結局、防衛戦に参加しなかった私は、町付近の丘の上に建っていた、如何にも古そうな建物の中を探索していました。

 こういった古い建物には、オーパーツの様な物が落ちている事が多いんです。まぁ大体は壊れてるのか、何をしても動かなかったり、そもそも動かす場所がないガラクタばかりなんですが。

 ですが今の時代に作る事も出来ない様な物は、私にとっては大収穫。毎回こういった物を見つける楽しみや、見つけた後に弄り回すワクワク感は堪りません。

 ……ですが、何故でしょう。今はそういった感情に浸る事が出来ないんです。

 今だって可動部分のあるオーパーツを拾ったにも拘らず、何故か気分が浮かないんです。

 確かに弄りたいという気持ちはあります。ですが、何て言えばいいんでしょう……客観的に見て今の私は、心此処に在らず――と言う言葉が似合う程、呆然としているんです。

 そして呆然としてる事に私自身か気付く度、脳裏にはユズさんの最後に見せた笑顔が現れるんです。

「…………」何故でしょう、凄くイライラする。

 結局、全くと言っていい程に気分が乗らなかった私は、建物から出て近場の倒木に腰を掛けて、意味もなく空を見上げていました。

 私の頭の中には、最後に見たユズさんの笑顔でいっぱいになっていました。

 ……きっと彼女の抱く夢が、私の中で眩し過ぎたのでしょう。

 どう考えても、一般人……それも私と歳の変わらない少女が勇者になるなんて、到底無理な話なんです。

 私は他人なんてどうでもいいです。自分を見る事だけで精一杯なのに、他人の面倒なんて見てられないです。

 見ず知らずの人を助けるなんて……本当に馬鹿げています。夢見過ぎです。そんな夢を見れる余裕があるなら、自分の楽しめる生き方を模索してた方が数倍有意義ってもんです。

 だから……ユズさんの夢は間違ってるんです。叶う訳ないんです。

 気が付くと、空を見上げていた筈の私は、いつの間にか下を向いて地面を眺めていました。

「私って……結局何がしたいんでしょう?」

 そんな事を口に出した私は、目の前にオーパーツを投げ捨てて立ち上がりました。

 ……何がしたいか?、そんなの決まってます。

 小さい頃の私が抱いた、だけども諦めてしまった夢を持ち続けるユズさんが心配なんです。

 馬鹿にされてもおかしくない様な夢を抱えて、それでも胸を張って歩ける『勇者』の、その眩い笑顔をこんな場所で死なせたくないと思ってしまったんです!。

 覚悟を決めて顔を上げた私は、町の前で戦う防衛戦の参加者の様子を見下ろして確認しました。

 状況は均衡を保ってるように見えますが、実際には押されている感じでしょうか。

 私の予想よりも魔物の数が多いです。恐らくレウィンさんも、ユズさんも、防衛戦に参加した人たちも、皆同じ事を感じている筈です。

 そして圧倒的な数の差によって、全体の士気が下がったのが押されてる原因に思えます。

 大体の状況が分かった私は、私に気付いて突っ込んで来る魔物を蹴散らしながら、丘の急斜面を下ってユズさんの元へ急ぐのでした。


 町の前まで到着した私は、一瞬で怪我人が増えた事に驚き、その場で足を止めてしまいました。

 手足を切断された人の他に、いったい何をどうしたらそんな傷が付くのか分からない、まるで尖った歯で噛み千切られた様な傷を負ってる人も見受けられます。

 どんな魔物を相手にしたのかを聞きたかった私でしたが、どうやら人の話を聞ける程に落ち付いた人たちは居なさそうです。

 ……本当は無策で敵の前に出るべきじゃない事は分かっているんですが、此処でモタモタしてたら、間違いなくユズさんも彼等と同じ末路を辿る事になるでしょう。

「……急ぎましょう」

 私は急いでその場を後にすると、森の中から聞こえる戦闘音に釣られる様に走り出しました。

 途中で何度も魔物に遭遇して、何度も冷や汗を掻かされましたが、何とかユズさんの姿が見える場所まで到着しました。

「頑張って!、後もう少しで森を抜けるよ!」ユズさんの大きな声が聞こえます。

 どうやらユズさんは、何人もの怪我人を引き連れて森から出ようとしてる様です。

