魔物たちを一掃した私は、再びリックさんの馬車に乗って揺られていました。

 そろそろ町が近いからか、結構な数の旅人や行商人とすれ違います。

「いやー!エルシアさんって本当に強かったんだね!」

「まぁ、騎士の行う並の訓練が生温いと感じる環境に居ましたからね」

 騎士でも苦戦する魔物を瞬殺したからでしょうか、さっきからリックさんの興奮が有頂天に達しています。率直申し上げて、鬱陶しいです。

「あのさ!、もし良かったら今後は僕の用心棒になってよ!」

「用心棒?、リックさんだって戦えるのに用心棒は不必要じゃないですか?」

 私の正論に、返答する術の見つけられなかったリックさんは「いいじゃん、僕じゃあんなに格好良く魔物をバッサバッサ斬り倒せないんだし」と、唇と尖らせながら言いました。

 さて、そんな話をしてる内に、無事に町に到着です。

 此処は、自然豊かな町アースエクト。別名『始まりの町』とも呼ばれる場所になります。

 どうして始まりの町と呼ばれているのかですが、どうやら王都国内で1番旅人の数が多く、この町から羽ばたいて行く人が多い事から、そう名付けられたらしいです。

 で、私がこの町に来た理由ですが、それは道中で1番近い町だったという事もありますが、それとは別に、オーパーツを展示してる宿があると聞いたからです。

 私は早速リックさんに別れを告げて、例の宿を目指して歩き始めるのでした。


 宿を無事に発見し、しかもオーパーツに最も近い場所の部屋にチェックインを済ませた私は、消耗品の買い足しに出て来ていました。

 今は夕方という事もあってか、町の商業エリアは人でごった返しています。

 ですが私の求めている消耗品は絆創膏や包帯と言った、薬屋で揃えられる物ばかりです。そして薬屋は商業エリアの外れ、割とすんなり買い物を済ます事が出来ました。

 買い物も済んで、特にやる事がなかった私は、何となく町の中を散歩していました。

 すると、騎士やら武人やらが広場に集まってるじゃないですか。何事でしょう?。

 私はフラフラーっと、広場の前にやって来ました。……何だかむさ苦しいですね。

 暫く広場を見て回ってた私でしたが、女騎士が高台に登ると「お前たち!よくぞ集まってくれた!」等と、何かの演説の様な事をし始めたのです。

 そしてこの騎士、腕に赤い布を巻いてある事から察するに、どうやらこの町の騎士隊長の様です。戦いの猛者が集まる場所で、騎士隊長が演説……。あれ?、何だか面倒事の臭いがするぞ?。

 私はオジサンたちの陰に隠れながら、ギリギリ騎士隊長の声が聞こえる場所まで避難して、彼女の演説を聞きました。

 騎士隊長の演説を短く纏めると、どうやら町に魔物の集団が近付いて来てるらしいです。それを迎撃する為に、騎士たちが昼間に呼び掛けをして、皆は此処に集まったんだと。まぁ私には関係なさそうな話ですね、帰りましょう。

 他に買う物がないかを頭の中で整理しながらその場を後にしようとした私は、正面から走って来てた茶色いショートヘアの少女に気付かず、盛大にぶつかって転げてしまいました。

「いったぁぁぁぁ!?」

 転んだ拍子に頭を強く打った私は、その場で転げ回っています。超痛い。

「ご、ごめんっ!。騎士隊長の説明に遅れそうだったから、前を見ないで走ってた!」

 うん、前を見ずに走るって、なかなか難しい芸当な気がします。

 私は少女に「歩くのが下手なんですか?」と嫌味たっぷりに聞きました。

 そんな時です、私はいつの間にか全員の注目を集めてしまってる事に気付きました。演説も止まっています……。

「おいおい!この金髪の嬢ちゃん、行商人のリックが話してた子じゃねぇか?」

 ……へ?。

「金色の髪、青い瞳、白のワンピース……間違いない!坊やの話してた、魔物を瞬殺する少女だ!」

 何故か周りから湧き上がる歓喜の声。おいおいおいおいおい!、何だか雲行きの怪しい話になってきましたよ!?。ってかリックさんも、なんで勝手に人の事を話してんですか!?。

 そして気付けば、騎士隊長が感心した様子で私を見つめていました。

「…………」ヤバい。一目散に逃げだしたい。私は防衛なんて参加する気は毛頭ないんですから。

 自身の感じた事に素直に従った私は、その場から全速力で走り去るのでした。


 そしてその日の夜、夕飯を取り終わり、お風呂からあがって日記を書いていた私は、宿のオーパーツについて考えていました。

 あの質感は、間違いなく今の時代では作る事の出来ない代物でした。そして何の為の物なのかが全然分かりませんでした。

 本当は触って確認してみたかったんですが、以前何処かの町で「オーパーツに触れたら町が半壊した」という事件があり、それ以降は国の条約で「町等で展示されてるオーパーツに触れる事を禁ずる」というものが出来てしまった為、触れませんでした。

