改変世界の観測者

水樹 修

1章 王都編

1節 始まりの町の勇者

 とある晴れた日、一人の少女が馬車の荷台で揺られていました。

 見渡す限りどこまでも続く草原と、雲一つない青空を楽しむ様に交互に見ている少女は、荷台から足を降ろしてブラブラと揺らしながら鼻歌を歌っています。

 彼女の名前はエルシア。とある小さな村で暮らしていた少女です。

 しかし今は立派な旅人。自分の探している答えを求めてこの国の大きな町、ユミリアを目指して長い長い道を進み続けていました。

 その道中で行商人のリックと言う少年に出会ったエルシアは、馬車の荷台に揺られながら、近場の町まで運んでもらってるのでした。


 この世界は不思議な事で溢れ返っています。

 50年から前の記録と記憶の殆どが消え去り、どういう訳か誰一人として当時の事を覚えていない「空白の50年」。

 いつの頃からの言い伝えなのか、かつては今の地球よりも栄えた地球「旧世界」が存在したと言われる、信憑性の高いおとぎ話。

 そして、旧世界があった事の証拠を残すかの様に、至る所に散りばめられた、今の時代には存在する事が不思議な程、巧妙に作られたオーパーツとも思える機械の数々。

 これだけの面白そうな出来事があるというのに、今の人々は気にも留める事は無く、面白みのない毎日を只々送るだけなのでした。

 つまり……逆に考えれば、今までに見た事も聞いた事も無い様な新鮮で面白い出来事が、そこら中に転がってるって事になります。

 エルシアは、この出来事の真相を知りたいと思い、ユミリアを目指して旅に出たという訳です。ユミリア付近には、沢山の旧世界の痕跡が残り、数少ない「空白の50年」の間の記録が保管されてると聞きます。

 ですが、この世界には不思議な事で溢れてるのと同時に、危険な事も溢れ返っています。

 例えば、野放しにされている猛獣。

 主に商人や旅人を襲う盗賊。

 そして、いつ何処に現れるかの見当が付かない危険な存在……魔物。

 これ等の存在が、今を生きる人たちの障害になってると言っても過言ではありませんでした。

 そして各地に商品を届けるって事や、危険な外を歩き続けて旅をするって事は、この障害を乗り越えるだけの力を有してないと、直ぐに殺されてしまう事になります。

 もちろんエルシアは、この障害を排除する力を持ち合わせています。

 彼女の母親は、この国での治安維持を主にして活動している騎士の中でもエリート中のエリートが、ある限られた条件を満たしていないと所属する事が出来ない騎士……裏騎士の隊長を務める、超優秀な人物なのです。

 そして、そんな母親から戦う術や、非常時に生き残る術を徹底的に叩き込まれたエルシアは、そん所そこらの騎士や武人では敵わない程の強さを、弱冠13歳にして会得しているのです。

「エルシアさん、良かったら木箱に入ってる果物、1つ食べていいよ」

 景色を見ながら、これから起こるであろう未知との遭遇に胸を躍らせていたエルシアに、リックが話し掛けてきました。

「すいません、それじゃあお言葉に甘えて……」

 エルシアは果物が入った木箱から、どの果物を頂こうか、指を滑らせながら考え始めました。

 イチゴ、ミカン、モモ、カットされたメロンとスイカ、バナナ、キウイ……どれからも漂ってくる、甘くていい匂いがエルシアの判断力を鈍らせていきます。

「うーん…………よし!、モモを頂きましょう」

 エルシアは目を輝かせながら、両手いっぱいの大きさがある桃を見つめ、噛り付きました。

 噛り付いた瞬間、口の中にモモ特有の食感と甘さ、鼻から抜ける至福の香りを感じ取り、エルシアは表情をとろけさせていきました。

 最近のエルシアは、野営する事も多かったせいで、基本食がインスタントラーメンでした。しかも毎日そればかり食べてるので、ぶっちゃけ飽きてたりもしました。

 そんなラーメンの油ギッシュ感が口の中を支配する所に、自然で育った最高の甘みと風味が全身を駆け抜けるんです。そりゃあもう笑っちゃう程に美味しく感じる事なのは、想像に難くないでしょう。

 さて、モモを頬張ってウハウハしてた私でしたが、そんな幸せな時間も長くは続きませんでした。

 急にリックが馬車の動きを止めたと思うと、切羽詰まった声で「エルシアさん!、魔物だ!」と叫んできたのでした。

 内心魔物の相手なんて面倒だなぁ、と思っているエルシアですが、リックには馬車に乗せてもらった恩と、モモを頂いた恩があったので、嫌々ながらに馬車の荷台からピョンと飛び降りて魔物の前に立ちました。

「ちょっと待っててください、もう少しでモモを食べ終わるんで……」

「…………」

 あまりにやる気のないエルシアに唖然としてたリックでしたが、せめて自分の身は自分で守ろうと、荷台の隅に転がっていたボウガンを取り出して、慣れた手付きで矢を装填して構えだしました。

「むしゃむしゃ……ごっくん。ふぃ、ごちそうさまでした」

 魔物が一向に攻撃してきませんが、それはエルシアの行動が難解過ぎて攻撃を躊躇ったのか、それともお行儀が良かったのかは分かりません。

 そしてモモを食べ終わって口をハンカチで拭いたエルシアは、手を合わせて食べ物に感謝の意を示した後で、「……さてと」と1トーン低い声で5体の魔物たちを一別して、ローブに手を掛けます。

 バサッ――と、ローブを勢い良く脱ぎ捨てたエルシアは、その全身を包む黒一色の姿とは打って変わって、白いワンピースと金色の腰まで伸びた長い髪をはためかせながら、素の姿を露わにしたのでした。

 そしてエルシアはワンピースのポケットからバタフライナイフを取り出すと「リックさんには色々と恩があります、なので彼を困らせる存在である魔物たちには死んでいただきましょう」と言って、更に魔物との距離を詰める様に歩き始めました。

「それに……」エルシアは小さく笑いながら、魔物を見つめて、その歳からは想像も出来ない気迫を纏いながら「私の道を阻む存在が居たのなら、それを排除しながら進むのが、私のポリシーでもあるんです」と、言い放つのでした。

 そういえば、この金色の髪が美しく、歳に似合わない美貌を持ったエルシアという少女ですが、彼女の正体とは……それは私の事なのでした。

「それじゃあ、狩らせてもらいますよ!。死にたい奴から掛かって来てください!」

 私はそう魔物に宣戦布告すると、一斉に飛び掛かって来る魔物たちにナイフを向けるのでした……。

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