 ですが魔物も手負いの獲物を逃す程馬鹿じゃありません。もちろんの事、爪で斬り裂いたり、或いは直接噛みついたりされて、彼女の背後に居た人たちは全滅してしまいました。

 そして魔物の手は、遂にユズさんが肩を貸す人の目前まで迫って来ていました。

「――っ!」

 自身を盾にして、魔物の攻撃を防ごうとするユズさん。そんな事で怪我した人を助けられる訳がないじゃないですか!。

 私はとっさに、後ろ腰に付けたフルタングナイフを魔物に投げ付けて、ユズさんの眼前に居た魔物の頭部に突き刺しました。

 間髪入れずに、背後から私の事を追って来た魔物が襲い掛かって来ようとしてきます。

 私はローブを魔物の眼前に投げ付けて視界を奪うと、ローブ越しに魔物をバタフライナイフで斬り刻みました。

「まったくもう……これだから乱戦は嫌いなんですよ」

 私は大事にしてきたローブに別れを告げると、ユズさんの前まで駆け寄って行きました。

「え……エルシアちゃん!?」

「何やってんですか!、貴女一人が盾になったとしても、後ろの人は助けられてませんでしたよ!」

 割と本気で怒った私は、ユズさんの「ごめん……」という言葉を聞くと、今の状況を尋ねました。

 丘の上からこの森まで、そんなに時間は経っていませんが、戦場とは刻一刻と状況が変わる場所です。

 それに……町に運ばれた人たちの怪我の状態から察するに、私の知らない新種の魔物が居るのは間違いなかったんです。

 ユズさんからの話を纏めると、やはり魔物の数に気圧された結果、陣形に綻びが出て、そこから一気に崩されたらしいです。

 そして何とか森にまで魔物を誘導する事に成功した彼等でしたが、今度は防衛戦に参加していたライオット・ベルギウスと名乗る中年のオッサンが、何をしたのかワイバーン型の魔物を召還して、仲間たちを襲い始めたとの事らしいです。

 そして数が減ったとはいえ、大量の魔物とワイバーンに挟まれた彼等は、生き残る事に必死になって、結局陣形はバラバラにされ、生き残りも少なくなってしまったとの事でした。

 ……どうやら屈強そうに見えた人たちも、ただの見掛け倒しだったんですね。戦闘の基礎を知らなさ過ぎです。

 どんな状況であっても、陣形を崩したら負けます。そしてパニックになったら死にます。そんなのは常識問題だと思っていたんですが……。

 説明を終えたユズさんから、目に見える人物だけを連れて町に撤退しようと提案をされますが、私はそれを拒否。この場で殲滅しようと、魔物に突き刺さったままのフルタングナイフを引き抜きました。

「ユズさん。貴女たちの魔物を森におびき寄せる作戦……失敗してますよ」

「え……!?」

 私の言葉に戸惑った表情を浮かべるユズさん。どうやら彼女もまた、魔物に対する知識が浅い人だった様です。

 私はタメ息を吐きながら「いいですか?、魔物は目に見えない人間の気配でさえ感じ取れるんです。そして魔物は人間を捕食する生き物……だったら町の中に居る大量の人間におびき寄せられる方が自然だと思いませんか?」と言いました。

「まさか……町はもう……」一気に表情を暗くしたユズさんは、とうとう俯いてしまいました。

「……安心してください。町から此処までの目に見える魔物は、粗方殺しながら来ました。なので町はまだ無事ですよ」

 ユズさんの肩に手を置いた私は、なるべく優しい言い方で彼女を慰める様に話しました。

 さて、いつまでも会話をしてる余裕なんてありません。

 きっと今の生き残りで魔物の処理は出来るでしょう。ですがワイバーンは別です、そんな強さが未知数の奴を町に近付ける方が愚策ってもんです。

 とりあえず今出てる情報を整理するに、そのライオットとか言うオッサンを殺せば、恐らくワイバーンの動きを止める事は出来るでしょう。

 彼のやった行動は、知る人ぞ知る「魔物の召還の義」と言う禁術です。それによれば、術者が死ねば従魔も死ぬとされています。

 ワイバーンを仕留めるより人間を仕留める事になれてた私は、ユズさんに「とりあえず、そこの怪我人を安全な場所まで連れて行ってください」と言い残すと、大回りで森の中を駆け回り、ライオットが最後に確認できたと言われる地点まで移動を始めました。