 そして日記に今日の出来事とオーパーツの絵を描いた私は、そろそろ寝ようとランタンの火を消そうとしました。その時です。

 ダンダンダンッ――と、ドアを破壊する勢いで、誰かがノックをして来たのです。

 驚いて方がビクゥッ!――となった私は、恐る恐るドア越しに「ど、どちら様でしょう……?」と聞きました。

「…………」しかしドアの向こうからの返答はありません。

 時々宿で起きる、住民から旅人に向けた嫌がらせと判断した私は、ドアを開ける事なくベットに潜り込もうとしました。

 カチャ――ドアの錠が外れる音がしました。いやいや待って!、何それ超怖いんですが!?。

 キィィィィ――と、甲高い音を立てながら、立て付けの悪いドアがゆっくりと開いていきます。

 そう言えば私、まだ6歳位だった時に、夜中トイレへ行ったんですよ。で、その時にトイレで逆さ吊りになった使用人がぶら下がってて、先の見えない廊下の向こうから、寝ぼけた師匠が何故か使用人全員を締め上げて、トイレに来ると順番に吊っていってたんです。これが直接的な原因かは分かりませんが、その事にとてつもない恐怖を感じた私は、それからというもの夜になると、この出来事を思い出して、怖くて眠れなくなる時があるんです。

 そしてその頃からでしょうか……。私……作り物であっても幽霊が怖くて仕方なくなっていました。

 つまり何が言いたいかっていうと……今の状況、とんでもなくホラーで怖いんですっ!。

 そして暫くドアの動きが止まってたかと思うと、今度は勢い良くバァン――と開き、その奥には顔面蒼白で長い髪を前に垂れ流した女性が居て、それがスーッと部屋に入って来たんです。

「――っ!?!?!?!?」

 あまりの怖さに、足が震えだしました。動悸も激しいですし、腰が抜けてベットから立てなくなってしまいました。

 そして、その顔面蒼白な女は、部屋の中心まで入って来ると、急に私の方をカッと見つめ始めたのです。

 ヤバい……チビりそう……。

 1歩、また1歩と私に近付いてくる女性。怖くて声が出ません、手が震えてナイフもベットの下に落としちゃいました。

 そして遂に女性は、荒い息遣いが聞こえる距離まで私に接近すると、徐に両肩を掴んできたのです。

「~~~~!?!?」

 あまりの怖さに涙が出始めた私でしたが、此処まで接近して来た女性を見て、彼女の正体にやっと気付く事が出来ました。

 この人……夕方に広場で演説してた騎士隊長じゃないですか……。

「あ、の……?。何、か……ご用で……?」涙目のまま問い掛ける私。

 それに対して騎士隊長は「やっと……見つけた……」と、この期に及んで怖がらせる様な言い方をしてきやがります。シバいてやりましょうか?。


 その後、お互いに落ち着きを取り戻した私たちは、改めて向かい合わせに座ると、話を始めるのでした。

「えっと……結局何しに来たんです?」

「あぁ、実は折り入って頼みがあるんだが……」

「あ……」何となく言いたい事は察しました。大方、防衛に参加してくれって話じゃないでしょうか?。

 だとしたら申し訳ないんですが、私には関係ない話ですし、命を懸けて戦う理由も何一つとしてありません。なので断らせていただきましょう。

「エルシア……だったか?。お前の事を、リックという少年から色々と聞いてな、出来れば魔物の防衛に参加してほしいんだ」

「……嫌です。そもそも私がリックさんと一緒に居る時に魔物を倒したのは、魔物のせいで馬車が止まっちゃったからです。そうじゃなかったら、魔物なんて面倒な奴の相手はしませんよ」

