戻って来たとの事でした。
そして、私よりも早く目が覚めたユズさんは、戦闘中に私のバタフライナイフが破壊されたのを見ていたらしく、新しいローブとワンピースとバタフライナイフを持って、私のお見舞に来てくれたそうです。
早速渡されたワンピースを着て、ナイフの調整をした私は、ローブを着て病院を出て行く準備を始めました。
「エルシアちゃん?もう寝てなくて平気なの?」ユズさんが心配そうな声で聴いてきます。
「大丈夫ですよ。この程度の怪我は慣れてますし」
「まだ寝てても、医者は文句を言わないと思うが……」
「平気なものは平気なんです。二人共、ワンピとローブとナイフ、ありがとうございました」
身支度を済ませた私は、もうこの町での用はないと思い、二人にお礼を言ってその場を去ろうとしました。
私の本来の目的は、人助けじゃなくてユミリアに到着する事です。
それに、これ以上巻き込まれるのは冗談じゃないと思ったんです。
その後、町でお世話になった人や防衛戦の生き残りたちに挨拶を済ませた私は、最後にレストランで紅茶を楽しんでから町を出ようとしていました。
「……そう言えば、ユズさんが此処のゆで卵が美味しいって言ってましたね」
私は店員さんにゆで卵を頼むと、暫くしてから予め殻の取られた卵が運ばれて来ました。
持った感じは、程良い弾力と緩さが素晴らしいと感じます。
そして一口食べると、これまた程良い食感と、ほぼ生の黄身がトローッとして、口の中を楽しませてくれます。そしてユズさんの言ってた通り、絶妙な塩加減が食欲を駆り立たせてくれます。
気が付いた時には、私はペロッとゆで卵を平らげてしまっていました。
「ふふっ……満足です」思わず笑みを零した私は、残った紅茶を飲み干して、席を立ちました。
「ごちそうさま」店員さんに挨拶をした私は、改めて買い忘れのない事を確認をすると、そのまま町の門の前まで向かいました。
町の門の前まで着いた私でしたが、またしても何か問題発生でしょうか?、大人数が集まっていたんです。
流石にもう手は貸したくなかった私は、数歩後ずさりをして、その場を離れようとしました。
その時です。目のいいアンチキショウが私の存在を見つけると、無駄に大きな声で「エルシアが来たぞぉぉ!」と叫びやがり始めました。
そして何故か大群でゾロゾロと私の前に迫って来た人たちは、無言で私を取り囲みました。
「……?」ヤバい、何がどうヤバいのか分かりませんが、何かがヤバい。
冷や汗を掻きながら固まる私の前に、レウィンさんが歩み寄って来ました。
「あ、あの……?」
何故か威圧感を感じて縮こまる私は、恐る恐るレウィンさんに声を掛けました。しかし返答はありません。
そして今になって気付いたんですが、何故か私を中心に、恐らく町の人全員が門の前に集まって来ていました。
「…………………………………………」私、これから何をされちゃうんでしょう?。何か悪い事しましたっけ……?。
そんな事を考えて戦々恐々としていた私でしたが、全員がその威圧感に満ちた表情を一変させて笑顔になると、各々が準備したと思われる花や色とりどりの紙吹雪を投げて「勇者少女の旅立ちだぁ!」等と叫び、急にお祭り騒ぎになっていました。
「!?!?!?!?!?!?」なになになに!?。マジで何事なんです!?。
まったく状況が掴めずにタジタジする私に見かねたレウィンさんが、これは始まりの町の最大級の危機を救ってくれた『勇者』に対して、町全体からのお礼だと説明を受けました。
内心では複雑な心境ですが……本当はユズさんに向けて言ってほしい台詞だとは思いましたが、それでも今は、皆の感謝を受ける事にしましょう。
「皆……ありがとうございます」
さっきまでの恐怖に慄く表情とは打って変わって、皆の感謝を一身に受けた私は、そのまま町の門の前まで来ました。
皆の方に振り返る私は、まるで身内の門出の応援をしてくれる様な町の人たちに大きくお辞儀をしてから、始まりの町を後にするのでした。
「行ってきますっ!」
〇
面白い形の雲を眺めながら始まりの町から北東に伸びる一本道を、私は歩いていました。
既に町が見えなくなる程に遠い場所まで進んで来ています。
ですが私の中には、皆の声援が今だに響き続けていました。率直に言って、かなり気分がいいです。
「ですがやっぱり、あの声援はユズさんが受けるべきだと思うんですけどねぇ……」
結局病室で別れて以降、私はユズさんと出会う事はありませんでした。本当は最後に挨拶をしたいのが彼女だったんですが……何処に行ってしまったんでしょう?。
そんな事を考えつつ、青空を優雅に飛ぶ鳥たちを眺めていた私は、背後から誰かが走って来てる事に気付きました。
「うぉぉぉぉい!」
「…………」
女の子が叫んでますが、構わず歩き続けます。
「まってぇぇぇぇ!」
「…………」
なんか呼び掛けられてますが、それでも歩き続けます。
「ぜぇ……ぜぇ……。ま、待ってよ~」
「…………」
「エル……シアちゃ~ん」
「…………」
「もしも~し!」
「……ふふっ。あははははっ!」どうしても堪えきれなくなった私は、遂に笑い出しました。
急に笑われて固まる少女は、私の中の勇者であるユズさんだったのです。
本当は人違いを装って、彼女を困らせてみたかったんですが、どうしても笑う事を我慢出来なくなってしまいました。
私はローブに着いているフードを脱ぎながらユズさんの方に振り返り、眼の縁に溜まった涙を指で拭きながら「すいません、どうされたんですか?」と聞きました。
どうやらユズさん、国の中央に在る王が住む都……『王都』で騎士になる為に旅をして、たまたま始まりの町に居ただけらしくて、私との旅の同行を求めて来たんです。
私の目的地はユミリアの町ですが、途中までなら一緒に行く事は可能でしょう。しかし私は基本的に一人で居る事が好きな変態だと自負してるんで、彼女の申し出にはかなり悩みました。
ですが、私としてもユズさんから学べる事は何かしらあると思い、共に旅をする事を決めました。
きっと彼女の明るさは、ネガティブに周りを見る私の気持ちも吹き飛ばしてくれるでしょう。
「では、ユミリアまでで良ければ一緒に行きましょうか。ユズさん」私は手を差し出しました。
「ユズでいいよ。よろしくね!、エルシアちゃん!」彼女はそう返答しながら私の手を握りました。
「えぇ、よろしくお願いします。ユズ」
こうして握手を交わした私たちは、共にユミリアの町を目指して旅を始めるのでした。
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