 暫く走ると、目の前には巨大な影が現れました。コイツが例のワイバーンの様です。ワイバーンって二足歩行するんですね……と言うか、凄いデッカイですね。

 そしてワイバーンの足元には、オッサンの姿が。あれがライオットでしょう。

 どうやら完全に油断しきってるのか、ライオットは大きなあくびをしています。

 今なら狩れると確信した私は、背後からコッソリと近付くと、心臓目掛けてナイフを突き刺しました。

「がぁっ!?」と苦しみの声を漏らすライオット。綺麗に決まったんで、間違いなく即死でしょう。……何だか拍子抜けする程に隙だらけでした。

 しかしライオットは死んで倒れたにも拘らず、ワイバーンは未だピンピンしていて、私の事を踏み殺そうとしてきました。

 冷静にワイバーンの足を躱した私でしたが、胸元が爪に引っ掛かり、少量の鮮血が白いワンピースに付着しました。

「死にませんか。……面倒ですが、ワイバーンも狩らなきゃいけないみたいですね」

 私はやれやれと首を振りながらナイフに付いた血を払い飛ばすと、ワイバーンの弱点を探し始めました。

 まず間違いなく弱点になってるのは首でしょうけど、そもそもワイバーンの全長が城壁並にデカいんです。そこまで登って首を斬り裂くのは、恐らく不可能でしょう。

 次に胴体にあると推測できる心臓。狙うならこっちですが、腹も背も硬そうな鱗に覆われています。

 ワイバーンの怒涛の連撃を躱しながら他の弱点を探ってた私でしたが、木の根に足を引っ掻けて転んだ際に、運悪く飛んで来ていた尻尾に直撃し、巨木を数本もへし折りながら吹き飛ばされてしまいました。

「がはっ!」地面に叩き付けられた拍子に、吐血しました。どうやら内臓に深刻なダメージを負ってしまったみたいです。

 目が回って吐き気がします。左腕が麻痺して動きません。そして口の中が鉄の味で気持ち悪いです。……ヤバいですね。

 私は血を吐き捨てながら立ち上がると、四足歩行で突進して来るワイバーンの腹の下に潜り込み、全力でバタフライナイフを突き立てました。

 ガリガリと音を立てて削れる鱗でしたが、それ以上の速さでナイフの刃がボロボロになっていき、遂には折れてしまいました。

「くそっ!」

 壊れたバタフライナイフを捨ててフルタングナイフを構え直した私は、意外な事に気付きました。

 ワイバーンの後ろ首は、どうやら鱗が少ない様で、傷付いた肌が見えていたんです。

 何とか四足歩行中に登れれば、奴を狩れるかもしれません。

 しかしワイバーンに背を向けさせる方法が思いつかない私は、再び怒涛の連撃を躱すしか出来ませんでした。

 どうにかしないと、私の方が先に殺される……そう思った時でした、ふと見上げた先には、木に登ったユズさんが居たんです。

 これはチャンスだと思った私は、全力でユズさんの目の前にナイフを投げ飛ばして「真下まで私が誘導します!。ユズさんはワイバーンの後ろ首を狙って斬ってください!」と、大声で叫びました。