 私は騎士隊長の目を見ながら、本気で拒否してる事をアピールしながら話しました。後、リックさんは次に会ったらぶっ飛ばす。

 私の本気度合いを悟った騎士隊長は「そうか……残念だ」と言い残して部屋を出て行きました。

 そしてドアを閉めようとした時に「私はレウィンという騎士隊長を務めてる者だ。もし気が変わったら、是非とも防衛戦に参加してくれ」と言って、ドアを閉めるのでした。

 ……私の事を冷たい奴だと思ったかもしれませんが、人間は魔物の鋭利な爪で斬り裂かれると、まるで熱したナイフでチーズを切るが如く、簡単に両断されてしまうんです。

 確かに動きは単純で読みやすいし、素早くないです。でもそれは、私が視界に捉えている魔物に限った話になります。

 もしも視覚外から攻撃されたら、私だって人間です……ほぼ即死でしょう。

 つまり、集団戦ともなると、死のリスクが高くなるって事です。

 私は確かに優しい人間じゃないですからね、知らない人の為に命を懸ける真似は出来ません。

「……寝ますか」

 何となく暗い雰囲気になった部屋の中で、私はポツンと呟くと、ドアの鍵を閉め直してからベットに潜り込むのでした……。


 次の日の朝、私は宿を後にして、外観がお洒落なレストランのテラスで朝食を取っていました。

 そして私の視界には、防衛戦に備えて忙しなく動く参加者の姿がチラホラ。

 ……通りすがりの参加者は、私の事を冷めた目で見てきます。どうやら一晩で私が参加拒否した事が知れ渡ったみたいですね。

「ま、どう思われようが、所詮は他人な訳ですし構いませんけどね……」

 私は食事を素早く済ませ、紅茶を飲んでリラックスしていました。

 そんなリラックスしてる私の隣に、相席の許可もなく昨日の突撃少女が徐に座ってきました。

「……何か用です?」私は冷めきった態度で少女に尋ねました。どうせ彼女も防衛戦に参加しない私に文句が言いたいだけなんでしょう。

 しかし私の予想は外れ、防衛戦と全く関係ない話を私にし始めたのです。

「私はユズっていうんだ!、貴女は……エルシアちゃんだっけ?」

「えぇ……」

「此処の朝食メニューって美味しいよね!」

「え?、えぇ、まぁ……」

「でも私は紅茶とかコーヒーとか飲めないんだよねー!。コーヒーが1番美味しいらしいんだけどさ」

「へぇ……」

「所で、エルシアちゃん的に1番美味しかったのは何だった?」

「……スクランブルエッグです」

「あぁー!、此処の卵は美味しいよね!。ゆで卵も塩加減が絶妙で美味しかったよ!」

「…………」この会話……いつまで続くんでしょう?。

 私はあからさまに話すのが面倒そうな表情を見せますが、ユズさんは気にも留めません。多分ですが彼女の前世はイノシシでしょうね。知らんけど。

「でさ!、結局はペペロンチーノよりもカルボナーラの方が――」

「あの!、いったい何なんですか!?」

 私はテーブルを叩いて立ち上がりながらユズさんに問い掛けました。

 自分でも、この時の行動には動揺を隠せませんでした。

 気には留めてないつもりでしたが、どうやら皆の冷めた視線は私の中で小さなストレスとして積み重なってたみたいです。

 驚いて固まったユズさんでしたが、直ぐに「昨日の事、謝りたかっただけだよ」と、しんみりしながら言ってきました。

「私が昨日、エルシアちゃんにぶつからなかったら、きっと今みたいに皆が冷たい視線を向ける事もなかったと思うんだ」

「…………」

「だからね、もう1度エルシアちゃんには謝っておきたかったの……ごめんね」

「…………」

 私とユズさんとの間に暗い雰囲気が出来上がってきた頃、緊急用の鐘が鳴る音が町全体に響き渡りました。……魔物の襲来でしょう。

 ユズさんは鐘を聞いて立ち上がると「……それじゃあ、私は行くね!」と、笑顔を見せました。

「……どうして?」

「え……?」

「どうして……他人の為にそこまで出来るんですか?。貴女だって私に冷めた目を向けてもおかしくない筈なのに……」

 私の問いに困った表情を見せるユズさんでしたが、最後にはニッコリと笑って「馬鹿みたいな話かもしれないけど、私は本気で誰かを救える勇者になりたいんだよ!」と言ってきました。

 ……馬鹿げてる。本や伝承に出て来る勇者みたいになんて、絶対になれる訳ないじゃないですか。

 しかしユズさんは本気の目で話を続けます。

「勇者ってアレでしょ?、どんな人とでも分け隔てなく接して、大して知りもしない人たちを助ける為に、遥かに強い相手と命を懸けて戦う。勇ましい者」

「ユズさんは……本気で勇者になれると思ってるんですか?」

「なれるかどうかは分かんないよ。でも、なりたいなら戦うしかないじゃん?」

「…………」

 ユズさんは私にそう言い残すと、昨日の広場方面へ走って行ってしまうのでした。

「……馬鹿なんじゃないですか?」

 私は唇を噛み締めながら、ユズさんの背中姿を見えなくなるまで追い続けるのでした……。

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