 ワイバーンを見つめたユズさんは、私の狙いに気付いたらしく、両手で大きな丸を作って見せてきました。

「よし……行きます!」

 私はワイバーンを引き連れたまま、ユズさんの居る木の下まで走りました。

 そしてギリギリまで引き付けた私は、ワンピースの裾をワイバーンに引き千切られながらも、何とか回避しました。

 ――ドォォン。

 木に激突して大きな地響きを発生させたワイバーンは、急にその場で立ち尽くしました。脳震盪でも起こしたんじゃないんでしょうか?。

 そして木から飛び降りて来たユズさんは「くらえぇぇぇぇ!」と、何だか漫画に出て来る熱血主人公みたいな掛け声と共に、ワイバーンの首にナイフを突き立てました。

「ギャオォォォォ」ワイバーンが痛みに悲鳴を上げ始めました。

 その場で転げて暴れ出すワイバーンに、ユズさんは吹き飛ばされてしまいます。

 しかしナイフは運良く刺さりっぱなしになっていたんで、今度は私がワイバーンの首にしがみ付きました。

「……そろそろ死んでくださいよ」と、殺意の籠った声で囁いた私は、ナイフを首の正面まで回す様にして斬り裂き、ワイバーンの息の根を完全に止めました。

 しかし絶命寸前のワイバーンによって木に押し付けられ、その上思いっきり擦り付けられた私は、全身血塗れになってしまったのでした。背中が超痛い。

「ふぅ……終わりましたね」右手で体中の土を叩き落とした私は、ユズさんの方に向き直りました。

 しかしユズさんは不思議そうな顔で私を見つめています。え……何かやらかしちゃいましたっけ?。

「エルシアちゃん……どうして来たの?」

「来ちゃいけませんでした?」

 何故か怒った様な口調で言ってくるユズさんに、私は聞き返しました。

「あれだけの魔物だよ!?、死んでてもおかしくなかったんだよ!?」

「それはユズさんだって同じじゃないですか。それに……」

 私は今言おうとした言葉が恥ずかしくなって、少し黙ってしまいました。

 ですがわざわざ危険な場所まで来て、こんなに全身をボロボロにしてまで戦ったのは、ユズさんを死なせたくなかったからです。その気持ちは伝えておかないと。

「それに、私の『勇者』には、こんな場所で死んでもらう訳にはいかないと思ったんですよ」

 顔を赤らめた私は、そっぽを向きながら言いました。

「……あははっ!。なーんだ、エルシアちゃんだって好きなんじゃん!。勇者」

「嫌いではないですよ?、でもなれるとは思ってないです。ってか笑わないでくださいよ……」

 そんな話をしつつも、無事にワイバーンを倒したボロボロの私たちは、お互いに肩を貸し合いながら町に戻ろうとしました。

 ……その時です、私は嫌な事に気付いてしまいました。

 ライオットの死体が消えていたんです……。つまり奴はまだ生きてるという事になります。

「ユズさん、警戒してください。どうやらライオットを狩り損なった様です……」

 そう言って周囲を見渡そうとした私の前に、黒いロングコートを着た男性が木の陰から現れました。

「……エルシアちゃん」

「分かってます。この人……強さの次元が違う」

 思いっきり警戒している私たちに、男性は「ライオットを殺ろうとしたのは……お前等か?」と尋ねてきました。

「だったら何です?」私は威圧気味に聞き返します。

「いや、いい1撃だと思ってな」

「貴方は一体誰なの?」

 ユズさんの質問に「俺はノヴァと呼ばれている」と答えた男性は、私たちの方に近付いて来ました。

「俺は……まぁ言っちまえば悪霊の類だ。既に1度死んでる」

「…………」悪霊?。この人は何を言ってんでしょう?。

「そんで、あのデブは俺を無理矢理生き返らせた、まぁ主みたいな存在だ」

「で?、私たちがライオットを殺そうとしたから、貴方も私たちを殺そうって……そういう話ですか?」

 私の質問に「いや?」と答えたノヴァは、「ただ仕返しをしてほしいって命令を受けただけだ」と言って、何処からともなく電撃の纏った蒼い刀を取り出しました。

「――っ!?」

 殺らなきゃ、殺られる!。

 本能でそれを察した私たちは、文字通りに死に物狂いでノヴァに攻撃を仕掛けました。

 しかし、何故だかその後の事を私は全く覚えていません。

 次に目が覚めた時には、私は始まりの町の病室のベットの上に転がっていたのでした……。

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